50【人生の転機】
その晩、俺はヒオラス家で夜食を済ませると、夜の村を一人でぶらついていた。いつもならば隣にマーリアが付いているのだが、今晩はさすがに彼女も眠っている。
あと、今日はエッチはお休みである。さすがに連日連夜のプロレスごっこはマーリアも辛いらしい。なので今晩は断念したのである。
でも、少し股間が寂しかった……。
だから夜の村を、気分転換程度にぶらついているのだ。
俺は睡眠無効の能力で眠らない。これは有り難い能力である。二十四時間を有効に使えるからだ。
しかも、こちらの異世界が夜ならば、あちらの現代世界は昼間にあたる。だいたい十二時間の時差が存在している。
故に、昼間という明るい時間帯を、どちらかの世界で有効に使えるのだ。
しかし、たまには夜も気持ちが良い。
夜風が気持ち良いのだ。虫の音色も心地良かった。夜空を眺めてみれば、七つの月が眩くって美しい。星々もきらびやかだった。
『ふぅ〜――』
今日で不老不死生活三日目が過ぎようとしていた。早くも上納金三十グラムを達成している。
あと二十六日は自由に動ける。さらに来月分の三十日の余裕もある。計五十六日。この期間に次の目標を達成させる道筋を作らなければならないだろう。
金塊を採取するための商売を始めないとならないのだ。
明日、俺はダーク村を旅立つ。一時的な旅である。
行き先は、片道三日程度の距離にあるドワーフンヴィレッジである。獣人兄妹に付いて行って、ドワーフの村を訪ねるのである。
フーミン曰く、ドワーフが三百人程度暮らしている集落らしい。もう町と言っても申し分ない規模だとは思う。
今はベビーブームでドワーフの人数も多いが、いずれは分裂して他の土地に移住して暮らすのではないかと言われていた。
ダーク村の正門前。夜であっても門番が二人立っている。彼らは俺を発見すると礼儀正しくお辞儀をした。
俺は彼ら二人に近づくと声を掛ける。
『夜分、ご苦労さまだな』
「「いえ――」」
二人の門番は再び深々と頭を下げた。
俺はジャケットの懐を漁りながら二人の門番に言う。
『ちょっと手の平をだせ』
「「はい?」」
門番二人は何事かと不思議そうな顔で片手を出した。その掌に俺は飴玉を一つずつ置いた。
『これ、やるよ』
「「これは??」」
『飴玉だ』
「「飴玉?」」
『知らんのか?』
「知りません……」
後でグーグル先生で調べて知ったのだが、紀元前六世紀頃の古代インドでサトウキビから作られたのが飴玉の起源らしい。
まだ、この異世界では飴玉は存在していないのかも知れない。
『それを口に含んで舐めてみろ。飛ぶほど甘いぞ』
「「は、はあ……」」
門番二人は、恐る恐る飴玉を口に含む。
そして――。
「「あ、甘い〜〜!!!」」
門番たちは本当に飛んでいた。跳びはねながら歓喜している。流石はピーチ味の飴玉だ。気に入ってもらえたらしい。
「シャドー様――」
後ろから声を掛けられ、俺が振り向くと、何人かの人物が歩み寄ってきていた。
ダークエルフの水鳥剣のレーンと、鍛冶屋のハート。それに、見知らぬ娘が一人。あとは獣人兄妹のフーミンとマサムが続いている。
鍛冶屋のハートは、厳つい顔を微笑ませていた。水鳥剣のレーンは厳しい顔付きだったが、殺気はない。どうやら幼馴染を奪った俺への怒りも、すっかり薄らいだようだ。
そして、見知らぬ娘は若いダークエルフだった。
白く長い髪を真ん中で分け、肩から胸元に垂らしている。身形は清楚。少し俯き加減に歩きながら、静かにレーンの後ろに続いていた。
お嬢様といった雰囲気を漂わせる美人である。しかし、乳はマーリアより小さい。
こんな夜な夜なに俺が門前まで出向いたのは、レーンに呼び出されたからだ。何か話があるらしい。
