55【ちょっと近場に旅立ち】
早朝のダーク村。
俺は村の中央広場で、弓矢の練習用の的に手裏剣を投げていた。丸太の的に景気良い音を奏でながら次々に手裏剣が突き刺さる。狙いは百発百中だった。
それを獣人商人のフーミンやポーターのマサムが、体育座りで腰掛けながら眺めていた。二人とも珍しい物でも見るような目で俺を見ている。
事実、手裏剣たる小型武具が珍しいのだろう。
少し離れた木の陰で、鍛冶屋のハートは厳つい顔で両腕を組ませると、禿頭を輝かせながら俺をガン見していた。
なんでこいつはダークエルフなのに、これほどまでおっさん顔なのだろう。他の連中は美形揃いなのに、こいつだけがオッサン臭い。
何処かで遺伝子を組み違えたのではないだろうか。耳が尖ってなければダークエルフには見えない。
マジで厳つい――。
『とう、とう、とう!』
俺が投げ放つ手裏剣の命中率は、弓矢のそれよりも高かった。
とん、とん、とんっと軽快な音を鳴らして突き刺さる手裏剣は、百発百中である。ほとんど的の中央に刺さっていた。
十字型の刃物は、360度どの方向から的に当たっても刺さる仕組みとなっている。
殺傷力よりも命中率に機能を全振りした武器なのだ。
素人でも、ちょっと練習したのならば誰でも扱える武器である。
投擲される十字手裏剣を眺めながら、太い腕を胸元で組んでいた鍛冶屋のハートが言った。
「面白い武器だな。素人が投げても容易く刺さる仕組みになっているのか。かなり工夫された武器だ」
俺は手裏剣の切っ先を禿頭のほうに向けながら言う。
『俺の国に伝わる古い暗器でね。練習不足の人物でも、容易く使いこなせるように造られている。だから当たれば刺さる。何より小型で携帯に優れた武器なんだぜ。ただし、全方向に刃物がついているから、気を付けて携帯しないと、本人に刺さってしまう恐れがあるけどな〜』
そう言いながら俺が投げた手裏剣が、的の真ん中を見事に捉える。それを見ていたフーミンとマサムが小さく拍手をしていた。
俺は投擲のコントロールに優れている。天才的な才能かもしれないが、野球でピッチャーを務めれば、キャッチャーの指示通りのところにボールを投げられるのだ。
ただし、投球速度は並である。だから簡単に打たれてしまう。ピッチャーとしての才能は無いのだ。
ハートが的に近づき手裏剣を木の的から引っこ抜いた。そして、手裏剣の刃先を見詰めながら言う。
「しかし、ちょっとばかり刃が小さすぎないか。これだと相手の命までは、届かんだろ?」
『それは関係ない。この程度の刃物でも、顔面に刺されば有効だ。それに、手裏剣で相手を殺し切る理由はないのだよ。二太刀目で相手を殺せれば良いんだ。手裏剣の目的は、初手を取るのがたいせつなんだよ』
「なるほど、初手か――。これで相手の隙を作るのだな」
『こんな武器もあるんだぜ』
「んん?」
言いながら着ているジャケット内から取り出したのはクナイだった。これも忍具の一つである。
『この武器は【クナイ】と呼ばれる暗器だ。クナイとは、俺の国の言葉で苦労が無いと言う意味なんだぜ』
「クナイ……。ただのナイフではないか?」
俺はクナイを軽々と振るいながら説明する。指先でペンを回すように器用に回転させた。
『このクナイには、九通りの使い道があるからクナイとも言われているんだ』
「ほほう、九通りも」
『まずは【刺す】【切る】【投げる】。この辺は普通の刃物と変わらないが、ここからが違う。これを使ってスコップのように【掘る】も出来る。更には柄尻の輪に紐を通して【吊る】すや、壁に刺して足場に使い【登る】も可能だ。扉などの下に差し込み【楔】にも仕える』
「なるほど。用途が様々なのだな。それで、あと二つは?」
『あと二つは……。え〜っと、何だっけな……』
あと二つの使い方を忘れてしまった。クナイの使い方が多すぎて覚えきれないのである。
『ちょっと待っててくれ、今思い出すから……』
「無理して思い出さなくても、構いませんぞ、シャドー様……」
そのような会話を俺たちがしていると、待っていた人物たちが旅の支度を終えて広場にやって来た。
シーン、マーリア、リーン、レーン、バートの五人だった。全員がバックパックを背負っている。旅路の支度は万全のようである。
これから俺たちは、フーミンたちの案内でドワーフの村を目指すのである。
フーミンたちの目的は、ハートから預かったバトルアックスを届けることと、自分たちの商売で、小物売りが目的である。
俺の目的は、現代の酒などを売り込むのが目的だった。少しでも金塊を手に入れるための道筋を確定させたいのである。
その為には、ドワーフを顧客として迎え入れなければならない。彼らが溜め込んでいる金塊が欲しいのである。
