52【挑戦者たち】
〇〇市〇〇町の町並みは五月蝿い。
時間帯は夕方の帰宅時。
ビルの屋上に、赤い夕日が隠れようとしていた。
駅前には、帰宅を急ぐサラリーマンたちが、鞄を片手に早足で歩いていた。
人によっては、まったりと寛ぎ、スマホの画面を眺めながらバス停の列に並んでいる者もいた。
町並みに広がるのは、人々の雑踏から聞こえる話し声、混雑する車のエンジン音、時折駆け抜けていく電車のレール音ばかりだった。
町は賑わっている。
都会の街並みは、夕暮れに包まれかけていた。赤提灯を出した居酒屋に吸い込まれていく人々もいる。暖簾をくぐる顔が生き生きと輝いていた。
そのような景色の駅前。一人のヤクザ者が、ガニ股で肩を怒らせながら歩いていた。
強面のヤクザ者は威嚇的に鋭い眼光を輝かせていた。明らかに本職である。
一般のサラリーマンたちは、そのヤクザ者を避けながら歩いていた。誰も彼とは関わろうともしない。目も合わせない。
ヤクザ者が堂々と歩道のド真ん中を歩いているが、前からやってくる人々は、彼から放たれる禍々しい空気に押されて、自然と不自然なままに避けて行くのであった。
「――……」
ギロリ!
サングラスの下で、鋭い眼光が光っていた。
ヤクザ者は黒髪パーマのリーゼントに、渡哲也が掛けていそうな黒くて大きなサングラスを掛けている。縦縞の入った白いスーツに、青いYシャツを着込んでいた。襟首を立てて気取っている。さらに首には金のネックレスが煌めいていた。
少し窶れた顔は、眉毛が薄い。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま肩を怒らせガニ股で歩いている。
如何にも昭和のヤクザ風であった。
彼は顔を真っ直ぐ前に向けたまま、目線だけで周囲を威嚇的に確認している。右を見て、左を見ては、険しい顔を作っていた。「ちっ……」と舌打ちを零すこともあった。
何が気に入らないのか分からないが、何故か不機嫌である。それが全身から滲み出ていた。
「んん……」
そして、急に足を止めた。
何があったかは知らないが、口角が微笑んでいた。
すると、いきなり体の向きを変え、ビルとビルの隙間に入っていく。そこは、人が一人でやっと通れるだろう幅の裏路地だった。
狭くて汚い裏路地には、ビルから伸び出た配管がいくつも走っている。無造作に置かれた室外機が邪魔くさかった。狭い裏路地をさらに狭く感じさせている。
そのような路地をヤクザ者は、進んで奥に消えて行く。
「おい――」
「ちっ、追うぞ……」
それを離れたところから見ていた三人の男が、慌てて後を追う。
また彼らも、ヤクザ風の三人組だった。
一人は皺だらけのスーツ姿。一人は白いジャージ姿。もう一人は真冬なのにタンクトップ姿の大柄な男だった。三人とも三十歳程度に見える。
彼ら三人は、ヤクザ者を尾行していたのだ。
しかし、そのターゲットが急に裏路地に入り込んだので、慌てたのである。たぶん、尾行に気付かれたと思ったのだろう。
「やべぇ、気付かれたぞ!」
「追うぞ。絶対に逃がすなよ!」
「もろちんだ」
三人組は、裏路地を駆けてヤクザ者を追った。狭い裏路地を一列になって駆けていく。
やがて、少し広い通りに出た。
広いと言っても、先程の裏路地より広い程度だ。この幅の小道では、軽自動車すら入ってこられないだろう。
その小道には、居酒屋やスナックの行灯が出ているが、どれも明かりが点灯していない。まだ、開店には早い時間帯だからだろうか。
それに、大通りと違って、小道には人影がまったくなかった。その通りは、まるで別の街に入り込んだように静かである。
そこは、異界なのだ――。