また俺は、喧嘩でも売られるのかと覚悟してきたのだが、レーンの様子からしてそうでもないようだ。
本当に、何かちゃんとした話があるようだ。
『レーン。それで、何の話があるんだ。手短に済ませてくれないか』
レーンは姿勢を正しながら述べる。
「ならば、私の質問に答えてもらいたい」
レーンの眼差しは真剣そのもの。冗談が通じるような顔付きではなかった。それを察した俺も気持ちを改める。
「シャドー様は、何処を目指して歩んでいるのですか?」
『はあ?』
「いったい、我々ダークエルフを何処へお導きになられるのですか?」
俺は呆れた素振りで返す。
『導くも何も、俺は何処かへお前たちを導く気なんて、最初からないぞ……』
「ええ……」
唖然としたのか、レーンは肩の力を落とす。呆れている様子だった。ハートたちも同じだった。
『俺がお前たちを導くんじゃない。お前たちが勝手についてくるんだろ』
「わ、我々が、勝手に……」
事実である。
『そうだ。俺はお前たちに「ついてこい」なんて、一言も頼んでないぞ。言ってすらいない』
俺が言う通り、俺は一度も「ついてこい」なんて言っていない。ラーオたちが勝手についていきたいと言い出しているだけだ。
神として崇めたい。主として立てたい。世界征服を願いたい。すべてはダークエルフたちが勝手に言っているだけだ。俺の願いでも何でもないのである。
俺の願いは、金塊集めだけだ。まだ、その先はまったく考えてもいないのだ。
何処で、どうやって、どのように金塊を集めるかも構築されていない。このままダーク村に留まるかどうかも決めていないのだ。もしかしたら、いずれダーク村を旅立ち、別の土地で暮らすかもしれない。何も、この村にこだわる必要は俺にはないのである。
俺の優先事項は、金塊を集めるのに最適な土地である。今の段階では、この村は、その候補から外れる可能性が高い。何せ、金塊を集めるのには不向きな土地だからだ。
金塊の採掘もできない。商売で金塊を集めることもできない。それならば、早々に立ち去るのが最善だろう。誰しもそう考えるのが妥当だと思う。
神として崇められているからと言って、この地にこだわる必要性はないのだ。
「ぬぬっ……」
レーンが喉の奥を唸らせる。
その瞬間、レーンの眉間に深い怒りの皺が寄る。帯剣しているレイピアに手を伸ばしかけていた。
「我らとの関係は、遊びだと……」
俺は拝むように両手を合わせて、パンッと音を奏でた。夜の空間に音が響く。虫の音が止んだ。
『俺についてくるのは自由。もしもついてくるならば、仲間として扱うのが道理。俺から見放すことは無い』
それが俺のポリシーだった。
だが、現代世界では、忍術道場の経営に失敗している。いつまでも子供のまま、忍術に夢中になってくれる者はいなかった。いずれは大人になると、俺の元を旅立っていくのが摂理だった。
俺を見放したのは、子供たちなのである。
だから俺は誓った。俺からは決して見放さないと。俺は最後まで付き合うと決めたのだ。
レーンが真剣に眼光を輝かせながら問う。
「ならば、我々が信じる限り、あなた様は我々を導き続けると!?」
『ついてくるからには、突き放さない。そう言ってるだろ』
するとレーンが腰帯からレイピアを抜くと、地面に置いた。そのまましゃがみ込む。正座で姿勢を正した。そして、三つ指をついて頭を下げる。
「ならば、この水鳥剣のレーンを、あなた様の片腕として置いてもらえませんでしょうか!?」
唐突……。
『えっ、どういうこと……』
しかも、自分を片腕とは高く評価してませんか。もうちょっと謙遜できないのかな。
「我は剣を振るうことでしか、シャドー様に貢献できません。ならば、あなた様の刃になりましょうぞ。あなた様に振りかかる火の粉は、すべて私が振りほどきましょうぞ!」
