57【縄鏢】
森の中から姿を現したのは、体躯の良いホブゴブリンが三体だった。
彼らは登場早々、パワープレイヤーのマサムを吹き飛ばしている。太い手には木の棍棒が握られているから、あれで打ち飛ばしたのだろう。
ホブゴブリンの身長は180センチぐらい。体型は筋肉質なちゃんこ型だ。相撲取りのような体型である。
俺よりも背が高いし、体格も良い。
なんか、それがムカつく。
上半身は裸で、股間を褌で隠している。顔は醜く鬼のようであった。肌は深緑色で、いかにも臭そうだ。髪の毛は疎らで、ほとんど禿ている。への字の口からは、ギザギザの牙が窺えた。
面構えは、完全にモンスターのなりである。
「ホブゴブゴブ〜」
三匹とも手には木の棍棒を持っている。だが、真ん中の一匹だけは棘付きメイスを握っていた。棘付きメイスと木の棍棒での二刀流なのである。
さらに、その棘付きメイスを持っているホブゴブリンだけが鉄のヘルムを被っていた。こいつが群れのリーダーなのだろう。一匹だけ装備が上等だ。違いが分かる。
ホブゴブリンたちを睨んだまま、俺は味方の男たちに向かって提案する。
『なあ、すまんが皆。こいつらを俺に譲ってくれないか。競争は無しにしよう』
「で、ですが、惣菜パンが!」
『それは全員にプレゼントするからさ。こいつらを譲ってくれよ〜』
シーンもレーンも溜め息をついた後、剣を鞘に収める。そして、数歩下がった。それを見てマサムも無言で剣を収めた。
「惣菜パンがもらえるなら、我々は構いませぬ――」
『有り難う、二人とも〜。マサムもいいよな?』
マサムも後ろへ下がりながら頷いていた。承諾してくれたようだった。
『さてさて、経験値でも稼ぎますか!』
俺は皆の前に立ちながら、凛と背筋を伸ばした。
そのまま手にしていた漆黒丸を地面に落とす。
すると、漆黒丸は俺の影の中へと吸い込まれていった。シャドーポケットに収納される。
代わりに俺は、ジャケットの内側から、紐の先端に刃物が付いた中国の伝統武器――縄鏢を取り出した。
縄鏢とは、3〜5メートルほどの長い紐や縄の先端に、「鏢」と呼ばれる矢じりや小型の金属製刃物を取り付けた、テクニカルでトリッキーな武器である。
少林寺系の映画などで、観たことがある人物も居るだろう。あれだ――。
今回、俺が用意した紐の長さは五メートル。先端の武器には、忍者らしくクナイを使用している。
俺は中国拳法の詠春拳や太極剣を少し齧っていた。これは、その詠春拳の道場で習った縄鏢術である。
達人というほどではないが、素人よりは十分に扱える。曲芸ごとは得意だからだ。
「「「ホブゴブゴブゥ〜〜!!」」」
喉を勇ましく唸らせながら、三体のホブゴブリンが近づいてくる。その太い腕に持った木の棍棒を振り回しながら、周囲の藪を払い除けていた。
俺は縄鏢を振り回しながら身構えた。直立した姿勢で、長めの武器をスピーディーに回転させている。縄鏢の先に使われているクナイが風を切る。
周囲は若干拓けているとはいえ、ここは森の中だ。長物の武器は不利である。縄鏢の紐を伸ばし過ぎれば、木の枝などに絡まりかねない。あまり振り回し過ぎるのは得策ではないだろう。
俺は縄鏢をコンパクトに回していた。自分の周囲、一メートルほどの範囲で円を描くように回転させる。
双子岩の前は開けていた。ここなら、縄鏢を十分に使いこなせる広さがある。
俺は三体のホブゴブリンを挑発した。
『ほら、かかってこいよ。この褌デブ野郎が!』
「ホブゴブブゥゥウウウウ!!」
俺の煽りに挑発されたホブゴブリンの一匹が走り出した。木の棍棒を振りかざしながら、突っ込んでくる。その額には青筋が浮かんでいた。ドスンドスンと贅肉を揺らしながら突っ込んで来る。
そういえば、こいつらは人語が喋れるんだよな。俺の煽りを理解したのだろう。
「ホブウーーー!!」
『ふんっ――』
俺は体の横で縦回転させていた縄鏢を、真っ直ぐ前へと放った。先端のクナイが、縄を靡かせながら弾丸のように飛んでいく。
「ホブッ!」
だが、走り出していたホブゴブリンは木の棍棒を逆水平に振るうと、クナイを撃ち落とした。案外と器用である。
『よっ!』
即座に俺は撃ち落とされたクナイの紐を引き、縄鏢を手元へと戻した。そして、すぐさま縄を振り回し始める。
しかし、その縄の軌道は複雑だ。縦回転や横回転と自在に変化させる。さらには体を捻ったり反ったりとフェイントを加える。肘や脚、首や腰などに縄を引っ掛け、回転する方向まで変えていく。
縄鏢が異次元の軌道を描きながら飛び交っていた。困惑を誘う。
その複雑な軌道が誘うのは、ホブゴブリンの混乱だった。
ホブゴブリンは、もはやクナイの軌道を目で追えていない。完全に困惑している。
その途端、俺は縄鏢の紐を方に引っ掛けると、続いて片足で紐を踏んだ。
その動きによって誘導されたクナイが、下から跳ね上がるような斬撃を繰り出す。
クナイの切っ先が、ホブゴブリンの顔の前を下から上へと通り過ぎる。
スパッ!
