61【鍛冶屋のお使い】
ドワーフンヴィレッジ――。
三角形に尖った巨大な岩山の中腹に、への字型の洞窟が口を開いていた。その洞窟の奥には、いくつもの住宅が並んでいる。その間に畑が点在していた。
への字型の洞窟は、幅二百メートルほど、高さは五十メートルほどもある大穴である。奥行きに関しては、百メートルほどあるらしい。
その洞窟の奥の奥、壁際には小さな城まで建っていた。どうやら、そこが村長の家らしいのだ。
村長が小城とはいえ、お城に住んでいるとは剛毅な話である。
そして、村の住人は、ドワーフだけで三百人を超えているとか。すでに洞窟から溢れ出した住宅が、雨に当たる範囲まで外へとはみ出している。
もう、村ではなく町だろう。
どうやらドワーフンヴィレッジは、住人が村から溢れ出しているようだ。完全に人口がキャパオーバーを起こしている。
俺と並んで進む獣人商人のフーミンが、長くて黒い猫の尻尾を揺らしながら言った。
「なんでもドワーフンヴィレッジは、何十年か前にベビーブームが起きたと聞いたニャ〜。だから住人が多いんだニャ〜」
『そうなのか……』
ドワーフにもベビーブームとかがあるらしい。
マーリアが笑顔で述べた。
「田舎ですから、他にすることが無いんですよ。ドワーフは、我々と違って繁殖率が高いですからね」
『へぇ〜』
ドワーフは長命種の部類だが、エルフやダークエルフほどは生きない。人間の五倍程度の寿命らしい。
だから、繁殖率も他の妖精族より高いらしいのだ。それでも人間程でもないとのこと。
この異世界での人間は、繁殖率が高い生物らしいのだ。おそらく夜にすることが無いのだろう。
たぶん、寿命が短い種族ほど、繁殖率が高いのだと思う。
「おそらく、そろそろドワーフも分村するんじゃあないかニャ〜」
どうやら人口問題も起きているようだ。
『分村か――』
俺たち一行は、ドワーフンヴィレッジの前に立っていた。洞窟の入り口は、木の柵で囲われている。
しかし、かなり雑な木の柵である。とても防御力を備えた柵には見えない。まるで牧場の柵である。
家畜などが逃げ出さないように設置されている程度のものだろう。
俺たちは入り口のゲートをくぐって村へ入った。
門前には門番などの兵士もいない。たぶん、平和な村なのだろう。周囲の空気も長閑だ。
だが、俺たちが村に入った途端、ドワーフたちの視線が突き刺さってきた。
農作業に励む者、露店に立つ者、道を行き来するドワーフたちが、なんだか冷たい目で見てくる。
それを察したフーミンが、少し困った顔で言った。
「たぶんこれは、人種差別ニャ〜」
『人種差別……?』
今度はシーンが口を開く。
「ドワーフ族と我々ダークエルフ族は、そもそも余り仲が良くありませぬからな」
兄の言葉に、妹のマーリアが続けた。
「それに、シャドー様が……」
『えっ、俺が?』
「お顔の穴です……」
『あ〜、忘れてた……』
そう言うと俺は、シャドーポケットから覆面を取り出し、頭に被った。プロレスの覆面レスラー用のマスクである。
これで顔の穴は隠せただろう。
しかし、そのマスク姿を見た仲間たちが唖然とする。
「そ、それは……」
『プロレスラー、スーパーミルミルカラスのマスクだよ。子供の頃に、プロレス会場の売店で買ったんだ』
「は、はあ……」
俺が被ったのは、メキシコの覆面レスラーが被っていた、ちょっと派手な覆面である。
俺にとっては懐かしのレジェンドレスラーなのだが、異世界の人間に分かるはずもない。
『ちょっと派手かな?』
「かなり派手です……」