『俺は、お前の幼馴染を寝取った男だぞ……』
「あれとの約束は、我の一方的な思い込み。そもそもマーリアの相手にされていなかったのは薄々感づいてました。もう、心残りは御座いません。我は、シャドー様のお側で、剣に生き、剣に死んでいく覚悟が決まり申した!」
まるで侍のような心意気である。レーンの瞳からは硬い意思が感じられた。
『そんなことを言われましてもね〜……』
「我は、一生をあなた様に捧げます!」
そう述べると、レーンは今一度、深々と頭を下げた。心から願っているのが伝わってくる。
すると、隣に髪の長い娘が同じように正座で座り込む。そして、彼女も深々と頭を下げた。
「どうか、兄様の心意気を汲んではもらえませんでしょうか……」
髪の長い女性は華奢だった。体のラインが細い。だが、正座で頭を下げる姿からは、胸元の谷間が覗いていた。プロポーションは抜群である。豊満で活発なマーリアと違って、清楚で静かな魅力が彼女にはあった。
『あんたは?』
美顔を上げた娘が述べる。
「兄レーンの妹、アイーリと申します。この村では、ヒーラーを営んでおります」
兄レーンがスペツナズ・ナイフで負傷した際に、治療魔法を施したのは彼女らしい。たぶん、ヒール魔法が得意なのだろう。
『なんとも美人なヒーラーも居たもんだな』
「あら、まあ、恥ずかしい……」
アイーリは横を向いて照れてみせる。なんか淑やかで可愛らしい。
もしかしたら、彼女ともいけるのではないだろうか?
そのような汚らわしい煩悩が頭を過ぎる。
『ちょっとちょっと――』
「はい?」
俺はハートを側に呼び寄せた。
『なあ、ハートくんや――』
「なんでありましょう、シャドー様?」
『アイーリさんって、独身なのか?』
ハートがオヤジ臭く目元を緩めながら答える。
「アイーリは、今まで殿方と付き合っているなんて聞いたことが御座いません!」
処女か!?
『まことか!』
「まことで御座います!」
『はあ、はあ、はあ……』
なんか知らんが、息が荒くなってきた。俺の中の煩悩が騒ぎ出している。
さらにハートが報告してくる。
「兄レーンから聞いた話だと、最近食卓では、シャドー様の話ばかりをしているとか!」
『ど、どんな話をしているのかな!?』
「何やら頬を赤くさせて、格好いいとか、素敵だとか!」
『マジか!?』
これ、脈ありじゃねえのか!?
するとハートがレーンを側に呼び寄せる。
「なんだ、ハート?」
「なあ、レーン。お前はシャドー様とアイーリが結ばれるとしたら、どう思う?」
「それは、めでたいだろう」
『マジマジ!!』
もしかして、兄様から許可が出るのか?
「なにせ、我が一族に、シャドー様の子種を授かるのならば、それに越したことは無いだろう。歓迎する以外に何があるんだ?」
どうやらダークエルフの感覚では、このような展開も有りらしい。なんとも俺に都合の良い世界なのだろうか。
ハートがサムズポーズを取りながら笑顔で言う。
「シャドー様、兄の公認が得られましたぞ!」
『こ、これは近いうちにアタックするだけの価値はありそうだな……』
俺は考えを改める。
そもそもダークエルフたちには、大した期待は持っていなかった。別にダーク村を離れても良いと考えていた。
だが、何故か――。
俺はダークエルフにモテるのだ。しかも、彼女たちは美人揃いの種族である。モテ期到来だった。
これは、金塊並みに優先される状況ではないだろうか?
俺は一夫多妻制も夢ではないのだろうかと、考え始めていた。
このポジションは、人生の転機である。
なんか、辛抱が堪らなくなってきた。
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by、ヒィッツカラルド。