その為のファーストコンタクトを取りに行くのだ。
「お待たせしました、シャドー様」
五人が頭を下げた。それを見て、座っていたフーミンとマサムが立ち上がり、背負い箱を背負う。
俺もクナイを懐に仕舞い込んだ。
『同行者は、お前たち五人か?』
「はい。我々がドワーフンヴィレッジまでお供します」
『まあ、お供なんて、要らないんだけどな〜』
すると、怒ったような口調でレーンが述べる。
「何をおっしゃいます、シャドー様。頑固で無骨なドワーフの村まで行くのです。お供なしにシャドー様を見送れませんとも!」
『そ、そうかぁ……』
レーンの態度は一変していた。完全にマーリアのことが吹っ切れたのか、俺に忠義を誓った家臣のようになっている。まさに忠犬の眼差しだった。
しかも、俺と妹のアイーリが関係を持ったことも知っているはずなのに、しれっとした顔である。
可愛いはずの妹が、知らん男にパコパコとペコペコされたのに、何を平然と振る舞っているのやら。
こいつの神経はどうなっているんだと疑ってしまうほどだった。
真面目な顔でレーンが述べる。
「私とリーンの同行は、森の外までです。それ以降は、シーンとマーリアだけの同行となります」
『そうなんだぁ〜』
シメシメである。ウザったい奴は途中で消えてくれるらしい。ちょっとは助かった気分であった。
『ところで、バートもついてくるのか?』
「はい!」
リーンよりは背の高い少年が、元気良く応える。
彼は鍛冶屋ハートの弟子である。今回の旅路になんの関係があるのか分からないが、ついてくるらしい。
『なあ、なんで鍛冶屋見習いがついてくるんだよ?』
「師匠が、一度は商売相手の村を見てくるのも勉強だと言いまして!」
『そうなのか?』
弟子の頭を撫でながらハートが言う。
「それにドワーフの火事仕事を一度ぐらいは見ておいても損はなかろう。何せ、あいつらの腕前は俺よりも優れているからな」
すると今度はリーンが話し出す。
「私とバートは、森から出たことが無いのです。だから、この機会に勉強だと言われて許しが出たのですよ」
『そうなんだ。それは大変だな。良く見て、良く学べよ』
「「はいっ!」」
どうやらリーンとバートは社会見学らしい。まあ、保護者感覚で同行してやろう。それに、シーンやマーリアがついているのだ。ほとんど彼らが二人の面倒を見てくれることだろうと思う。
『では、出発だ』
こうして俺たち一行は、ぞろぞろとダーク村を旅立った。禿頭のハートが村の門前まで見送ってくれる。彼は俺たちが森に入るまで手を振っていた。
ダーク村からドワーフ村まで片道を歩いて三日と聞いている。ちょっと長い徒歩の旅である。
今回の旅は、徒歩の獣人商人に合わせて、騎獣などを使わないらしい。
だから大回りの峠を使わずに、森の中を突っ切る道のりで行くとのこと。徒歩ならば、そのほうが速いらしいのだ。
森に入ると、フーミンたち獣人が先頭を進む。そして、その真後ろに続くシーンにフーミンが訊いた。
「シーン殿は、ドワーフンヴィレッジに行ったことはあるのですかニャ?」
枝木を手で払いながら、シーンが答えた。
「ああ、何度か父に連れられて行ったことがある。村同士の協定を決める会議とかでな」
「協定ですかニャ?」
「村同士の縄張りを決める話し合いだ。その時に、ドワーフ村の長、ベンベ・ベンとも何度か顔を合わせている。しかし、あれは豪胆過ぎて気に食わん。ドワーフとは、傲慢すぎるのだ」
シーンは苛ついた顔を見せている。相当、ドワーフの村長が気に食わないのだろう。
俺がフーミンに尋ねる。
『そんなにドワーフ村の村長は、嫌な奴なのか?』
「いや、ただの頑固者ですかニャ。それに昔から、ドワーフは他種族を舐めてかかる癖がありましてニャ。それが気に食わないのでしょうニャ〜」
『なるほど。まあ、ドワーフとエルフの腐れ縁ってやつは、どこの世界でも健在ってことなのね』
良くある話だ。まさに異世界ファンタジーである。
それからしばらく、俺たちは森の中を歩き続けた。道はあるのだが、獣道程度の細い道をひたすらに進んだ。
やがて日が沈み始め、辺りが暗くなってきた。森の中から聞こえてくる怪鳥の鳴き声が、薄気味悪く響いてくる。
辺りを見回していたシーンが述べた。
「この辺でキャンプにしましょう。日が落ちてから森を進むのは危険ですからな」
すると、振り返ったフーミンが言った。
「ならば、もう少し進んだところに大岩がありますので、そこでキャンプにしませんかニャ。何もない森のド真ん中よりはマシでしょうニャ」
『ああ、分かった。そうしよう』
そして、もう少し歩むと、フーミンが言っていた大岩が森の中に姿を現した。
そこには四メートルほどの大岩が二つ並んでいた。苔の生えた立派な双子岩である。風を凌ぐには、ちょうど良いかもしれない。
