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59【インテリジェンスアイテムの悩み】

 現代世界は夜だった。今頃、異世界は早朝のはずである。


 俺はゴブリンの奇襲を撃退した後、キャンプを離れて現代社会へと帰ってきていた。今は車でコンビニに来ている。


 ダークエルフたちと約束した惣菜パンを買いに来たのだ。


「まあ、こんなもんで良いかな〜」


 俺はメロンパンと焼きそばパンを五個ずつ買い物籠に入れると、レジに並んだ。


 俺の前には、頭の悪そうなヤンキーカップルが会計中である。二人はコンビニ弁当を温めてもらっているところだった。


 金髪で垂れ目のヤンキー女が、ジャージ姿のヤンキー男に猫なで声で甘えながら言う。


「ねえ〜、ジュンちゃん〜。私〜、ファミ揚げを食べたいわ〜」


「何言ってんだぁ、明美ぃ。もう、天辺を回ってんだぞぉ。こんな時間に、揚げ物が残ってるわけねえべぇ」


 確かにレジ横のショーケースは空っぽだった。電源すら入っていない。


 しかし、ヤンキー女は舐めたことを言い出す。


「そんなの〜、新しく揚げてもらったら〜、いいじゃんか〜」


「あったまぁ、いいなぁ、お前ぇ〜」


 ヤンキー女の戯言に、電子レンジでコンビニ弁当を温めている店員が露骨に嫌な顔をしていた。


 もう、この時間帯だと、揚げ物のフライヤーはとっくに清掃を終えているはずである。店員だって、朝までは稼働させたくないだろう。


 そのような店員の気持ちも分からないままヤンキー女が身勝手にも言う。


「じゃあ〜、ファミ揚げを一つくださ〜い」


 店員は無愛想に返した。


「すみません。本日の揚げ物は、もう終了しています……」


「え〜、うそ〜。信じられな〜い」


 良いから信じろ。ウザったい。


「いいから〜。新しく揚げてよ〜」


 店員は困った顔で言う。


「ですから、本日の揚げ物は終わりました。フライヤーも火を落としてますし……」


「またぁ〜、電源入れればいいじゃんか〜」


「それだと、時間も掛かりますし……」


「早く揚げてよ〜。唐揚げ一つぐらい〜、すぐにできるでしょう〜?」


「無理ですよ……」


 たった一つの揚げ物のために、これから油を温めるのは非効率だ。あり得ないだろう。


 店員が泣き言をこぼすと、ヤンキー男が怒り出した。


「いいからぁ、早くやれよぉ。じゃねえと、店内を引きずり回すぞぉ、ごらぁ!」


 あちゃ〜……。脅迫である。


 ここまで頭が悪いとは思わなかった。


 これだからヤンキーは嫌いである。


 だって、馬鹿だもの……。


「はぁ……」


 ヤンキーカップルの後ろに並んでいた俺は、俯き加減で頭をガリガリとかいた。時間が無駄に過ぎていると考える。


 それから、ヤンキーカップルに声を掛けた。


「ちょっと――」


「ああ〜ん?」


 ヤンキーカップルが威嚇的に振り返った。


 刹那――。


 俺の左ジャブが瞬速でヤンキー男の顎先を掠めるように軽く叩いた。それは一瞬である。


 カツン。


 小さな音が鳴る。


 ぐらり……。


「ほぉ、げぇ……」


 途端に目を回したヤンキー男が、膝から崩れ落ちた。


 そのまま床に前のめりで倒れ込み、コンビニの床にキスをしながら尻を突き上げていた。静かになって動かない。


 脳震盪、成功。


 顎先を超スピードで掠めるように打つことで、頭が細かくも激しく振動して、脳が左右の頭蓋骨に幾度も瞬時に激突したのだ。そして、その細かい衝撃が脳震盪をさそったのである。


