53【ポケットに手を入れたまま】
タンクトップの男がステップを刻む。両手に嵌めたメリケンサックを強く握り締めていた。
白いジャージの男は、自分の頭上で一メートルほどの鎖をグルグルと回している。怒りの顔で鬼頭二角を睨みつけていた。
二人が距離を図る。
だが、飛び込めない。
相手は両手をズボンのポケットにしまったまま棒立ちだったのに飛び込めないでいた。
鬼面を微笑ませる鬼頭二角。二人の額から汗が零れ落ちた。
一度は全力で一撃を打ち込んだのだが、それがノーガードで、しかも顔面で受け止められたのだ。あれ以上の威力を有した攻撃は個々では望めない。
それだけは二人とも知れていた。
ならば――。
「同時に行くぞ……」
「わ、分かった……」
二人が同時に飛び掛かる。タイミングを合わせた鎖と鉄拳のダブル同時攻撃だ。
「「死ね!!」」
回していた鎖が横振りで跳んでくる。今度も鬼頭二角の顔面を狙っていた。
片やメリケンサックのパンチがアッパーカットの軌道で飛んでくる。狙いは顎だろう。
「そりゃ!!」
「おりゃ!!」
二人の攻撃は、ほぼ同時に鬼頭二角の頭に命中した。
鎖の先端が頬を横殴り、メリケンサックが顎をカチ上げた。
その同時攻撃で鬼頭二角の顔面が激しく揺れる。縦と横に細かく振動していた。
だが、それでも鬼頭二角は揺らぎもしていなかった。ポケットに両手を入れたまま立っている。しかも、笑っている。
そして、一言――。
「うぜぇ〜な、お前らよ〜」
途端、高速の前蹴りが飛んでくる。鬼頭二角が放ったキックがタンクトップ男の顎を蹴り上げた。
「おらっ!」
「ゲフッ!!」
顎を蹴り上げられたタンクトップ男が宙を舞う。大きな体が空中で一回転して、尻から地面に落ちた。そのまま後ろに倒れて大の字になる。
「それっ!」
「ぎゃふん!!」
続いて鬼頭二角が白ジャージの男を蹴り飛ばした。サイドキックで腹部を蹴り飛ばす。
蹴られたジャージ男はくの字で飛んで、居酒屋の行灯を薙ぎ倒しながら倒れ込んだ。
そこで、二人とも動かなくなった。
「ははっ、どうだい!」
蹴り足を下ろした鬼頭二角だったが、その両手はポケットにしまったままだった。蹴りを放つ際でもポケットから手を抜いてはいない。
余裕――。
鬼頭二角は完全なる力の差を見せつけていた。ウロボロスの権利者の凄さを身を持って示す。
残ったスーツ男を鬼頭二角が鬼面で睨みつけた。まるで般若の顔である。
「さあ、お前はどうするんだぁ?」
「ぐぬぬぬ……」
一人残ったスーツの男は合い口を構えたまま震えていた。しかし、その震えは恐怖のものではない。怒りのものである。
その証拠にスーツの男は奥歯を噛みしめ額には複数の青筋を浮かべていた。怒りに震えているのだ。
「上等だ。やったるわい!!」
言うなり男が鬼頭二角に飛び掛かる。大きな一歩で飛び込むと合い口を腰の高さから突き出した。
突き!
「死ねっ!!」
合い口の一刺しが鬼頭二角の腹部を狙う。その勢いに偽りは微塵も無かった。本当に殺す気満々である。煌めく刀身には殺意が映り込んでいた。
「きぃえええええ!!」
男の虚勢が響く。
再び避けない鬼頭二角。その合い口を鳩尾で受け止めていた。
合い口は青いYシャツを貫いているが、鬼頭二角の腹は貫けていない。微塵も刺さっていなかった。
スーツ男の手に伝わってくる感触は、分厚いゴム板でも突いたかのようなもの。人を突いた感触ではない。刺さってもいない。
「ば、馬鹿な……」
スーツ男は驚愕しながらも後方に飛び下がる。すると持っていた合い口を鞘に収めると懐に戻した。
そして、合い口の代わりに別の武器を懐から取り出した。
「ならば、これでどうだ!」
鬼頭二角に黒い狂気を向けるは、レンコン型の拳銃は小型のリボルバー銃。 S&W M360J、通常サクラ。
近年、多くの都道府県警察で主力となっている日本警察向けの回転式拳銃である。
テレビドラマなどでも良く見られる拳銃であった。
ズボンのポケットに手を突っ込んだままの鬼頭二角が嘲笑う。
「刃物が駄目だからってぇ、今度はチャカかよぉ。それでぇ、俺の首を取れると持ってるのかい?」
油汗を滲ませながらスーツ男が述べる。
「銃は銃でも弾丸が違うぞ!」
「ほほう?」
「この術に込められた弾丸は、フランスの修道僧が使っていたロザリアを溶かして成形した物だ。悪魔だって殺せる一発だぜぇ!」
「悪魔を殺せるだぁ〜。面白い。本当に殺せるか、撃ってみろよぉ〜」
スーツ男は躊躇無く撃つ。鬼頭二角の強面を狙って至近距離から発砲した。
ドンッと激音がこだまする。硝煙が拳銃から舞った。
鬼頭二角は再び避けはしない。正面から弾丸の一発を受けていた。
拳銃が発した硝煙が周囲を白く濁す。
やがて硝煙が収まると、棒立ちのままの鬼頭二角が見えてくる。
「ええっ!」
「ふふっ――」
硝煙が失せた後から見えた鬼頭二角は、前歯で銀色の弾丸を咥え込んでいた。口で弾丸を受け止めたのだ。まだ、ポケットからも手を出していない。
口元から銀の弾丸がポロリと落ちる。アスファルトに転がった。
「流石の拳銃もぉ、相手に当たらなければぁ、殺せないよなぁ〜」
「こ、この化け物が……」
悔し紛れの一言を吐いたスーツ男は拳銃を乱射した。ドンッ、ドンッと発砲音が鳴り響く。三発の連射だった。
しかし―――。
瞬間、鬼頭二角が消えた。
「えっ……?」
次の瞬間、鬼頭二角は男の背後に回り込んでいた。まるで瞬間移動でも見せられたようだった。
「こっちだぁ、バァ〜カァ――」
「何ッ!?」
振り返った瞬間に鬼頭二角の頭突きが打ち込まれた。ゴンッと重い音が轟く。
鬼頭二角の頭突きは男の額に打ち込まれていた。額と額がぶつかり合ったのだ。男の目が衝撃に回る。
しかし、ダウンしたのはスーツの男だけだった。鬼頭二角は微笑んでいた。ポケットに両手を入れたまま直立している。
膝から崩れ落ちるスーツの男。その額は僅かに陥没していた。
その頭突きでスーツの男は気を失った。口から涎を垂らしながら失神したのだ。




