6【穴の魔人】
夜の森の中で、背筋を伸ばしながら正座をしているのはエルフの青年が一人。身形は黒装束。そのエルフの顔を異次元扉から漏れ出た茶の間の明かりが照らし出していた。
他の四人は森の中から弓矢でこちらを狙っている。だが、先程よりも殺気は少ない。
たぶん、他の四人もママクドの味覚にやられたのだろう。話し合う気になったのだと思う。ハンバーガー強しである。
扉の光に照らし出されるエルフの青年は、海外の映画俳優のように整った顔立ちで、歳の頃は二十代半ばに見えた。ローランド・ルーブルズ似である。
長い髪は白髪でオールバック。切れ長の目元に、シャープな顎先。そして、エルフを象徴するような長耳は先端が尖っていた。
しかし、エルフと呼ぶには肌が褐色すぎる。どうやらダークエルフと言われるエルフ族の亜種だろう。
エルフが正義属性ならば、ダークエルフは邪悪属性と語られている。
確かに俺の前で正座をしている青年の眼光は鋭い。勇ましさも感じられるが、悪党といった風でもない。
しかし、唐突に弓矢で奇襲してきたのは間違いないのだ。まだ油断はできない。丁寧に話を進めなくてはならないだろう。
だから俺は扉よりも前には出なかった。警戒して異世界には踏み込まない。
扉の中にいれば、弓矢で狙撃されることはあっても、直接接近されて掴みかかられることはないからだ。
彼らは異次元扉を通れないのだ。
弓矢で狙撃されるよりも、体術の類で捕縛されるほうが厄介である。自由を束縛されるほうが結果的にまずい。
なので、このポジションを保ちながら会話に励む。
ダークエルフの青年が正座のままに己を名乗る。
「先程は唐突な奇襲、失礼申した。我はダーク一族の族長の息子、シーン。改めて魔人殿と対話がしたい」
「魔人殿……?」
ダークエルフの青年は、俺のことを魔人殿と呼んでいた。まあ、頭を矢で射抜かれても死なないのだ。怪物の類と思われても仕方あるまい。
「済まない、俺は魔人ではない。人間だ。名前は服部泰三だ」
「ハトリ、ハイソン……。人族……なのですか?」
青年の言葉には、何故か間があった。そりゃあ、頭を射抜かれて死なない人間が人間ですと言っても納得できないだろう。普通に考えれば怪物の類だ。
俺は畏まる青年から敵意がないと感じ取り、足を前に進めた。扉を抜けて異世界に立ち入る。
すると、正座をしている黒装束の青年が俺の顔を見て青ざめていた。
「あ、あぁ……」
『どうしたよ、驚いた顔をして?』
「そ、そのお顔は……?」
青年の声は震えていた。まるでお化けでも見るような素振りである。
『顔がどうかしたのか?』
言いながら俺は自分の顔を触ってみた。頬を撫で、顎を擦る。しかしながら何の異変もない。
東洋人の顔立ちがそんなに珍しいのだろうか。彼が何を見て恐れているのか理解できなかった。
ダークエルフの青年は、瞳孔を小さくしながら俺に言う。その口元は震えていた。
「お、お顔に穴が開いておりますぞ……」
『穴が開いてる?』
俺は首を傾げながら自分の鼻に指先を伸ばす。しかし、その指は空振った。
『えっ……?』
もう一度、自分の鼻先を触ろうと指を向けたが空振る。やはり鼻に触れられない。
『どういう事だ……?』
自分の指先を凝視する。その指を瞳に近付けた。自分の指先が眼球に接近してくる。そして、指先のドアップが瞳に触れた刹那、視界が闇に包まれた。
『んん!!??』
自分の指先が眼球に触れているのだが、空振っている。指先が瞳を貫き視界を塞いでいる。しかし、指先にも眼球にも触れ合っている感触がなかった。
『なんじゃこりゃ!?』
自分の意思で進行する指先が、どんどんと瞳の奥へ進んでいく。何かにぶつかったり、引っ掛かったり、妨げられることなく、吸い込まれるように進んでいくのだ。