「ここですニャ」
そこには以前に誰かが焚き火を炊いた跡が残っていた。たぶん、定番のキャンプ場なのだろう。
『よし、ここでキャンプだ』
「はい」
俺たちは岩の麓に荷物を降ろすと、キャンプの準備をする。
キャンプと言っても、テントを張ってBBQを楽しむような娯楽感は無い。
皆で小さな焚き火を囲んで、毛布にくるまって寝るだけだ。雨風だけを凌げれば良いのである。テントも張らないし、BBQも無しである。
リーンたちが森の中から薪を集めてきて、火口石で火を起こす。やがて周囲の森は日が沈み、暗くなり始めた。焚き火の炎が森を照らす。
俺は煙草を吸うのにジッポライターを持っていたが、火口石が珍しかったからライターを出さなかった。カチカチと音を鳴らして火を起こすさまを眺めていた。
やがて、焚き火に火がついた――。
焚き火を眺めながら、フーミンが言った。
「そろそろ食事にしませんかニャ」
「そうだな――」
答えながら、シーンが自分のバックパックの中を漁る。そして、四角い煉瓦のような物を取り出した。
『んん。レーン、それはなんだ?』
俺が問うと、レーンが煉瓦を見せながら答える。
「乾パンです」
『乾パン……。俺は煉瓦かと思ったぞ』
どうやらあの煉瓦っぽい物は乾パンのようだった。とても食べ物には見えない。凄く硬そうだった。
たぶん、木に釘が打てる程の硬さだろう。
『もしかして、今日の晩飯か?』
「はい、そうですが」
レーンは当たり前のように答えた。マーリアやフーミンたちも、自分の荷物から乾パンを取り出していた。本当にあれを食べるようだ。信じられない。
そして――。
皆が焚き火を囲みながら、乾パンに齧りついていた。ガリガリ、ボリボリと音を立てながら、乾パンを齧っている。
すると、マーリアが食べていた乾パンを差し出しながら、俺に言った。
「シャドー様も食べますか?」
『いや、俺はいいや……』
そう答えた俺は、シャドーポケットから袋入りの惣菜パンを取り出した。カレーパンである。
それを俺は食べ始める。俺が旅の食料として用意していたものだ。旅立つ前にスーパーで買っておいた品物である。
すると、皆が乾パンを食べる手を止めて、俺をじぃ〜〜っと見ていた。全員が驚愕の表情を浮かべている。
『な、なんだよ……』
リーンが震える声で訊いてきた。
「シャドー様、それは……?」
『カレーパンだが?』
「カ、カレーパン……」
そう反芻したリーンが、自分の持っている乾パンを一度見直した。それから、再び俺が持つカレーパンを見る。そして、悲しそうに表情を歪めた。
な、なんか気まずい……。
リーンはカレーパンを食べたさそうな眼差しで眺めていた。
『リーン。食べてみるか?』
「はいっ!」
元気よく返事をしたリーンが、俺の差し出したカレーパンに飛びついた。むしゃむしゃとカレーパンを頬張る。
「これ、おいちぃーー!!」
「「「「――……」」」」
感激するリーンを、他の者たちが涎を垂らしながら見ている。こいつらもカレーパンを食べたいようであった。
『まあ、仕方あるまい……』
俺はシャドーポケットから、いくつかの惣菜パンを取り出した。カレーパンの他に、メロンパンやアンパンなどもある。
本当は、三日分の食料の予定だった物だ。
『ほれ、お前たちも食べていいぞ。一人一つずつだからな』
「「「「「わ〜〜い!」」」」」
全員が惣菜パンに飛びついた。袋を力任せに破いて、惣菜パンに齧りつく。
惣菜パンは、丁度一人一つ分だけあった。数が足りてラッキーである。
やがて全員が惣菜パンを食べ終わった。まだ物足りなそうな顔をしている者が多い。
まあ、惣菜パン一つでは、お腹がいっぱいにはならないのだろう。こいつらは、まだまだ育ち盛りの年頃だろうからさ。
そして、皆が幸せそうな表情で惣菜パンの余韻に浸っていると、瞬間的に皆の顔が真剣に引き締まった。
『えっ、何ごと?』
するとシーンがレーンに問う。
「何者だ?」
レーンが周囲の森を警戒しながら言った。
「たぶん、ゴブリンだな。既に囲まれている――」
『え、ゴブリン……?』
訳が分かっていないのは俺だけのようだった。
今度はシーンがリーンに問う。
「リーン、何匹いる?」
耳を澄ますリーンか答えた。
「たぶん、十一匹……。いえ、十二匹かな」
「ならば、チョロいな」
「はい」
シーンは微笑みながら立ち上がった。レーンやマーリアたちも続く。
ダークエルフたちがレイピアを抜いた。フーミンも腰のダガーを抜き、マサムもロングソードを抜いて構えた。
確かに森の中に何かが隠れている。それは群れだった。
その群れが森の中から一斉に飛び出してきた。
「「「キィェエエエエエ!!!」」」
ゴブリンの夜襲である。