「ひぃ!」


 彼氏の転倒に驚いたヤンキー女が、青ざめた顔を引きつらせながら数歩後ずさった。


 俺はレジの前が空くと、買い物籠をレジ台に置いた。そして、店員に述べる。


「すまん。会計してくれないか」


「は、はい……」


 驚きのあまり慌てている店員だったが、黙って俺の買い物をレジ打ちしてくれる。


 青ざめるヤンキー女は、震えながらその様子を見守っていた。どうしたらいいのか分からず、完全に混乱しているようだった。


 既にイキった態度は取っていない。まるで怯えた小鼠のようである。少し可愛くも見えた。


 俺は彼女に言ってやる。


「大丈夫だ。五分か十分で、目を覚ますからよ」


「えっ、えっ……」


 そう言ってから俺は、自動のレジに一万円札を入れるとお釣りを取った。そして、会計を済ませると、コンビニ袋を抱えて店を出る。


「有り難う御座いました!」


 店員が感謝を述べていた。その顔は満面の笑顔である。コンビニ店員もざまあ見ろとでも思っているのだろう。


 そのまま俺は、車に乗り込み家へと帰る。


 俺は車を運転しながら、しみじみと呟いた。


「よかった〜。警察に通報されなくってさ〜」


 すると、シャドーポケット内のナビーが、車を運転中の俺にテレパシーで話しかけてきた。


【ご主人様。ゴブリン討伐で、経験値を1ポイント獲得しております。いかがなさいますか?】


 俺はハンドルを握りながら答えた。


「なら、身体能力向上のレベルを上げておいてくれ」


【畏まりました。これで身体能力向上がスキルLv4に上がりました。現在の倍率は1.4となっております】


「だいぶ上がってきたな――」


 満足である。


 これでフィジカル的にも強くなっているはずだ。基礎作りは、当分続けるぞ。


 身体能力でも、鹿羽五郎に追いつきたいのである。


 あれは人間の限界を、明らかに超えていたからな。正攻法に体を鍛えても追いつけないだろう。


 それこそウロボロスの力を活用しないと無理だと思った。


【その他に、ご主人様にお願いがあるのですが……】


 ナビーの口調は、少し重かった。


 お願いとはなんだろう?


「んん? なんだ?」


【あ、あのですね……】


 何やらナビーは歯切れが悪い。言いづらそうだった。


「なんだよ?」


【先日、シャドーポケット内に引っ越してきた漆黒丸さんのことなのですが……】


「えっ?」


 インテリジェンスブレードのことである。


 漆黒丸が、どうかしたのだろうか?


【あの方を、どうにかしてもらえませんでしょうか……】


「ど、どういうこと?」


【あの方、うるさいんですよ……】


「うるさいって、何がだよ?」


【ずぅ〜〜〜〜〜〜っと、シャドーポケット内で喋っているんですよね……。ノンストップで……】


「ええっ、なにそれ?」


【なんでも以前は、ずっと一人で倉庫内にいたらしくて、話し相手もいなかったそうなんです。それで、話ができる私と同じ空間にいられることが嬉しいらしくて、ずっと一人で喋っているんですよ……】


「なんやねん、それ……」


【しかも、同じ話を何度も何度も繰り返すんですよ。もう、私がノイローゼになりそうで……。とほほ……】


 ウロボロスの書物もノイローゼとかになるんかよ?


「あいつ、そんな性格だったんか……。でもな〜、解決法がな〜。どちらかをシャドーポケットから出すしかないぞ、それ〜」


【出来れば、今後で構わないので、アイテムボックススキルを取ってもらえませんでしょうか?】


「アイテムボックススキル?」


【異次元宝物庫です。フーミンさんが使っているスキルです】


「ああ、あれか。見たことあるぞ」


【たぶん、何度かスキルを使っているところを見ていれば、獲得権が得られると思いますので、是非に宜しくお願いします】


 どうやらナビーは、漆黒丸と別々の空間に分けてもらいたいらしい。それで、別の異次元宝物庫を習得してくれと言っているのだ。


 まるで、大きくなった姉弟が、別々の自室を要求しているようだった。


「ああ、分かったよ。努力してみる……」


【有り難う御座います、ご主人様!】


 ナビーは明るい声で返事を返した。


 悩み事の打開策が提示されただけで喜んでいる。相当、漆黒丸のお喋りに悩まされていたのだろう。


 これは早めに異次元宝物庫を習得するべきだろう。


 なんだか、ナビーには悪いことをしたと思う。


 それにしても意外だった。まさか、漆黒丸の野郎がお喋りだったとは……。


 しかも、それが原因で、インテリジェンスアイテムであるナビーが悩んでいたとは思いもしなかった。


 どうやら人格がある以上、インテリジェンスアイテムも悩むらしい。


 世の中、いろいろとあるんだな〜、と勉強になる。


 そして俺は、のんびりと車を運転して、実家に帰った。


 その間の僅かな時間、ウロボロスの書物は、車の助手席に鎮座していた。軽い気晴らしである。





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