46【日本酒】
獣人商人兄妹たちとの挨拶を終えると、獣人二人は鍛冶屋の元に向かうと言って、村の奥へと進んで行った。
二人の尻尾が足並みに揃えて揺れていた。
暇だったので、俺たちも獣人兄妹の後ろに続く。
すると隣に並んで歩くマーリアが、俺の片腕に抱き着いてきた。恋人のように腕を組みたいようだ。
俺は何も抵抗せずに、マーリアの好きにしてやる。おっぱいが肘に当たって気持ちがよい。
『鍛冶屋に何の用なんだ?』
平坦な口振りで俺がフーミンに問いかけると、彼女は気楽な口調で答えた。
「商売の話だニャ」
『商売?』
「まあ、お使いだニャ〜」
『お使い?』
俺は首を傾げた。意味が分からない。それでも深くは訊かなかった。
やがて、村の隅にある鍛冶屋に到着した。煉瓦造りの鍛冶工房では、一人の禿頭がハンマーを振って働いていた。金床で鉄を叩く音と共に、煙突からは、モクモクと鉄臭い煙が上がっている。
ダークエルフなのに禿頭とは珍しい。体格もダークエルフにしては逞しい。なかなか太い腕をしている。胸板も凛々しく厚い。褐色の肌に長耳でなければダークエルフには見えないだろう。
その禿頭のダークエルフには見覚えがあった。
『あれ、あいつは――』
第二の試練の際に、大木巨人に取り込まれていた禿頭である。あいつが双眼から赤いレーザービームを放っていたのだ。厄介な禿頭だと記憶している。
そのダークエルフが、今も双眸からレーザービームを放って金床の鉄を温めていた。そして、熱しられた鉄をハンマーで叩いているのだ。
ああやって鍛冶屋仕事に励んでいる様子である。なんともファンタジーな鍛冶屋であった。
俺が知っている鍛冶屋の仕事振りとは異なっている。
そして、俺のほうから禿頭のダークエルフに話し掛けた。
『確か、お前は――』
「んん?」
禿頭のダークエルフも俺たちに気付いた。火鉢の前で焼けた金属を叩いていた手を休める。
「ああ、これはシャドー様。先日は大変ご迷惑をお掛けしました……」
禿頭は申し訳なさそうにツルツルの頭を下げた。首から下げたタオルで汗を拭きながらもバツが悪そうに苦笑している。
『お前、鍛冶屋だったのか』
「はい。鍛冶屋をやらせてもらっています」
鍛冶屋は先日のこともあってか、なんだか腰が引けている。そこまで卑屈にならなくてもいいのにさ。
鍛冶屋が苦笑いながら問う。
「シャドー様、それで、本日は何用で?」
『いや、俺が用事で来たわけではないんだよ』
「はぁ?」
そう言いながら、俺は獣人兄妹を親指で指差した。
『用があるのは、こいつらだ』
「どうもニャ〜。久々ですニャ〜、ハートさん〜」
フーミンが笑顔で挨拶を掛ける。なんか馴れ馴れしい。
このフーミンたる猫型獣人は、旅商人だけあって愛想は良さそうだ。
しかし、義兄である狼男は無愛想だった。ほとんど口も効かない。
「なんだ、お前らか――」
「どうもニャ〜」
どうやら鍛冶屋と獣人兄妹は顔見知りのようである。
「それで〜、注文の品物は出来てるかニャ〜?」
「ああ、出来てるぞ。ちょっと待ってろ、今持ってくる」
そう言うと、禿頭は席を外して工房の奥へと入っていった。
そして、しばらくすると、一本の斧を担いで出てくる。重々しい重厚な戦斧だった。
漆黒の鉄色斧は、バトルアックスのサイズ。血気盛んなパワー系ファイターに似合いそうな武器である。俺には少し大きすぎるサイズ感だ。
『あれは――』
間違いない。
あの斧は、大木巨人が持っていたバトルアックスだろう。見覚えがある。
しかし、昨晩見た時よりも刃が研ぎ澄まされていた。一晩で磨き上げたのだろうか。
「ほれ、これを持っていってやれ」
「ニャ」
そう言いながら、禿頭は猫娘に戦斧を手渡した。
戦斧を受け取った瞬間、猫娘は斧の重さに耐えきれず、落としそうになる。
「あわあわあわ〜、重いニャ〜」
それを見ていた狼男が、すぐさま手を貸す。義妹の代わりに戦斧を持ち上げた。やはり細身の猫娘には重すぎるのだろう。
戦斧を片手で持っている狼男が鍛冶屋に言った。
「こ、これを、ドワーフンヴィレッジのモスに届ければいいんだな……」
「そうだ。それの代わりに、酒場のスミスから酒樽を一つ貰ってきてくれ」
「わ、分かった……」
『んん――』
