44【コカトリスの味】
「コォ〜、コォォ、コケコッコオォ〜〜!!」
『なに、あのヘンテコな鶏は……?』
村の片隅を眺める俺の隣に立つマーリアが笑顔で答えた。
「あれはコカトリスですね」
コカトリス――。
それは異世界の食卓において、貴重な卵の供給源となっている家畜系のモンスターである。
鶏の頭を持つ胴体に、蛇の頭をした尻尾。そして、ドラゴンのような翼を持つ、中世ヨーロッパの伝説上のモンスター。それがコカトリスである。
バジリスクと混同されることも多いが、一般的な伝承やファンタジー作品において広く知られている魔物である。
その嘴には石化の呪いが掛かっているとされ、それがバジリスクと混同される理由なのだろう。バジリスクは、瞳に石化の魔力があるモンスターだ。
一方、コカトリスの嘴に突かれた者は、全身が石化して固まってしまう――と言われていた。
そんな恐ろしい伝説がコカトリスにはある。
しかし、この七つの月が輝く異世界では、コカトリスとは貴重な卵を産む家畜であった。
体長は、普通の鶏より少しばかり大きい程度。だが、鶏の頭とは別に、尻尾には蛇の頭が付いている。
現地の賢者たちの中には、「実は蛇の頭のほうが本体なのではないか」と唱える者もいるらしい。もっとも、その真相は定かではない。
この異世界には普通の鶏も存在している。
しかし、コカトリスは鶏よりも野性味が強く、産み落とす卵も栄養価が高いとされている。そのため、田舎ではコカトリスを好んで飼育している農家も多いのだ。
問題なのは、やはり嘴の石化能力である。
コカトリスに嘴で突かれた植物以外の生物は、石化してしまう。
ただし、完全に石になってしまうわけではない。
突かれた部分の皮膚が石のように硬くなるだけで、全身が完全麻痺して動けなくなるようなものではない。一部分が僅かに石化するだけなのだ。
しかも、その石化には時間制限がある。
だいたい十二時間ほどで元に戻るため、命に関わるほどのものでもないのだ。
そして、ダーク村では鶏ではなく、コカトリスを多く飼っている。
しかも、放し飼いである。
だから、村のあちらこちらで闊歩するコカトリスの姿を見かける。元気良く駆け回っているのだ。
たぶん三十匹以上は飼っているだろう。
しかも、彼らは卵を産む数が多い。一日に一匹あたり三個ぐらい産む。普通の鶏が一日に一個程度しか卵を産まないことを考えれば、かなり多いほうだろう。
しかしながら、コカトリスの飼育にも欠点がある。
それは、彼らの食欲だ。
コカトリスは、とにかくよく食べる。そのため、少々餌のコストパフォーマンスが悪い。
しかも、鶏の頭と蛇の頭では、食べるものが違う。鶏は雑食。蛇は肉食。この蛇頭が厄介なのである。
鶏頭は、その辺に放しておけば雑草や虫などを勝手に突いて食べてくれる。
だが、蛇頭はそうはいかない。
彼らのために、専用の肉を与えなければならないのだ。
一般的には、その多くが鼠なのだが、鼠もそう簡単には捕れない。うじゃうじゃと居るものでもない。
何よりダークエルフは清潔な種族だ。村に鼠が居るなんて許さないのである。
そのため、森に罠を仕掛けて小動物を狩る。それをコカトリスに与えている。
鼠、リス、小型の蛇や蜥蜴などが、コカトリスの餌になる。
その他にコカトリスはイービルアイと呼ばれる小型のモンスターも食べる。その小型モンスターを蛇頭は好むのだ。
イービルアイとは眼球に蝙蝠の翼を生やした魔物である。何処からとも無く湧いて出る小型の魔物だ。
イービルアイは戦闘力も皆無でかなり弱い。人間にも害は無い。しかも簡単に捕まえられる鈍臭い魔物なのだ。
けれども、不味い……。食べるに値しない。だからほとんど無視される。
だからコカトリスの餌として重宝されているのだ。しかも、コカトリスの蛇頭は好んでイービルアイを食べてくれる。
しかも、ダーク村の周辺には、多くのイービルアイが湧く地域が存在する。だからイービルアイの確保には困らないのだ。
つまりコカトリスとは、小動物と卵を交換してくれる生きた物々交換機のようなものなのである。
そんなコカトリスが、俺の目の前を駆けていった。ダーク村の路地を、自由気ままに走り回っている。
コケコケと鳴く鶏頭に続いて、尻尾の蛇頭がシャーシャーと威嚇するような声を上げていた。なんとも奇妙な光景だった。
俺は思わず足を止め、その姿を眺めながら考え込んだ。
そして、ぽつりと呟く。
『あれ、美味いのかな――』
鶏っぽいから旨そうだ。
すると、横に並んで歩いていたマーリアが教えてくれた。
「コカトリスは美味しいですよ。胴体はスープに、蛇頭は串焼きにすると大変美味しゅうございます」
『二通りの食べ方ができるのか。一つで二度美味しいのね』
なんか、お得な獣だな――。
「シャドー様は、コカトリスを召し上がったことがないのですか?」
『ああ。俺の国にはいない動物だからな』
「いえ、あれは魔物です」
『どっちでもいいわ』
そう答えながら、俺は再び走り去っていくコカトリスを見つめる。
卵を産んでくれる家畜。しかも、食べても美味い。卵も多く取れる。なんだか急に、コカトリスが魅力的な生き物に見えてきた。
『俺ならやっぱり唐揚げかな。でも、蛇を食べたことがないから、蛇の部分はどうやって食べたら良いのか分からんな……』
「それでは、今日の昼食はコカトリスにいたしましょう。これから一匹コキッと絞めてきますよ」
『う、うん……』
なんか、コキッとてのが怖い……。
そんな感じで俺が少し引いていると、子供の一人が俺の横をはしゃぎながら駆けていく。
「みんな〜、小物売りが来てくれたぞ〜」
なんだろう、小物売りって?
俺がキョトンとしていると、楽しそうにマーリアが俺の手を引く。
「シャドー様、私たちも見に参りましょう」
『ああ、うん……』
俺たちは村の正門に向かった。
そこには小さな人だかりができていた。村人たちが誰かを囲むように集まっている。
『あれは、誰だ?』
そこに居たのは、猫耳を生やした女性と、無骨な狼頭の男だった。
女性はダークエルフたちに囲まれながら座り込み、木箱を漁りながら村人たちと何かを交換しているようだった。
「この後、ドワーフンヴィレッジに向かう予定だから、ホモスキ草とマリリンの木の実は多く引き取るニャ〜」
「じゃあ、ホモスキ草が小袋いっぱいにあるから、何か甘い物と交換してくれないか?」
「あいニャ〜。それじゃあ、林檎の果汁飴があるから、いくつか要らないかニャ〜?」
「なら、飴はいくつ貰える?」
「んん〜っと、十個だニャ〜。これでどうだニャ〜?」
「よし、決まりだな!」
「まいどあり〜んニャ〜♡」
すると村人が乾燥したホモスキ草の詰まった革袋を手渡すと、獣人の女性は木箱から取り出した小袋を村人に手渡した。それに林檎味の飴が入っているのだろう。
『あれは、物々交換をしているのか?』
「そうです。彼女は旅商人のフーミンさん。獣人よ」
どうやら物々交換を行っているようだ。
それにしても、この異世界には獣人まで居るようだ。人だかりの外で見ている狼頭も獣人なのだろう。
なんだか凛々しくって格好良い。ハスキー顔が堪らない。
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by、ヒィッツカラルド。




