43【金塊の献上】
異世界での朝食が終わった後、俺は現実世界の我が家へ帰ってきていた。着替えをするためだった。それに風呂にも入りたい。
「よし、風呂が沸いたぞ。早速、入浴だ〜」
異世界のダーク村では、風呂というと盥にお湯を張って身体をタオルで拭く程度にしか入れない。それか、村前の川で水浴びである。
綺麗好きな日本人には物足りない入浴なのだ。
かぽ〜〜〜ん。
「やっぱり日本人は、湯に浸からんとな〜。極楽極楽〜。そろそろ上がるかぁ〜」
俺が風呂からバスタオルだけを腰に巻いて出てくると、台所には従妹の遥香が立っていた。どうやら、俺の食事を作りに来てくれたらしい。
俺は短めのタオルで体をパン!パン!パン!っとしばきながら部屋の中を徘徊していると、遥香は見向きもしないで無視を決め込んでいた。
まあ、全裸のおっさんが、風呂上がりに背中や股間をパンパンやっている姿なんて見たくもないのだろう。シカトしている。
でも、ちょっと淋しい。少しぐらい見てくれても良いのにさ。無視はあんまりである。
「むきぃ〜〜〜」
俺は遥香の背後でサイドストレッチポーズを取ってみせた。密かに筋肉アピールをする。
それでも無視された。
「寂し……」
早々に着替えを済ませた俺は、髪の毛を丁寧にタオルで拭きながらコタツに入る。まだ外は雪の積もる冬なのだ、裸ではキャンタマが縮こまりそうなぐらい寒いのである。
「ふぅ〜」
遥香は台所で大鍋に湯を沸かしながら、ジャガイモの皮を剥いていた。それを隣の部屋で、暖かいコタツに入りながら俺は眺めていた。
Gパンを膨らませるお尻が色っぽい。
たぶん遥香は、シチューを作ってくれているのだろう。
台所のテーブルには、バウスの北海道楽シチューの箱が置いてあったから間違いないと思う。
流しの前に立ち、こちらにもふもふセーターとGパン姿のお尻を向けていた遥香が、振り向くことなく俺に声を掛けてくる。
「泰三ちゃん、カレーは全部食べたんだね〜。美味しかった〜?」
俺はコタツの中で手を合わせ、拝むように答える。
「大変、美味しゅうございました」
間違っても、不味かったなんて言えない。事実、美味しかったのだから。
まあ、ほとんどヒオラス家の面々が食べたのだけれどね。俺は一皿しか食べていない。
俺はコタツに入りながら、遥香の形の良いお尻を眺めつつ口を開く。
「もう、飯を作りに来なくてもいいんだぞ、遥香。ぎっくり腰は治ったからさ」
「本当に治ったの? まだ三日しか経ってないんだよ」
そうである。俺が異世界に旅立ってから三日しか経っていないのだ。
チラリと彼女が振り向いた。
「平気だ。日頃から身体は鍛えていたから、治りも早かったんだろうさ」
適当な嘘である。本当は超再生スキルで完治したのだ。ウロボロスの書物様々だった。
それでも俺は、ぱんぱんっと腰を叩いて見せる。体の絶好調をアピールした。
それを見て遥香が前を向き直す。
「まあ、これだけは作っていくわ。材料が勿体ないからさ」
「それなら、ありがたく頂くよ」
シチューもヒオラス家の面々に振る舞おうかな。どうせ、一人で食べるには多すぎる量を作っていくのだろうから。
遥香はスリムな体型なのに、大飯食らいだ。俺よりもよく食べる。
その感覚で俺にも食事を勧めてくるから、少し恐ろしいのだ。
彼女が高校生の頃、お好み焼きを一人で十枚も食べているのを見たときには、大変驚いたものである。叔父さんも叔母さんも、ただ苦笑いを浮かべているばかりだった。
自分の娘が化け物のようにご飯を食べているのが恥ずかしかったのだと思う。
かつての遥香は、大食い高校生だったのだ。
たぶん食べたものは、あの豊かに育った二つの胸に吸収されているのだと予想できた。そうでなければ理にかなわない。