そして、進んだ指先は、すでに眼底に届く深さまでめり込んでいる。だが、痛みもないし、感触もなかった。
『どないなってんだ、これ!?』
さらに進行する指先は、手首までが顔に埋もれてしまう。たぶん、俺の指先は頭蓋骨を貫通して後頭部から抜け出ているのではないかと思えるほどに刺さっていた。
『マジか、マジか!?』
慌てる俺が、刺さった手の平をグーパーグーパーと繰り返す。しかし、何かに触れる感触は、やはりなかった。
『俺の頭はどうなってる。手はどうなってる!?』
俺が叫ぶとシーンが震えながら答えた。
「て、手首から先が後頭部から出ています。その手が閉じたり開いたりしていますぞ……」
『マジかぁ!!』
大声を出した俺は、自分の顔から手首を引っこ抜いた。すると視界が戻る。俺は先程まで顔に刺さっていた手の平を凝視していた。
『手が、顔に刺さったぞ……』
その言葉を聞いてシーンが言った。
「で、ですから、顔に穴が開いています……」
『マジなのか……。ちょっと待っててくれ、確認してくる!』
「は、はい……」
俺は扉の中に引き返すと、道場にある等身大の姿見を覗き込んだ。
そこにはジャケットを着込んだ俺の姿がある。いつもと変わらない姿である。顔に穴なんて開いていない。
中年風に老け込んだ顔から焦りの汗が浮いていた。
なんとなく付き合っていた女性に、「できちゃった♡」と言われた気分である。
「穴なんて、ねえぞ。どうなってやがる?」
俺は自分の姿に異常がないことを確認すると、冷静を保とうと心掛けながら異世界に戻る。
『済まん、待たせたな……』
「いいえ……」
正座をしたまま俺の顔を見上げるシーンも冷や汗を流していた。俺も冷たい汗をかいている。
もう一度俺は、顔を触る。
『やっぱりだ……』
やはり顔の中央に感触はなかった。どうやら異世界に踏み込むと、俺の顔には穴が開くようである。
俺は顔面の穴を手でなぞりながらシーンに訊いてみた。
『なあ、俺の顔は、どうなってるんだ。聞かせてくれないか……?』
シーンは恐る恐る答える。
「か、顔の中央に、ぽっかりと大きな穴が開いています……」
『目とか鼻は、どうなってる?』
「目と鼻はありません。口もありません……」
『口も無いのかよ……』
顔に穴ができて、目も鼻も口も無い。それでも視界はあるし、鼻で呼吸もできている。声も出ている。顎をカチカチ鳴らしてみれば、上顎とした顎がぶつかる感覚もあった。
しかし、よくよく気にしてみれば、確かに声色は籠もった感じに変わっていた。まるで電話で話しているような声である。
『そうだ!』
俺はジーンズのポケットからスマホを取り出した。スマホの自撮り機能を生かして自分の姿を撮影する。
そして、撮影した自分の姿を観て、改めて驚いた。
『な、なんじゃこりゃ〜……』
スマホ動画に映っていた俺の姿は豹変していた。顔が別人に変わっている。
否。別人とか言うレベルではないだろう。別の生物だ。まるで別の惑星の宇宙人に見える。
『これ、どういうことよ……』
俺の顔には、シーンが言う通り大きな穴が開いていた。その穴は握り拳がすっぽりと入る大きさで、後頭部まで貫通している。背後の扉が見えていた。
これでは顔面オナホールである。
異変は顔の穴だけではない。鎖骨の上あたりから肌色が真っ黒である。首や耳が漆黒に染まっていた。
さらに逆立った短髪からは、うっすらと黒い煙が上がっていた。俺の手から上がっていた黒煙と同じものである。
俺はスマホの画面を見詰めながらぼやいた。
『これは、確かに魔人だな……』
自分の変貌に納得する。
どうやら異世界では、俺の姿は怪物に変身するのだろう。これはたまげるほどに要らないオプションである。