全体が緑色のエナメルで覆われ、目も口も黒いメッシュで隠されている。まったく顔が見えないマスクだ。
これでは顔の穴を隠すどころか、完全に不審者全開である。逆に目立っているかも知れない。
マスクを被った俺は、洞窟の天井を見上げた。
そこには明るい太陽のような光が輝いていた。それは、眩しいほどの輝きである。
『洞窟に太陽? あの明かりは、なんだ?』
シーンも見上げながら答えた。
「コンティニュアル・サンライトの魔法が掛かった大岩が、洞窟の天井に設置されているのですよ」
『何それ?』
「古代人が太陽を模倣して作ったと言われているマジックアイテムです。それが採掘された山自体を村に改良してドワーフたちは暮らしているのですよ」
あの偽物太陽もマジックアイテムらしい。
『いろいろな村があるんだな――』
流石は異世界である。現実世界では有り得ない村も有るもんだ。
そのように不思議がっている俺をドワーフたちも怪訝な表情で警戒して見ていた。
やっぱりマスクが目立ち過ぎているようだ。
『なんか、まだ視線が痛い――』
ドワーフの平均身長は、人間やダークエルフと比べて低い。全員が150センチあるかどうかといったところだ。女性に関しては、140センチぐらいである。
その代わりに、体重はかなりありそうである。男女問わず腹が出ている。肥満体型なのだ。
ドワーフの全員が酒樽のような体型であった。
しかし、腕は筋肉で太い。脚も引き締まっていて太かった。首は髭に隠れて見えない。
ドワーフとは、見た目の身長に反して、筋肉量は並ではないようだ。
さらに男性の顔は毛深い。ほぼ全員が髭を生やしていた。眉毛も太く、いかつい顔つきをしている。鼻は団子っ鼻であった。耳も少し尖っている。
女性に関しては、大阪のおばちゃんっぽい。豹柄の上着を羽織っている者すら居た。マジで関西弁を喋りそうである。
「「「むきぃ〜」」」
俺たちとは反対に村を出て行くドワーフの一団が、全員そろって俺たちを睨みながら歩いていた。ガンをくれているのだ。
そして、戦士と思われるドワーフは、背中に戦斧を背負っている。
柄の短い両刃の斧だ。身長が低いから、柄が長いと使いづらいのだろう。
『なんだか、荒っぽい連中だな』
フーミンが困った顔で言う。
「オーガ族よりマシだニャ〜」
『オーガ族って、もっと荒っぽいのか?』
「ドワーフが温厚に見えるほどだニャ〜」
『怖い奴らもいるもんだな……』
そのような話をしながら俺たちは最初の目的地に到着した。ドワーフが営む鍛冶屋だ。
鍛冶屋の前に到着すると、暑苦しい工房内から鉄を叩く音が響いてくる。ハートの工房で聞いた音と同じであった。
工房内を覗くと、薄汚れた黒いエプロンを締めたドワーフが、熱い鉄をハンマーで汗だくになりながら叩いていた。仕事中のようである。
フーミンが工房の入口から、そのドワーフに声を掛けた。鉄を鍛える音が大きいので、彼女の甲高い声も自然と大きくなる。
「モスさ〜〜ん、こんにちは〜。小物売りのフーミンだニャ〜!」
しかし、フーミンの声は鍛冶屋ドワーフに届いていない。声が小さかったようだ。ドワーフは鉄を鍛え続けている。
「モスさ〜〜ん、こんにちは〜。小物売りのフーミンだニャ〜!!」
今回はかなり大きな声だった。だが、それでもドワーフの鍛冶屋は気付かない。鉄をトンテンカンと、けたたましく叩き続けている。
「モスさ〜〜ん、こんにちは〜。小物売りのフーミンだニャ〜!!!!!!!!!」
それでもモスは気が付かない。
それに痺れを切らしたフーミンが、工房内にドシドシと踏み込んだ。
そして、平手でモスの後頭部をしばき倒す。
バシンっ!
