49【横流しの商売】
時は昼過ぎ。昼食をヒオラス家で済ませた俺は、再び鍛冶屋の休憩室にやってきていた。弟子のバートがマグカップでお茶をだしてくれる。その他に木苺の実を皿に盛って出してくれた。
お茶は緑色だが青々とした臭いが立ち上がるお湯に近い。これを日本で出したのなら茶の間の奥様方に笑われるレベルだと思った。味も不味い。
『さて、こんなものか――』
シャドーポケット内から次々と品物を出していく。
俺は木製テーブルの上に買ってきたばかりの商品をいくつか並べた。それを皆が囲んで見ている。
マーリア、ハート、バート、フーミンにマサムが唖然と商品を眺めていた。皆、緊張している様子である。
そして、商品とは――。
塩一袋五百グラム。瓶詰め胡椒五百グラム。ウイスキー瓶五百グラム。赤ワインボトル七百五十グラム。日本酒の一升瓶が一つ。
それに、ガラスのコップが五つ。居酒屋でビールを飲む際に使うような古風なグラスである。
俺は、それらの商品をハートやフーミンたちに見せていた。
この場にいる者たちは、俺が持ってきた商品を眺めながら驚いていた。
目を剥いたフーミンが、愕然としながら問う。
「こ、これらの品物は、なんなのニャ……」
俺は見えない鼻の頭を親指で擦ってから自慢気に述べた。
『これらは俺の国で売られている物ばかりだ。これらを、こっちの世界で売ろうかと思ってな』
そうである。これは商売の品物だ。これらを横流しの転売をして俺は稼ごうと思っているのだ。
皆がガラス作りの酒瓶に驚いている。こちらの世界では、酒は樽や壺などに入っているものだからだ。ガラスの器に入っている酒は、それだけで高級品らしい。
「い、いくらで売るのニャ……」
逆に訊き返す。
『いくらで売れるか、それをお前たちに聞きたくってな。これ、いくらで売れる?』
「どれもこれも、高額に見えるニャ……」
やはり商人のフーミンから見ても、これらは高級品に見えるのだろう。現代世界だと二束三文だが、こっちでは高く売れるのは間違いなさそうだ。
そもそもガラス製品すら少ない低分化の異世界である。これらのガラス細工がオーパーツ並みに見えているのだろう。
「お酒は、どれも金貨一枚……いや、金貨二枚は硬そうだニャ……。瓶だけでも売れるニャ」
『瓶だけでも売れるのかよ……』
「塩も金貨一枚は硬いニャ。この量の胡椒は、金貨五枚は行けると思うニャ……」
『なるほどな。ここにある分だけでも、金貨十五枚で売れるかもしれないんだな』
これは、ボロ儲けの予感がするぜ。シメシメである。
「あくまでも、安く見積もっての予想だニャ。上手にふっかければ、もっと高く売れるニャ……」
『そうか、そうか』
俺は穴の空いた顔をにっこりと微笑ませた。これから巡ってくるボロ儲けに心が弾んでいた。
「しかし、問題があるニャ……」
『なんだ?』
フーミンは難しい顔で言う。
「これだけの高級品を、一度に買えるお客も少ないだろうニャ」
『あ〜、なるほどね。持ち金が足らないのか』
俺は両腕を組んでから述べる。
『――と、なるとだ。相当な金持ちを見つけないと、売りつけるのは難しいんだな。それか、複数人の大勢に売らないとならないのか』
「そうなるニャ……」
なるほど、買い手不足も考えられるのね。
『ドワーフって、金持ちなのか?』
禿頭のハートが答える。
「たぶん、金塊は溜め込んでいると思いますよ。あいつら、金には強欲ですからね」
『酒と交換してくれるかな?』
「おそらく金より酒を優先すると思います。それが美酒ならば、なおのことかと思います。これほどの美酒は、彼らも逃せないでしょうぞ」
