45【猫娘と狼男】
時間帯は昼前である。ダーク村の正面ゲート前。獣人の旅商人二人が訪れて村人たちと物々交換に励んでいた。
ダーク村の住人は通貨という概念が乏しいと聞いていたが、物々交換は行うようだ。
数人の村人たちが、旅商人と楽しげに物々交換を行っている。
ワイワイと話し声が弾んでいた。こうやって、生活に必要な物を揃えているのだろう。
それよりも、村に訪れた旅商人は普通の人間ではなく獣人だった。しかも、男と女の二人組である。
身体は人間なのに、頭だけが猫と狼なのである。二人とも尻尾も生えていた。
主に物々交換に励んでいるのは女性の猫娘のほうだった。男性の狼男は荷物持ちと護衛が主の役割なのか、村人たちとは会話すらしていない。村の白壁に寄りかかりながらクールを気取っていやがる。
陽気な猫娘の獣人は二十歳ぐらいの若い女性で、茶髪のボブヘアーの頭に猫耳を生やしている。それに顔付きも猫に似ていた。
革のスポーツブラで肩出し臍出し谷間出しのダークエルフ顔負けな露出度である。下もレザーのタイトスカートで、太腿をあらわにしていた。靱やかな尻尾は虎柄である。
腰にダガーを携帯している以外は軽装であった。戦闘向きな服装ではない。
片や陰気な狼男も二十歳ぐらいの長毛種。長い灰色長髪は腰まで届いていた。それに身長も高いし筋骨も隆々であった。
装備は厳重。上半身のみのプレートメイルに鉄の肘当て、膝当て、腰当てを装着している。腰には装飾の少ないロングソードを帯剣していた。明らかに戦士のなりである。旅商人の姿ではない。
だが、狼男は猫娘の奮闘を見ていない。その鋭い視線は、少し離れたところから見ている俺に向けられていた。俺を警戒しているのだ。
しばらく俺たちも猫娘の商売を見守っていた。その間も狼男は俺を睨みつけている。
なんかヤンキーに遠くからガンを飛ばされているような気分である。や〜な感じ〜。
俺はマーリアに問うた。
『なあ、あの狼男は何者だ?』
マーリアはサラリと答える。
「彼はフーミンの兄のマサ厶です」
『兄妹で旅商人をやっているのか?』
「はい。そう聞いています」
一つの疑問――。
『なあ、獣人って、兄妹でも猫とか犬とか混ざって生まれてくるのか?』
あの二人が兄妹ならば、犬とか猫ではおかしな話である。普通は犬から猫は生まれないだろう。その逆も然りである。
「あまり詳しくは知りませんが、あの二人は血が繋がっていないらしいです。どちらも孤児院出身とか」
『なるほど。育ての親が同じなのか』
やがて物々交換が落ち着き始めた。最初は旅商人に群がっていた村人たちも数を減らす。みんな欲しいものを交換できたようだ。
そして、村人たちが去っていくと、猫娘は床に広げていた商品を背負い木箱に片付け始めた。もう店仕舞いのようである。
商品を仕舞い込んだ木箱を背負った猫娘が無垢な笑顔でこちらに近付いてきた。後ろに真面目顔の狼男も続いている。
笑顔の猫娘が両手を広げながら話しかけてくる。
「やあやあ〜、貴方様がダークエルフたちの新しい主となられた、シャドー様ですニャ〜」
『ほほう、村に来たばかりなのに、もう俺を知っているのか』
「先程、村人たちに話を少し聞きましたニャ〜」
『なるほど』
卒がない娘である。物々交換をしながら、情報収集までやっていたようだ。
猫娘が礼儀正しくお辞儀をしながら自己紹介を始める。
「ニャアの名前は旅商人のフーミンですニャ。今後とも宜しくお願いしますニャ〜」
キャラ付けのつもりだろうか、ところどころに「ニャ〜」と入れる、五月蠅い喋り方の猫娘である。まあ、チャームポイントとして許してやろう。
続いて、猫娘の後ろに立つ狼男が頭を軽く下げた。それを見たフーミンが、代わりに兄の自己紹介をする。
「後ろのは兄のマサムですニャ。ニャアのボディガードとして、一緒に旅をしていますニャ」
妹に紹介されている間も、狼男は俺を睨みつけていた。なんか緊張感が凄い。
俺は握手を求めるために右手を差し出した。それを見て、マサムも右手を差し出す。
そして、俺たちは握手を交わした。強い力で握り合う。
『宜しくな』
「――……」
無言のまま握手を交わすマサムは、握った俺の右手を凝視していた。
それにしても、分厚い手である。握った感触だけで、手の平に出来た剣ダコが分かるぐらいに硬い。相当、剣の稽古に励んでいるのだろう。
そのようなことを俺が考えていると、握手を交わしたまま、マサムがボソリと狼口を開いた。
「硬いですな……。相当、稽古を積んでいらっしゃるようだ……」
『あんたもだろ』
そう俺が返した途端である。
「ふぅ!」
『っ!』
握手している手に強い力が籠る。マサムが強く握り締めてきたのだ。
まるで万力を想像させるほどの握力だった。マサムの太い腕にも血管が浮き上がっていた。
ならばと、咄嗟に俺は体を捌いた。体勢を斜めに動かし、握手している手首を外側に捻って、相手のバランスを崩す。
「うっ!!」
途端である。マサムの体が宙を舞う。
握手した手を軸に回転するマサムは、足が天を向き、頭が地に向いていた。長い髪が地面に付きそうだった。大股を開いて、風車のように大回転したのだ。
「がはっ!」
宙を舞ったマサムが背中から地面に落ちる。着ていたプレートメイルが激しい金属音を鳴らした。
「な、なんだ!」
痛みを堪えたマサムが瞬時に立ち上がる。その顔は驚愕に歪んでいた。何が起きたか理解しきれていない。
今の技は、合気道の小手返しである。
合気道ではお馴染みの技だが、実戦で決めるのは高難易度な技であった。事実俺も、試合や喧嘩などでは、二度しか決めたことがない。今回ので三度目だ。
「ぐるる……」
鼻の頭に深い皺を寄せるマサムが、野生のように牙を剥いていた。おっかない顔である。
「い、今の術は、なんだ……?」
『俺の国に伝わる武術だ』
「あ、あれが武術……。か、顔に穴が開いているだけでなく、怪しげな術まで使うのか……」
『面白いだろう』
「お、恐れ入った……」
まだ顔色は怖いが、マサムからは闘気や殺気の類は消えていた。戦闘態勢を解いている。もう、野良犬のように噛みついては来ないだろう。