「こら、モスさん、いい加減に気付けニャ!!!」
「痛っ――」
するとモスが振り返った。
しかも、火箸で持っていた焼けた鉄を、フーミンの腕に押し付ける。
ジュッ、と音が鳴った。
「あちぃ〜〜〜ニャ〜!!!!!」
猫娘が跳ね上がると、近くにあった水瓶に腕を突っ込んだ。焼かれた部分を慌てて冷やした。
「何をするニャ、このクソドワーフ!!」
「なんだ、フーミンじゃないか」
「なんだじゃあないニャ!!」
鍛冶屋のドワーフは、顔のあちらこちらに古傷が刻まれていた。
鍛冶屋なのに、捲られて露出した腕にも複数の古傷が窺える。そのどれもが刀傷だった。
「んん、なんだ、そいつらは?」
モスと呼ばれたドワーフの鍛冶屋が、俺たちを露骨に睨んでくる。
するとフーミンが俺たちを紹介する。
「こちらはダークエルフ族の方々だニャ〜」
「ダークエルフがドワーフンヴィレッジに、何の用じゃい!」
モスは威嚇的に凄む。敵対心を向けていた。
「それより、まずはこれニャ――」
フーミンは言いながら、己のアイテムボックスから戦斧を取り出す。ハートが作ったマジックアイテムである。
モスは戦斧を受け取ると、マジマジと出来を窺う。
「おお、これはハートの作だな。相変わらず仕事が雑じゃわい。しかし、鋼に魔法はしっかりと備わっているようじゃな。これなら儂が手直ししたら高値で売れるじゃろ」
戦斧を置いたモスは、戸棚から硬貨袋と手紙を取ってきた。それをフーミンに手渡した。
「ほれ、約束の酒代と紹介状だ。これを酒屋のスミスに持っていけば、たんまりと満ちた酒樽を売ってもらえるはずじゃ」
「有り難う御座いますニャ〜」
フーミンは小銭袋と手紙を受け取ると、店を出て行く。
俺はフーミンに問う。
『おい、フーミン。俺の商売の話はどうした。紹介してくれるんじゃあなかったのか?』
「慌てないニャ。モスは小銭程度しか持ってないニャ。シャドー様の商売相手は、村長のベンベ・ベンだニャ〜」
『そうなのか……』
「酒屋で酒樽を受け取ったら、ベンベ・ベンのところに向かうニャ。ここでは、村長の許しがないと商売は出来ないからニャ〜」
『面倒くさい話だな』
「何事にも手順があるニャ。慌てない慌てない」
続いて俺たちは、酒屋のマスターに手紙とお金を渡して酒樽を受け取る。これでハートから託されたお使いは終わりである。酒樽はフーミンのアイテムボックスに仕舞われた。
「よしニャ。最後に、あそこを目指すニャ〜」
フーミンが指さしたのは、洞窟の最奥。壁際に築かれた小城である。
ここからが、本番だろう。
壁際に建つ小城には、門番が二人いた。その門番にフーミンが話しかけると、一人が城内へ話を繋ぐ。
やがて、大臣服を着たドワーフが出てきて、俺たちを城内へと招き入れた。
そのまま謁見室へと通される。
広い謁見室には玉座があった。その玉座の前で、俺たちは待たされる。
しばらくすると、大柄なドワーフが謁見室へ入ってきた。
村長のベンベ・ベンだろう。
そのドワーフは、やたらと身長が高かった。
ドワーフの平均身長は150センチぐらいだが、目の前のドワーフは170センチもある。かなりの長身であった。
しかも、俺よりも2センチほど高そうだ。畜生め……。
体格も、これまで見てきたドワーフたちとは違っていた。
他のドワーフとちがって酒樽のような体型ではない。引き締まったマッチョマンスタイルである。腹も出ていない。
その筋肉質な身体には、銀色のフルプレートアーマーを纏っている。さらに深紅のマントまで羽織っていた。
だが、頭は禿げていた。
残った髪は、横から頭頂部へ無理やり流したバーコードヘアーである。
しかも右目にはアイパッチ。
長い髭は三つ編みにしてまとめられている。
眉毛はない。
そして、口には木製のパイプを咥えていた。その副流煙が、こちらまで漂ってくる。
なんというか……。
個性が渋滞したドワーフだった。
村長は玉座に腰掛けると、短い脚を組む。そして頬杖をつきながら、俺たちを睨みつけてきた。
渋声で名乗る。
「儂が村長王のベンベ・ベンだ!」
村長王?
何それ??
マジでいろいろと渋滞した禿げドワーフである。