「よ〜し、下準備は終わりかな〜」
それからしばらくして、遥香は皮を剥いて切り刻んだ野菜を鍋に入れ、煮込み始めた。
そして、野菜が煮えてくると、シチューの固形ルーを鍋の中へジャンピングアタックで放り込んでいく。
何故にジャンピングから固形ルーを放り込んでいるのかは不明だった。
もしかしたら遥香も、すっごくストレスが溜まっているのかも知れない。
中学講師も大変なのだろう……。
「じゃあ、泰三ちゃん。私は帰るわね。もうしばらくしたら、鍋の火を消してちょうだい」
「もうしばらくって、どのぐらいだよ?」
「十分ぐらいでいいわよ。そしたら食べられるから、早く食べてね。火を止めるのを忘れると、焦げるんだから忘れないでね。火事だけは駄目よぉ」
まったく持って小五月蠅い……。
「はいはい……」
「じゃあねぇ〜」
遥香は腰に締めていたエプロンを台所のテーブルへ投げると、足早に家を出ていった。相変わらず忙しない娘である。
しばらくして、俺は鍋の火を消した。俺一人しかいない家には、静けさだけが流れている。
「さてさて――」
台所から茶の間に戻った俺は、コタツに入るとシャドーポケットからウロボロスの書物を取り出した。それに続いて、革袋も取り出す。
革袋には、ラーオから貰った硬貨が十枚ほど入っている。
古めかしい硬貨は、くすんだ金色に輝いていた。これが一枚で八万円ぐらいするのだから驚きである。
俺は本の魂に問いかける。
「なあ、ナビー。金塊を30グラム献上すれば、今月分の目標は達成なんだよな?」
ウロボロスの書物が備えた人工知能が、テレパシーで答えた。
【はい、そうでございます。ウロボロスの書物を開いてもらえますか?】
少しエロい声色でナビーが言う。俺は指示通りにウロボロスの書物を開いた。
「どのページを見たらいいんだ?」
【最初のページでございます】
「んん〜っと、これか?」
そのページには、【27日/30グラム】と書かれていた。前回見たときは【30日/30グラム】だったと覚えている。三日分、時間と共にカウントが減ったようだ。
「これは?」
【残りのタイムリミットと、あと必要な金塊量が表示されています】
「なるほど。俺が契約してから三日が過ぎて、まだ金塊を微塵も献上していないから、今の数値なわけだな」
【そういうことになります。試しに金塊を一枚、献上してみてください】
「献上って、どうやるんだ?」
根本的な疑問だった。
【ウロボロスの書物に、金塊を落としてくださいませ。自然と金塊が吸い込まれます】
「ああ、分かった――」
俺は硬貨を一枚摘まみ上げると、ウロボロスの書物の上に落とした。初献上を試みる。
すると、硬貨は音もなくウロボロスの書物の中へと消えていく。
「消えた……」
【ページの数値を確認してください】
「んん――」
俺がページの数値を確認すると、【27日/30グラム】と書かれていたはずの表示が、【27日/26.5グラム】に変更されていた。
3.5グラム分ほど減っている。
「なるほど……。この硬貨一枚には、金が3.5グラム入っているってことか」
【そうなります】
俺は革袋の中を覗き込んだ。あと九枚ほど金塊がある。単純計算で、あと八枚も入れれば目標の三十グラムは達成だ。一枚だけ硬貨が残る。
「まあ、とりあえず、残り八枚を献上しておくか……」
俺は続けざまに金貨を投入する。すると、見る見るうちにカウンターの数字が減っていった。最後には【27日/0グラム】と表示される。
硬貨九枚で合計31.5グラムになるはずだが、オーバーした1.5グラム分は表示されていない。
「なあ、ナビー。多く入れた1.5グラム分は、どうなるんだ?」
【目標献上分には加算されませんし、来月に繰り越されることもございません】
