63【神酒の価格】
石造りの大部屋――ドワーフンヴィレッジ小城の謁見室。
村長王ベンベ・ベンは、シャドーの眼前に並べられた酒瓶の数々を目の当たりにし、驚愕に打ちひしがれていた。
お供の大臣も驚いている。
この異世界では、瓶に入った酒は高級品の証である。普通の酒は、粗末な樽か壺に入っているからだ。ガラスそのものが高価なのである。
この異世界では、ガラスを生活に取り入れるところまで文化レベルが届いていないのだ。だから窓ガラスすら無いのが現状である。
「むむ〜」
玉座から腰を浮かせたベンベ・ベンが、シャドーに問い掛ける。重々しい甲冑が軋む音を立てていた。
しかし、その顔はシャドーの前に並べられた酒瓶を驚愕の眼差しで見ていた。薄っすらと汗までかいている。
「さ、酒が御主の売る商品か?」
『はい、如何にも――』
「それで、その酒は幾らするのじゃ?」
一升瓶の日本酒が約2600円。
ウイスキーの角瓶700ミリリットルが約2000円。
赤ワインボトル750ミリリットルが約1000円。
芋焼酎のペットボトルが900ミリリットルで約1200円。
シャドーは、現代日本での販売価格を基準にしつつ、こちらの世界での文化的な希少価値を上乗せするつもりだった。
『日本酒とウイスキーが小金貨1枚。赤ワインと芋焼酎が大銀貨5枚であります』
日本円に換算したのならば、十倍以上の価格である。
「た、高いな……」
かなりぼったくってるだろう。
この地域では、人間諸国の通貨を使っているらしい。
その単位は――。
小銅貨1枚に対して、大銅貨は10枚分の価値がある。
小銀貨なら小銅貨100枚、大銀貨なら小銅貨1000枚、小金貨なら小銅貨10000枚、大金貨なら小銅貨100000枚となっている。
そして、黒パン一つで銅貨3枚程度の物価である。
貧乏な平民であっても、一ヶ月を300銅貨もあれば食べていける程度の物価だ。
平均的な生活を送りたいのであれば、500銅貨から700銅貨ぐらいあれば暮らせるだろう。
それを鑑みれば、酒の一瓶で小金貨1枚や大銀貨5枚というのは、かなりの高額商品だった。
小金貨1枚なら、小銅貨にして10000枚分。平民が一年ほど何もしないで暮らせるほどの金額である。
いくら高級な酒とはいえ、さすがに10000枚は高すぎる。
ベンベ・ベンも、その価格に思わず顔を引きつらせていた。
しかし、人間貴族の物価は、一桁も二桁も違う。貴族に関しては贅沢三昧で暮らしているらしい。
悩んでいるベンベ・ベンに、シャドーが悪魔の囁きを落とす。
『試飲してみますか?』
ベンベ・ベンがダンっと音を鳴らして立ち上がる。強く拳を握っていた。
「良いのか!?」
『はい――』
無い口元を微笑ませるシャドーは、シャドーポケットからお猪口を取り出すと、日本酒を注いだ。
そのお猪口を大臣が受け取り村長の元に運ぶ。
そして、それをベンベ・ベンへ差し出す。
ベンベ・ベンは酒が注がれたお猪口を受け取ると、酒の水面をじっと眺めた。感動にも似た思いを抱いてる。
「澄んだ無色……これが本当に酒なのか……」
しかし、鼻に届く香りは間違いなく発酵したアルコールの香りだった。しかも、実に美味そうな香りである。
シャドーが注意した。
『一気に飲まないでください。ちびちびやる酒です。ショットではありませんから』
「お、おう……」
外国人の中には、日本酒をお猪口で出されると、ショットグラスで出されたと勘違いして一気に飲んでしまう人が多い。
ショットグラスとは、男らしく一気に煽る酒の飲み方だからだ。お猪口のサイズ感が、ショットグラスに似ているから、そのような間違いが起きやすいのだ。
外国人を日本酒でもてなす際には、注意すべきことの一つである。
「なるほど。ちびちびやるのだな」
『はい』
そして、ベンベ・ベンは言われた通り、舐めるように日本酒を啜った。
その瞬間――。
「……!」
一口目で、ベンベ・ベンは目を大きく見開いた。脳天に雷でも落ちたような表情をしていた。バーコードヘアーがざわつく。
「旨い!!!」
そうだろう。酒好きのドワーフが造る酒ですら、現代世界の酒と比べたら泥水同然なのだ。研ぎ澄まされた日本酒ならば、神酒に近いはずである。