『そんなにか?』
「そんなにです」
どうやらドワーフ族とは、酒には目がないようだ。わかりやすそうで有り難い。
たぶん、生きた樽なのだろう。
煩悩に生きている輩は客としては利用価値が高いだろう。狙い目になる。
『じゃあ、あとはどうやって交渉するかだな』
するとフーミンが細い腕を元気よく上げた。脇毛を反対の手で隠している。
「はいっ!」
『何かね、フーミンくん?』
モミモミと手揉みをしながら、嫌らしい笑顔でフーミンが近付いてきた。瞳が三日月型に歪んでいる。
「交渉事ならば、本職の商人であるニャアに任せてくれませんかニャ!?」
『えっ、お前にか?』
フーミンは猫なで声で言う。
「手数料を頂ければ、ニャアが代理交渉を頑張りますだニャ〜!」
どうやら一口噛みたいようである。
『手数料って、いくらだよ?』
「売り上げの二割ほど欲しいですニャ!」
『んん〜……』
わざとらしく俺は、渋そうに顔を歪める。
『それは高くないか。一割でも高すぎるだろう。そうだな、売り上げの0.5%でどうだい。それなら任せるぞ?』
「はいニャ。それでやりますニャ!」
即決まりである。
まあ、こいつからは出費する物がないのだ。その額でも十分なのだろう。
俺は酒瓶をシャドーポケットに仕舞い込む。
『なあ、フーミン。いつドワーフの村に旅立つんだ?』
「明日の早朝ですかニャ。今晩はいつも通りに、村の家畜小屋へ泊めてもらうニャ」
『家畜小屋……。そんなところに泊まっているのか……?』
「屋根があって、雨風が凌げれば十分ですからニャ。旅商人の暮らしなんて、そんなものニャ〜」
獣人兄妹がボディービルディングのポーズを決めていた。野生をアピールしている。
これだけ野性味に溢れていれば、野宿でも平気なのだろう。
『獣人って、逞しいな』
「旅商人なんて、皆がそんな感じですニャ〜」
フーミンの隣で、サイドストレッチポーズのマサムが頷いていた。シベリアンハスキー似の狼男が逞しく見える。
俺はマーリアに問う。
『なあ、マーリア』
「なんでありましょう?」
『お前の屋敷に空き部屋はないのか?』
「あ、ありますが……」
答えるマーリアは、少し嫌そうな顔をしていた。この先の展開を悟っているようだった。
『なんだったら、その空き部屋を彼らに貸してやってくれないか』
「ええ……」
マーリアが露骨に嫌そうな顔をした。何故だろう。
するとフーミンが慌てて断ってきた。両手をバタバタさせながら、必死に拒否する。
「いやいや、滅相もないニャ。われわれ獣人がダークエルフ様の屋敷に泊めていただけるなんて、それだけでも恐れ多いですニャ!」
慌てるフーミンの様子を見て、俺は首を傾げた。何故、これほどまでに慌てているのか分からない。
すると状況を察したハートが、俺に小声で耳打ちしてきた。
「シャドー様、野暮はいけません……」
『野暮?』
禿頭が詳しく教えてくれる。
「マーリアはダークエルフの中でも、人間に例えるなら貴族にも位置する家系です。その高貴な屋敷に獣人ごときを泊めるなんて、失礼にもほどがありますぞ」
『失礼にあたるのか?』
「はい……」
俺がもう一度、獣人二人を見てみると、兄妹は苦笑いを浮かべていた。どこかバツが悪そうである。
『なるほどな。いろいろとあるのね……』
獣人差別だろうか。それとも身分階級差別だろうか。もしかしたらダークエルフは、他種族すべてを差別しているのだろうか。
だとすると、ヒオラス家が俺を屋敷に泊めたのは、異例中の異例だったのだろう。
やはり俺は、神扱いされていたのかも知れない。改めて自覚する。魔人って凄いんだ。




