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62【ベンベ・ベン】

 自称、村長王ベンベ・ベン、125歳。


 これは、彼の父親である先代村長が、まだ存命だった頃の話である。


 ベンベ・ベンが65歳の頃。人間の年齢で言えば、13歳ほどの頃である。


 まだ彼は、タバコも吸っていなかった。頭も禿げていなかった。チンチロリンの毛も薄かった。


 だが、年齢に似合わぬほど体を鍛え上げていた。少年でありながら、大人のドワーフよりも腕相撲が強かったのだ。身長もすでに160センチに達していた。


 ドワーフにしては巨漢となる、その片鱗はすでに現れていたのである。


 彼は将来的に、ドワーフンヴィレッジの村長を継ぐことになっていた。これは血族の定めである。父親が村長だからだ。


 しかし彼には、それ以上に憧れている職業があった。


 それは、重戦士である。


 村長という地位が約束されていながらも、ベンベ・ベンは重戦士に憧れていたのだ。


 バトルアックスを手に戦う、勇敢な荒くれ者に憧れていたのである。


 そのため、彼は若い頃から村の外へ出て、モンスターを狩っていた。人間の野盗とも戦った。大国の闘技場で戦いたいとも考えていた。


 そして青年になる頃には、村一番の戦士へと成長していた。力も技も一流の域に達していたのだ。


 しかし、それが不運でもあった。


 村の中で、彼と並んで戦える実力の戦士がいなくなってしまったのである。対戦相手がモンスターしかいなくなったのだ。


 彼は、人型の戦士と戦い勝ちをもぎ取りたかったのだ。それこそ最強の戦士だと考えていたからだ。


 彼は、いずれドワーフンヴィレッジの長を継ぐ者だ。そんな立場にある彼が、旅人や他種族の者に喧嘩を売るわけにもいかない。


 そのため、彼は自分の強さを持て余すことになる。


 たまに村を訪れる冒険者に手合わせを願い、気を紛らわせる程度にしか、暴れることが許されなくなっていた。


 そして、やがて先代村長である父が老衰で亡くなる。


 ベンベ・ベンは、習わし通りに村長の座を継いだ。


 そこから、ベンベ・ベンの暴挙が始まる。


 何故か彼は、自分自身に賞金を掛けたのだ。しかも、村民の税金でだ。自分のお金ではない。


 その内容は、自分を倒した者には、大金貨十枚を授ける――だった。


 その大金貨に釣られた冒険者たちが何人も彼に挑んだ。


 だが、結果はすべて同じだった。


 返り討ちである。


 並の冒険者程度では、ベンベ・ベンには敵わない。そのぐらい、彼は強かった。


 戦斧を振り回したのならば、天下無敵だったのだ。まさに王の強さである。


 そんなある日、強さを持て余していたベンベ・ベンの前に、怪しい男が現れた。


 へんてこなマスクを頭からスッポリと被った男である。


 しかも、獣人商人とダークエルフを連れている。


 大臣の話によれば、どうやら彼は、このドワーフンヴィレッジで商売がしたいらしい。そう願っているとか――。


 一段高い場所に設置された玉座から、村長王ベンベ・ベンは、その厳つい商人を見下ろしていた。


 見たこともないジャケットにジーンズ。足元は立派な紐靴。そして、頭に被っているマスクも派手だった。


 これほどきらびやかな覆面など、今まで見たことがない。派手過ぎる。


 何よりも気になるのは、その男の身体から薄っすらと立ち上っている黒いオーラだった。


 ただの気のせいではない。


 確実に肉眼で確認できる、黒い靄である。


 しかし、体格は自分より細い。


 だが、立ち姿は凛々しく、衣類の下には鍛え上げられた筋肉が隠されているように窺えた。


 明らかに武術を嗜んでいるだろう。


 それに、足取りにも妙な重さがある。


 見た目の体格から想像するよりも、明らかに重い。


 鎧を身に着けているわけではないだろう。


 ならば――。


 おそらく、服の下に大量の武器を隠し持っている。


 ベンベ・ベンは、そう推測した。


 こいつは、私服に見せかけた暗器使いだ。


 一瞬、暗殺者という可能性も頭をよぎった。


 だが、それならそれで面白い。


 もし仕掛けてくるというのなら、受けて立とう。


 そう考えたベンベ・ベンは、玉座の横に愛用のバトルアックスを立て掛けていた。


 いつでも手に取れるようにしてある。用心は欠かさない。備えているのだ。


 暗殺者が相手ならば、丁度いい暇潰しになる。


 問題は――。


 こいつを送り込んできた依頼人が誰なのか、ということだ。


 まさか、友好関係にあるダーク族か?