その静けさが異様だとは、その時には三人とも気付いていなかった。
三人組は、ヤクザ者を探す。
「くそ、何処に行った!?」
「あっ、いた……」
三人組が足を止めた。
小道の先を見てみれば、強面のヤクザ者が、こちらを棒立ちで睨みつけていた。
両手をズボンのポケットに突っ込み、猫背でこちらをガン見している。
ヤクザ者の背後で、空間が威圧で歪んでいた。威嚇が時空を歪めているようだった。
その威圧から三人は脅威を感じ取る。三人組の額から汗が流れた。
「くぅ……」
「行くぞ、ビビるな!」
「へいッ――」
三人組は、彼と向かい合うと前へ足を進める。その歩みの際に、スーツの懐やズボンのポケットから武器を取り出してみせた。
武器は、メリケンサック。一メートルほどの鎖。鋭い合い口であった。三人が三種の武器を構えた。
強面のヤクザ者が、三人組を睨みつけながら凄んで言った。
「てめぇ〜らぁ、何処のもんじゃいぃ?」
鋭い合い口を持ったスーツの男が答える。
「ゴールド商会、歌舞伎町店のもんっス」
ヤクザ者は笑顔を見せながら述べた。
「なんだぁ、挑戦者かぁ」
三人組が声を揃えた。
「「「如何にも!」」」
ヤクザ者がズボンのポケットに両手を入れながら言う。完全なる余裕を見せていた。
「ならばぁ、俺が大幹部の鬼頭二角と知っていての挑戦者なのだなぁ」
「如何にも!」
三人組は、各々の武器を構えたまま腰を落とす。刃物を突き出し、鉄拳を握り締め、鎖を振り回していた。何時でも飛びかかれるように戦闘体制に入っている。
顎をしゃくらせた鬼頭二角が述べる。
「ならばぁ、かかってこいよぉ。地獄に落としてやるぜぇ!」
「ひよるな、行けっ!」
「「うぉぉおおおおおおお!!」」
スーツの男が一喝を入れるように怒鳴ると、後ろの二人が飛び出した。メリケンサックと鎖による攻撃が、鬼頭二角に迫る。
しかし、鬼頭二角は両手をポケットに入れたまま、動かなかった。構えも取っていない。ただ堂々と立ち尽くしている。
最初に仕掛けたのは白ジャージの男だった。重々しい鎖を振り回しながら駆け寄ると、手にある鎖を容赦無く振るった。
「死ねや、ゴラッ!!」
鎖による袈裟懸けへの一撃が振るわれた。
しかし、鬼頭二角は相手の攻撃を避けない。その肩口に鎖の一振りが命中する。鎖が鞭のように体を叩く。バシンともガシンとも聞こえる激音が響いた。
だが、鬼頭二角は平然と鎖の攻撃を受け止めていた。強烈な攻撃を食らったのに、顔色一つ変えていない。避けもしていない。防御も取っていない。蹌踉めきもしていない。ポケットから手すら出していない。棒立ちのままだった。
剰え、口元が微笑んでいる。
「な、なんじゃと……」
ジャージの男はドン引きしながら、振るった鎖を引いた。
「ぬぅららら!!」
続いて、タンクトップの大柄な男がメリケンサックでダイナマイトメガトンストレートパンチを鬼頭二角の顔面に打ち込む。その強烈な拳で、鬼頭二角のサングラスが吹き飛んだ。
破損したサングラスが宙を舞う。砕けた黒い破片が周囲に散らばった。
しかし、それでも鬼頭二角は揺らぎもしない。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、余裕を見せている。
「な、なにぃっ!?」
自分たちの攻撃を正面から受け切った鬼頭二角を見て、二人は顔を青ざめさせ、後方へ飛び下がる。
スーツ姿で合い口を構える男が述べた。
「ば、化け物だな……」
額に青筋を浮かべながら鬼の表情に変わった鬼頭二角が言い返す。
「当然だぁ。こっちとらぁ、ウロボロスの権利者ぁ、下段の十五枠、【鬼の書】の鬼頭二角様だぜぇ。生きた年月が違い過ぎるんだよぉ!」
「ぐぅ〜〜……」