「これは、小金貨一枚の価値はあるぞい!!」
シャドーがプロレスの仮面を被った口元で微笑む。
『気に入ってもらえましたか?』
興奮したベンベ・ベンが豪胆に述べた。
「その酒、すべて買わせてもらう!」
『有り難う御座います』
本日の売上、小金貨3枚分ゲット。
小金貨のサイズがラーオからもらった金貨と同じようだから、おそらく金塊10.5グラム分を確保したのだろう。
月の目標の三分の一を確保したことになる。これは旨い商売だ。
シャドーは頭を下げてから、もう一つ願い出る。
『あと一つ、お願いが有ります』
「なんだ?」
『私めがドワーフンヴィレッジで商売をすることを、許してもらいたいのです』
ドワーフンヴィレッジには商人ギルドなどは無いらしい。だから商売の許可は村長に取らないとならない。
「それは、構わんが――。やはり、この酒を売るのか?」
『はい』
「ならば、繁盛は期待できぬぞ」
『なぜ?』
「我が村は、さほど裕福でもない。小金貨で酒を買える者は少ないぞ」
『そうでありますか……』
シャドーは、ちょっと高値を付け過ぎたと悔いる。
小金貨では、一般人が気軽に酒を買うのは難しいようだ。
これだと、安いビールでも仕入れないとならないかもしれない。
現代世界なら、ビール一缶350ミリリットルで250円程度である。発泡酒ならば、160円ぐらいまで下げられるだろう。
それを高級品と銘打って売ってみようかと考えた。
昔、ディスカウントショップで外国産の怪しいビールが95円で売られているのを見たことがある。
あれでもいけるのではないだろうか?
まあ、さすがに安すぎるかもしれない……。
しかし、試してみる価値はありそうだ。
今度、買いにでも行ってみよう。
「ところで、シャドー殿」
『なんで御座いましょう?』
唐突に話しかけてきた村長王ベンベ・ベンの表情が、勇ましいものへと変わっていた。何やら圧力のようなものまで感じる。
「御主、魔人だと申したな?」
『そう言われていますな』
自分では、いまひとつ自覚が薄い。だが、周りの者たちは俺を魔人として扱っている。事実、見た目だけなら魔人そのものだ。何しろ、顔面に大きな穴が空いている。こんな人間は、この異世界にもまずいないだろう。
ベンベ・ベンが願い出る。
「顔を見せてもらえないか?」
『見せても構いませんが、慌てないでくださいね』
「承知――」
ベンベ・ベンの返事を聞いたシャドーは、プロレスマスクの紐を解き、被っていた覆面を脱ぎ捨てる。
そして、その奇っ怪な顔面を晒した。
『――……』
「な、なんと……」
顔面の大穴を見て、 案の定ベンベ・ベンは驚愕した。
その側に控えていた大臣も、額に冷や汗を浮かべている。怪物でも観るかのような眼差しが震えていた。
二人が驚いたのは、シャドーの顔面に空いた大きな穴だった。その風穴は後頭部まで貫通している。後ろの景色が覗いているのだ。
冷や汗を流しながらベンベ・ベンが述べた。
「まさに……魔人ですな……」
『だから、言ったろ』
シャドーは平然と答える。
そんなシャドーをしばらく見つめていたベンベ・ベンが、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
そして、玉座の横に立て掛けてあった大戦斧を手に取る。
『……?』
何をするつもりなのかとシャドーが見ていると、ベンベ・ベンが大きな戦斧を軽々と回した後に肩に担いだ。ギャシャンと甲冑と斧がぶつかり音が鳴る。
ベンベ・ベンが豪胆に声を張った。
「ならば、魔人殿!」
その顔には、先ほどまでとは違う笑みが浮かんでいた。勇ましさを感じる。
「一つ、我と戦ってはくれないか!」
『えっ、なんで……?』
「ただの興味本位だ!」
村長王ベンベ・ベンの悪い癖が出た。
強そうな相手を見ると、どうしても手合わせしたくなってしまうのである。
武功に取り憑かれた武士の定めであろう。
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by、ヒィッツカラルド。