 それとも、忌々しいライト族か?


 あるいは、オーガ族という線も捨てきれない。


 それとも人間族のバカ貴族だろうか?


 どちらにしても、暗殺者ならば上等だ。極上たる強者を送り込んで来てくれたのだ。願ったりである。


「ふふっ――」


 思わず笑ってしまった。


 久しぶりに、思い切り暴れられるかもしれない。


 ベンベ・ベンは玉座に座ったまま、目の前の商人――シャドーをじっと見据えていた。冷めた眼差しで警戒している。


 すすっと前に出たダークエルフのシーンが片膝をついた状態で、畏まりながら述べる。


「本日は突然の訪問にもかかわらず、ご対応いただき感謝します、ベンベ・ベン村長。私はダーク村の村長ラーオの息子、シーンと申します」


 肩肘を玉座の肘掛けに置きながらパイプを吹かしているベンベ・ベンが答えた。副流煙と共に渋声が流れてくる。


「知っているぞ。以前、何度か顔を合わせているな。ならば、ベンで構わんぞ」


「有り難う御座います、ベン村長」


 ベンベ・ベンは、パイプで吸っているタバコの煙を吐いてから尋ねる。


「それで、本日は何用で参られた。まさか、挨拶だけではあるまい?」


 冷めた視線で見下ろすベンベ・ベンに対して、冷静な素振りでシーンは答える。


「本日はベン村長に、ご紹介したい御方がおりまして」


「御方と言うのが、その男か?」


 話が早い。


 ベンベ・ベンは、シャドーを三つ編みの髭が蓄えられた顎先で指した。


「はい、如何にも」


 すると、今度はシャドーが覆面越しに口を開く。


『私の名前はシャドー。魔人シャドーホールンの生まれ変わりで御座います』


「なんと、魔人の!?」


 嘘である――。


 そのほうがインパクトがあるかと思い嘘をついているのだ。


 ベンベ・ベンは一瞬だけ驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。有り得ると思ったのだろう。それだけの強き気をシャドーから感じ取っていたからだ。


『ですが、嘗ての魔人とは別の人格。人生の目標も違います』


 訝しげにベンベ・ベンが問う。


「どう違うと申すか?」


 派手な仮面を俯かせながらシャドーが答えた。


『私は商人で御座います。ですので、ここには商売をしに参りました』


「はあ……?」


 シャドーの言葉に、ベンベ・ベンは拍子抜けしたような顔を見せた。大きく予想を外されたからだ。


 魔人の生まれ変わりと聞いて、何かとんでもない話が始まるのかと思っていた。ところが、本人が語った人生の目標は、まさかの商売である。小さな目標すぎた。


 もっと壮大なことを言い出すと思っていたのだ。例えば、世界征服の戦争を始めるとか――。


 なんとも期待外れである。


「ふむ……」


 ベンベ・ベンの緊張感が僅かに緩んだ。呆れにも似た眼差しで見下している。


 そんな中、しゃがんだままのシャドーは、シャドーポケットから酒瓶を取り出して眼前に並べていく。


 日本酒の一升瓶。


 ウイスキーの角瓶。


 赤ワインのボトル。


 そして、芋焼酎――。


 どれも透明なガラス瓶に入った酒である。


「むむ!?」


 この世界では、ガラス瓶そのものが高級品だ。ましてや、その中に入っている酒まで見たことのない代物となれば、価値は計り知れない。


 それを目にしたベンベ・ベンは、玉座から身を乗り出した。驚きのあまり、目を剥いている。


「こ、これは……酒、なのか!?」


 先ほどまで緩んでいた謁見室の空気が、一瞬にして変わった。大臣も酒瓶を見て驚いている。


 ベンベ・ベンも、酒好きなのだ。高級酒を目の前に涎を垂らしている。


 これだけの高級酒を目の当たりにして、驚かないドワーフは居ないだろう。


 これが、普通のドワーフの反応だ。





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