どうやら戦斧と酒樽を物々交換するようだ。その仲介人に、鍛冶屋は獣人兄妹を使うらしい。
パシリである。
俺は湧いたばかりの疑問を鍛冶屋に問いかけた。
『鍛冶屋は、何故に自分で品物を届けに行かないのだ?』
鍛冶屋は素直に答えてくれた。
「俺にはアイテムボックスが無いですからな。途中で野盗などに襲われたら面倒くさいんでね。それに酒樽を運ぶのも大変だ。だからアイテムボックス持ちに任せるのですよ」
『アイテムボックス?』
なんか、よく意味が分からない。何故にアイテムボックスと野盗が関係してくるのだろうか。これだけ筋肉隆々ならば、戦斧ぐらい一人で運べるだろう。他人を使う必要が無いと思えた。
俺が不思議そうに首を傾げていると、その状況を察してくれたマーリアが理由を教えてくれる。
「シャドー様、物の運搬にはアイテムボックスが便利なのはご存知ですよね」
『ああ、俺も使い方が若干違うが、同じようなシャドーポケットを持っているからな』
俺はシャドーポケットが有る地面を足先でトントンとした。
アイテムボックスとシャドーポケットの違いは単純である。
アイテムボックスは何処からでもボックス内に手を突っ込めるが、シャドーポケットは平面にしか出入り口を作れない。だから地面を利用することが多い。
それだけの違いである。
それと、両方とも持ち主のレベルによって収納スペースが異なるのも一緒である。アイテムボックスやシャドーポケットを持っているからといって、いくらでも無限にアイテムをしまい込める訳ではない。俺のシャドーポケットは、100×100×100のスペースしか収納できない。
フーミンはマサ厶の手を借りながら、自分のアイテムボックスに戦斧を仕舞い込んだ。
彼女のアイテムボックスが、どれだけの広さなのか気にはなったが訊かなかった。そこまで踏み込むことでもないだろう。
「ふぅ〜、重かったニャ〜……」
俺はマーリアに訊く。
『それで、なんで盗賊とアイテムボックスが関係してくるんだ?』
真相を問うた。
「それはですね、アイテムボックスってのは、持ち主しかボックスのアイテムを出し入れできないからです」
『だから、それが何の関係があるんだ?』
「盗賊が商人を襲っても、簡単にはアイテムを強奪できないからですよ」
『んん〜。それは、他人がアイテムボックスから品物を勝手に出せないからなのか?』
「そうです」
『そんなもん、商人を脅してアイテムを吐き出させればいいじゃあないか?』
合理的な方法だ。脅せばすべてに結着がつく。
「それが、駄目なんですよ」
『何故に?』
俺は首を傾げる。
「商人がアイテムボックスからアイテムを出した途端に、殺されるから、商人は意地でも出さないのですよ」
『アイテムを出さなくても殺される。出しても殺されるってことか?』
「そういうことです」
今度はフーミンが言った。
「だからニャアたち商人は、盗賊に出逢ったら、死んでも商品を出さないのですニャ〜。殺されたうえに、商品まで奪われたら泣きっ面に蜂ですニャ〜。だから、できるだけ盗賊に嫌がらせをしてるのニャ〜。それが旅商人の固い決意なのニャ〜!」
マーリアが述べる。
「それが、このグランドロス大陸の常識です。商人は、死んでも殺されても商品は奪われない。それが鉄則だとか」
鼻息をフーと吐いたフーミンが、俎板な胸を張りながら、誇りありげに言う。
「死んでも殺されても、商人は品物を渡さない。それが絶対のポリシーですニャ!」
ドンッと平たい胸を叩いた。
『なるほどね。なんとも誇り高きプライドだこと……』
まあ、それが徹底されているのならば、盗賊としては厄介な話だろう。
「だからニャアは、安い二束三文の商品は背負い箱で運搬して、高価な品物はアイテムボックスで運搬しているニャ〜」
『じゃあ、さっきの戦斧は高価な品物なのか?』
禿頭が答える。
「あの戦斧はマジックアイテムです。硬度強化の魔法が掛かっています。その魔法を施すのに一ヶ月は掛かりますからな」
『硬いのか?』
「かなり硬いです」
『カチンコチンなのか?』
「カチンコチンですな!」
『ドワーフってのは、硬い斧が好きなのか?』
「いえ、そういう訳ではありません」
『どういうこと?』