「って、ことは、オーバーした分は入れ損なのか……」
【今月分の給料には、金塊31.5グラム分で計算されますので、まったくの損でもございません】
「なるほどね。給料には反映されるのね」
【それと、経験値ポイントが四点ほど追加されております。何かしらのスキルをお取りになってください】
「えっ、四点も貰えるのか?」
【金塊を30グラム獲得したことで三点。試練に合格したことで一点を獲得しております】
「なるほど。金塊の献上額もポイント加算の対象になるのね」
【次のページをご覧くださいませ。現在習得済みのスキルと、今後習得可能なスキルの一覧がご覧になれます】
「ほうほう、どれどれ――」
俺は次のページをめくってみた。そこにはスキルの一覧が載っている。
☆現在習得済みスキル一覧☆
【痛覚軽減スキル】
【超再生スキル】
【身体能力向上スキル】
【飢え無効スキル】
【毒無効スキル】
【睡眠無効スキル】
【異次元扉スキル】
【深淵操作・シャドーポケット】
【深淵操作・透過能力Lv3】
【疑似不老不死スキル】
今後習得可能スキル一覧。
【跳躍スキル】
【魔力感知スキル】
【岸辺流剣道・抜刀術】
【レイピア流剣技・座禅式逆手居合抜き】
【レイピア流剣技・水鳥剣基礎】
【ダークエルフ流弓道・基礎】
【ダークエルフ流弓道・ロングショットアロー】
【風系攻撃魔法エアーランチャー】
【風系攻撃魔法エアーカッター】
【火系攻撃魔法レーザービームアイ】
【武器支援魔法エアーエンチャント】
【毒感知魔法ポイズン・ディテクション】
【光源魔法ウィル・オー・ウィスプ】
「うむ、いくつか魔法やスキルが追加されているな。どれも異世界で見たものばかりだ。攻撃魔法もあるぞ。それよりも優先すべきは――」
俺は経験値ポイントを二点費やし、【身体能力向上スキル】をレベル3まで上げた。これで身体能力の倍率が1.3倍まで上昇する。
さらに残った経験値ポイントを二点費やし、【魔力感知スキル】をレベル2まで習得した。
何故、身体能力向上スキルを伸ばしたのかといえば、やはり基礎的な身体能力を向上させることが大事だと思ったからだ。
何事も基礎が整っていなければ話にならない。透過能力だけで、これからの苦難を乗り越えていくのには無理がある。
それに、透過能力の弱点も判明した。
透過能力は、魔法攻撃を擦り抜けることができない。魔法を抜けられないのだ。たぶん、エアーエンチャントなどで強化された武器も同様だろう。
おそらく、透過能力は魔法に妨げられるのだと思う。
だからこそ、基礎的な身体能力が必要になってくる。
魔法攻撃を擦り抜けられない以上、魔法攻撃と通常攻撃の違いを見極めなければならない。
エアーエンチャントなどの魔法が掛かった武器を視覚だけで判別できなかった場合、不味いことになる。
それを見抜くためにも、魔力感知スキルが必要になってくるだろう。
たぶん、透過能力では魔法で作られた壁なども擦り抜けられないと思う。それを見極められるのは魔力感知スキルだけだ。
実際に擦り抜けようと試みてから「無理だった」では遅いのだ。それでは要らぬダメージを負ってしまう。
現在の魔力感知スキルはレベル2。レベル2では、二メートル以内の範囲しか魔力を感知できない。
これは、もっとレベルを上げる必要性があるだろう。
できることならば、十メートル程度は感知できるようにしたいものだ。
しかし、1レベルを上げて一メートルの加算である。これだと、先はまだまだ長いだろう。
まあ、気ままに取り組むしかないと思う。
幸い俺には時間がいくらでもある。こんな時ばかりは不老不死が役に立ってくる。
ウロボロスの権利者は、時間だけは無限なのだ。




