5【誘う罠】
俺は道場の奥にある物置のタンスから灰色のジャケットを取り出して着込んだ。ジャケットの内側には多くの収納ポケットが着いている。
パンツはジーンズで、シューズはスニーカーを履いた。ジャケットの下はトレーナーである。
その灰色ジャケットのポケットに忍具の数々を仕舞い込む。合い口、手裏剣、鉤爪と、小型の暗器を隠し持つように搭載した。
コンドームも忘れていない。
ジャケットはズッシリと重たくなった。その重みが心地良い。武器を隠し持っているという安心感が伝わって来る。
それに、コンドームを持っていると言う安心感もあった。
「よし、これで行ってみようか」
最後に俺は、壁に掛けられていた大太刀を取ると背中に背負った。顔には長いマフラーのような黒布を巻いて口元を隠す。
これで異世界に再チャレンジだ。
七つの月が輝く怪しいジャングル。そこには長耳の部族が住んでいる。
弓矢や細身の剣で武装した集団。その五人は西洋風の顔立ちで美形揃いだった。女の子たちも居た。
人間ならざる長耳からして、異世界の妖精族で有名なエルフだろう。違ったとしても、それに準ずる何かであるのは間違い無いと思う。身なりも現代なら有り得ないほどの雑な衣類だった。明らかな異世界人だ。
そして、相手は容赦無く弓矢を撃って来た。俺の頭を狙撃して来た。俺を殺る気で攻撃してきたのだ。その矢も手作り感満載だった。
相手が殺る気ならば、こちらも殺る気で対応しなければならないだろう。闘争も仕方が無い。女性だからと言って、油断はできない。
だが、現地人とのファーストコンタクトだ。その出会いを大切にしたいのもある。彼らから異世界の情報を少しでも聞き出したいのだ。何せ俺には現地の情報が皆無だからである。
何事にも情報は必須だろう。何も知らずに気分のままに知らない土地で立ち回るのは危険だ。取り返しの付かない間違いを踏むかも知れない。それだけは避けたいミスだからだ。
まずは異世界に再チャレンジするに当たって、彼らとのコンタクトを友好的にやり直したい。彼らから情報を少しでも仕入れたいのだ。
「あいつら、俺を殺す気満々だったけど、今から話し合いが出来るかな?」
可能性は低いけれど、やって見るしかないだろう。
とりあえず、最初は友好的に振る舞って、関係改善が不可能ならば戦うしかあるまい。最悪、逃げれば良いのだ。
俺は道場の倉庫内に異次元扉を出現させた。
「よし、行くぞ……」
そ〜っと扉を開ける。扉の隙間から熱帯雨林特有の生暖かい空気が流れ込んできた。
扉の向こうを覗き込めばジャングルのような森が窺える。
まだ異世界は夜のようである。こっちが昼間なのに向こうは夜のようだ。たぶん時差が有るのだろう。
月夜に照らされた森の中は暗い。だが、すぐに気付いた。十メートルほど離れた草木の中に、先程の五人が潜んでいた。
向こうさんも、こちらの明かりに気付いて騒いでいる。その身を隠しきれていない。
おそらく異次元扉が唐突に現れて驚いているのだろう。
「また、あの光だ!」
「皆、気を付けろ!」
「はい、シーン兄様!」
「レーン、援護を頼む!」
「御意!」
五人は弓矢を構えて騒いでる。しかし、扉の中に立っている俺の姿は見えていないようだった。ならばと俺は声を張る。
「落ち着いてくれ、君たちと話し合いたい!」
返答は返ってこない。五人は弓矢を構えたままこちらを睨んでいるばかりだ。完全に警戒されている。対話は平行線を辿りそうであった。
ならばと俺は、秘密兵器を取り出した。それを扉の向こう側に差し出して地面に置いた。
それとは、先ほどウーパーイーツで配達してもらった品物だった。
ママクドナルドのハンバーガーと、ポテトのMサイズが五セット。それらが紙袋の中に詰まっている。
「これは、和解の印だ。どうか受け取ってくれ」
そして、袋の隙間から漏れ出た肉の香りが夜のジャングルに流れ出て行った。周囲が美食臭の匂いに包まれる。
「これは、我が国の食べ物だ。どうか君たちに食べてもらいたいんだ。友好の証だと思って受け取ってくれ」
俺の言葉に黒装束のエルフたちは目を丸くさせていた。おそらく焼いた肉の匂いが彼らの鼻まで届いているのだろう。食欲を誘っているのだ。
「い、いい匂い……」
「な、なんて旨そうな匂いだ……」
「マーリア、魔法で毒を調べてくれ!」
「ポイズンディテクト―――。毒はないわ」
「ま、まことか!?」
森の中で弓矢を構える者たちの肩から力が緩む。彼らが紙袋をガン見しているのが見えた。効いている。完全に匂いにやられているようだった。
俺は紙袋の口を開くとママクドの香りが充満するように団扇で扇いだ。どんどんとハンバーガーの香りが彼らのほうに流れて行くと彼らの表情も緩んでいくのが察しられた。
「効いているな……」
ママクドの香りは絶大だろう。何故ならば、異世界の食料事情も中世レベルと予想できたからだ。
おそらく、彼らの食事文化レベルはかなり低いと推測できる。樹の実や狩りで獲った肉などにハーブで雑に味付けされた程度の食事しか取っていないだろう。
そのような彼らが、初めてママクドのハンバーガーを食べたらどうなるだろうか。
こちらの現実世界では、ママクドのハンバーガー程度はジャンクフードの類だろう。国によっては貧乏飯の部類に入る安い食べ物だ。
しかし、胡椒どころか塩すら高級品扱いされる中世では、ママクドのハンバーガーは美食家が感激のあまりに泣きながら喜んでも可笑しくないはずのご馳走である。それだけ味という概念が乏しいはずなのだ。
だから、友好を築くにあたって餌付けを試みたのだ。戦闘態勢で身構える彼らも、いきなりの美味な香りに戸惑っている。間違い無く、この取り組みは効いているだろう。
「まあ、とりあえず食べてくれ。俺は、またしばらくしたら訪ねるから」
そう言い残すと俺は扉を閉める。ママクドの紙袋を残して一時的に撤退した。
「こちらの思惑に乗ってくれれば良いのだが……」
それから三十分ほどが過ぎた。俺は再び扉を出して異世界と次元を繋げる。
そして、扉を開けると置いていったママクドの紙袋は扉の前から消えていた。エルフたちが持ち去ったのだろう。
「餌には食いついたか」
俺が警戒しながら扉を越えて異世界に踏み込むと、十メートル先にエルフの青年が正座で待ち構えていた。武器は横に置いて畏まっている。他の四人は森の中で身構えていた。
正座しながら姿勢を正す黒装束のエルフが名乗る。
「先程は唐突な奇襲、失礼申した。我はダーク一族の族長の息子、シーン。改めて魔人殿と対話がしたい」
正座で頭を下げた彼の口角にはケチャップが付いていた。たぶんハンバーガーを食したのだろう。
口元を汚していることにすら気がついていないところは、案外とお茶目で可愛い奴である。
女性だったら抱いていただろう。