「ドワーフという種族は、我々ダークエルフと違って、魔法を掛けるのが苦手な種族なのです。だからマジックアイテムなどを作れないのですよ。しかも、エンチャントウエポンの魔法すら使えない」
マーリアが口を挟む。
「モンスターの中には、マジックアイテムでないと死なないモンスターなどもたくさんいます。アンデッドとかですね。故に彼らドワーフは、我々にマジックアイテムの製造を依頼してくるのです」
『なるほどね。それを禿頭は酒樽と交換しているのか』
「ハートと申し上げます……」
禿頭が名前を名乗った後、深々と頭を下げた。
マーリアが言う。
「代わりに我々はドワーフ産の果汁酒や鉄鋼製品を物々交換しているのです。彼らは酒造りに長けていますからね」
ハートが筋肉質な胸を張って言う。
「そして、私はダーク村一番の酒好きなのですよ!」
『そ、そうなんだ……』
そんなことを自信満々に言われても反応に困ってしまう。禿には興味がないからだ。
『あっ……』
俺はふと思い出す。そして、異次元扉を出した。
『皆、ちょっと待っててもらえるか』
「「「はい?」」」
俺は異次元扉から実家に帰る。そして、台所に置いてあった酒瓶を手に取った。お正月に親戚の叔父さんに貰った一升瓶の酒である。
あまり日本酒を飲まないから放置してあったのだ。
俺はビール派である。悪魔的にキンキンと冷えたビールが大好きなのだ。
それから俺は、一升瓶を持って異世界に戻った。
『ただいま〜』
「お帰りなさいませ。シャドー様、それは?」
俺は一升瓶を掲げながら皆に言った。
『俺の国で造られた、酒だ』
「酒――」
皆の注目が一升瓶に集まっていた。
『なあ、鍛冶屋』
「ハートです」
『すまんが、人数分の器を用意してくれないか。皆でこれを飲もう』
「えっ、はい。今持ってきます!」
ハートは駆け足で工房の奥へと飛んで行った。そして、人数分の木製マグカップを持ってくると、地べたに並べる。そこに皆で輪を作りながら座り込む。
『これは新潟産の越乃寒松だぞ。高級な酒だ』
「おお〜!!」
俺は一升瓶の封を切ると、各々のカップに酒を注いで回った。周囲に日本酒の良い香りが広がる。
木製のマグカップを覗き込みながら、ハートが述べた。
「み、水のように、透明ですな……」
『当然だ。日本酒だからな』
全員が酒の入ったマグカップを見つめていた。その眼差しは、何か不思議な物でも見ているかのようである。
ハートが訊いてくる。
「日本酒とは、なんですか……?」
『何かって?』
俺は少し考え込んだ。そして、知っている限りの情報を並べる。
『俺の国で造られているポピュラーな酒だ。材料に米を使っている』
「コメ?」
『マーリアは知っているよな。カレーと一緒に食べた、白いつぶつぶだ。あれから日本酒は造られているんだ』
マーリアが驚きながら言う。
「あのような白い穀物から、このような透き通った酒ができるのですか?」
『作り方は俺も知らんが、なんやかんやで作れるらしい。まあ、とにかく飲んでくれ』
「「「「はい!」」」」
全員が声を揃えた。そして、一番手にハートが日本酒を煽る。ゴクリゴクリと喉を鳴らした。
「う、美味い!!」
ハートは目を限界まで見開き、驚いて見せる。
禿頭がより一層光った。
「こんなに美味しい酒は、初めて飲みましたぞ。これは至高の酒ですな!」
『オーバーだな〜。おだてても何も出んぞ』
「いえ、おだてではありません!」
そして、立ち上がったハートが再び工房の奥へ飛んで行った。今度は徳利を持ってくる。
その徳利の中身をマグカップに注いだ。
「これが、普段我々が飲んでいるドワーフ産の果汁酒です」
『んん〜……』
俺はマグカップの中を覗き込んで困惑した。ドワーフ産の果汁酒とやらは、ドブの水のように濁っていたからだ。とても飲み物には見えない。
『こ、これが酒なのか……』
臭いは確かに酒である。だが、色が悪い。泥水のように濁っている。
『なるほどね。日本酒を見て驚くわけだ……』
そこで俺は閃く。
ならば、ドワーフたちにも日本酒が売れるんじゃねぇの?
もしかしたら、一攫千金のチャンスかも知れない。
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by、ヒィッツカラルド。