その刃先が、ホブゴブリンの団子鼻を縦に真っ二つに斬り裂いた。
「ギィァァアアアアン!!」
二つに割れた団子鼻から鮮血が吹き出す。悲鳴を上げるホブゴブリンは片手で傷口を押さえた。苦痛に涙ぐんでいる。
そこへ俺は、縄鏢を真っ直ぐに伸ばして攻め立てた。攻撃が続く。
直進に投擲したクナイが、ホブゴブリンの喉に突き刺さった。
「ギィア!」
『少し浅いかな』
さらに俺はダッシュで接近すると、サイドキックでクナイの柄尻を足先で突くように蹴り飛ばす。
その蹴りによってクナイは、なおも深くホブゴブリンの喉へと食い込んだ。クナイの先端が、後ろ首へと貫通する。
「ゴパッパァァアァアッ!!」
血反吐を吐き散らしながら、後方へ飛ぶホブゴブリン。喉にはクナイが刺さったままだ。
俺は後方に吹き飛ぶホブゴブリンの勢いを利用して縄鏢の紐を引き、先端のクナイを手元へと回収した。
ホブゴブリンの喉から引き抜けたクナイが俺の手間とに戻ってくる。
「ゴ、ゴパッ……」
仰向けに倒れ込んだホブゴブリンは、喉と口からドス黒い鮮血を吐き出しながら白目を剥いていた。おそらく呼吸ができず、痙攣しているのだろう。これなら、放っておけばいずれは死ぬだろうさ。
「ホブゴブゥゥウウウウッ!!」
仲間が殺られたと分かったホブゴブリンが、もう一匹突進してきた。
しかし、鉄ヘルムを被ったホブゴブリンは冷静に戦いを見守っている。同時に二匹で掛かってこようとはしない。
『なんだろう、余裕なのかな?』
突っ込んできたホブゴブリンが、力任せに木の棍棒を俺の頭部に向かって振り下ろしてくる。俺は縄鏢を回すこともなく、その攻撃を待った。
「フンゴッ!!」
『甘いな――』
ホブゴブリンが振るう木の棍棒が、俺の頭をカチ割ろうと振り下ろされた瞬間、俺は透過能力で棍棒をやり過ごす。
透過した棍棒は空を切り、俺の足元の地面を叩き、土を深々と抉った。
『よっ』
そして俺は、縄鏢の縄をホブゴブリンの体に絡める。
まずは口に猿轡のように噛ませ、そのまま後ろへ引き寄せる。続いて手首に縄を絡め、背後で両手首を縛り付けた。
そこから膝の裏を蹴りつけ、体勢を崩させる。ホブゴブリンは尻餅をつき、その場に座り込んだ。
その体勢の首に縄を回して絞め上げ、その縄を背後で縛られている両手首に結びつける。
今度は肩越しに縄を回し、胡座をかいて座り込んでいるホブゴブリンの足首を縛り上げる。さらに首へ縄を引っ掛けると、今度は反対側の足首にも縄を回して縛り上げた。
完全拘束の完成である。
「ホ、ブゴブ、ゴブ……」
『服部流束縛術、達磨拘束だ!』
確かにホブゴブリンは、胡座をかいた状態で縛り上げられている。立ち上がるどころか、身動きすらできない状況だ。
『まあ、遊びは終わりだ――』
ザクリッ!
刹那、俺は縄鏢のクナイを、捕縛されて動けないホブゴブリンの脳天へ突き刺した。
クナイは頭蓋骨を貫通し、その思考と命を奪う。
ホブゴブリンは胡座をかいたまま、絶命した。座り込んだまま脱力している。
『さて――』
パンパンと手を払う。
そして俺は、鉄ヘルムのホブゴブリンを睨みつけた。
『ここからが、本番かなぁ〜』
「ハブゴブゴブ〜ウ」




