38【旧友の記憶】
大木巨人は粉砕された片足を再生中で、身動きが取れない。丁度良い足止めになっている。
ヒオラス邸の中庭中央。周囲では、ダークエルフたちが何かを叫んでいた。しかし、その声も俺には遠く聞こえていた。魂までは届かない。
そんな状況の中、俺は漆黒の長剣を掲げ、その刀身を眼前で見つめている。
すると、周りから色が失われていった。
何故か、長剣から目が離せない。
まるで、この漆黒の長剣が、窮地を共に乗り越えてきた旧友のように思えていたのだ。
真夜中の中庭で戦っていたことすら忘れさせる、深い【闇】。それは底無しの深淵のようだった。
その闇が、不思議なほど心地良く感じられる。俺の心を包んで来る。
すると、何処からともなく声が聞こえてきた。
その声は、深く心に届くテレパシーだった。
ナビーのようなエロい女性の声ではない。少し掠れた、渋みのあるおっさん男性の声だった。
『やあ、シャドーホールン。久々じゃのう』
『んん?』
誰だろう。また、あの魔人と勘違いされているようだ。そんなに俺は、あいつに似ているのだろうか。
とりあえず俺は否定した。
『違う。俺はシャドーホールンじゃない。別人だ』
『なぬ……。そんな馬鹿な話があるか。顔のド真ん中に穴が開いている人間が、他にいるわけがなかろう』
否定はしたが、信じてもらえない。このようなくだりにも慣れてきた。誤解を正す。
『でも、違うんだ。俺はシャドーホールンのそっくりさんでしかない』
『なぬぬっ?』
まあ、顔の真ん中に穴が開いている人間なんて、そうそう居ないのは確かだろう。こいつが間違えても仕方あるまい。
『だが、村の者たちも、お前をシャドーと呼んでいたではないか?』
『まあ、いろいろとあってな。今はシャドーと名乗っているが、シャドーホールン本人ではないのだ』
『そ、そうか……。それは残念じゃのぉ。久々に友と会えたと思ったのにのぉ』
テレパシーの主は完全に納得している様子ではない。少し俺を疑っている。だが、それが真実だ。
『それよりも、貴様のほうこそ誰なんだ?』
俺は漆黒の長剣を見つめながら問う。
『本当に、剣が喋っているのか?』
『申し遅れた。私は、シャドーホールンに【漆黒の長剣】と呼ばれていたロングソードである』
まんまである――。捻りも何も無い。
『シャドーホールンとは、どのようなご関係で?』
俺はお見合いの席での質問みたいに訊いてみた。
すると漆黒の長剣は、深々とした声色で回答する。
『友……。それが一番しっくりくる関係かのぉ』
『フレンドだったのね』
『ふれんど……? まあ、そういうことじゃ』
どうやら、剣との間にもフレンドという概念はあるらしい。物にも心があるようだ。
こいつ、もしかしたら付喪神じゃねえの。こんなに喋る剣なんて初めて見るぞ。たぶん百年ぐらい生きてるんだろうな。
『ところで、本物のシャドーホールンは、今何処に?』
俺は知っていることを正直に話した。
『俺も詳しくは知らんが、死んだと聞かされているぞ』
そうである。魔王大戦後に牢獄で死んでいる。
『なんと……。あやつは死んだか……』
漆黒の長剣は、少し落ち込んでいるようだった。声色がワントーン下がっている。
洋剣を翳しながら俺は、以前にラーオから聞いた話を返す。
『なんでも投獄されて、最後は自害だったと聞かされている。真相は遥か昔のことだから、定かではないけれどな』
『投獄……そして、自害……か』
漆黒の長剣から、僅かな沈黙が返ってくる。梅雨っぽい感情が伝わって来た。
長い年月を共に過ごした友の最期を聞かされたのだ。その声には、明らかに寂しさが滲んでいた。
『遥か昔と言うと、私は如何ほど眠っていたのか?』
『眠っていたのかって?』
質問形に俺は首を傾げた。
『どういうことだよ?』
『私の最後の記憶は、シャドーホールンと共に戦っていたところなのだが……それ以上は覚えておらぬ』
『じゃあ、その記憶は五百年も前の話だな』
『五百年……?』
たぶん、五百年間も眠っていたのだろう。だいぶ眠っていた感覚だろうさ。
『シャドーホールン本人が生きていたのは、そのぐらい昔だと聞いているぞ。戦争が終わったのも同じぐらいだと思うぞ。詳しくは知らんけど』
『…………』
漆黒の長剣は、何も答えなかった。
ただ、その刀身だけが真夜中の闇を吸い込むように、静かに黒く輝いていた。
『そんなことを、何故に今さら俺に訊く。ラーオとかに訊いていないのか?』
漆黒の長剣は、テレパシーで返してくる。
『テレパシーで話せる人物が、今まで居なかったのだ。以前、話せた人物もシャドーホールンだけだったからのぉ』
『ラーオとかと話せないのか?』
『ダークエルフとは、誰とも話せない。あいつら、私のテレパシーを受け取れないのじゃ』
『そうなのか……』
なんか、辛い現実である。マジ、不憫。
『だから寂しかったぞ。五百年も誰とも話していなかったんだぞ。お主ならば耐えられるか!』
『耐えられないな……』
俺が一年も誰とも話さなかったら、声の出し方すら忘れてしまいそうだ。それどころか寂しくって、ウサギのように死んでしまうかもしれない。
『しかも、普段は宝物庫で軟禁状態だ。まだ、外の景色でも眺められたら気晴らしになるが、誰も来ない宝物庫だぞ。暗くて狭い宝物庫に一人だぞ。そんなの耐えられるか!?』
どうやら自分一人では移動できないタイプの魔剣らしい。本当に、マジ、不憫。
『あ〜、それはキツイな。俺なら気が狂うかもしれんな……』
『だろ〜!』
こいつもシャドーホールン同様に、長い軟禁生活を送っていたんだ。可哀想に……。
『しかもだ!』
あっ、また「しかも」が始まった。
しかも二回目の「しかも」だ。
これは話が長くなるパターンの「しかも」だぞ。
ヤバい野郎に捕まったんじゃあないだろうか……。
俺は知っている。親戚のおじさんに、この手のタイプがいたから間違いない。
そして、案の定である。
しばらくの間、漆黒の長剣から長々と愚痴を聞かされた。時間にして、一時間は続いたような気がする。もう、うんざりだ……。
初めてである。魔剣の愚痴に付き合わされたのは――。
やがて、魔剣は愚痴をすべて吐き出したのか、ようやく落ち着きを取り戻した。
『まあ、そんなわけだから、シャドー君。シャドーホールンに代わって、私の主にならないか?』
なんだか分からないうちに、話はそういう方向へ進んでいた。今は魔剣の主になるとか、ならないとかを話し合っている。
このパターンはダークエルフたちに続いて二回目だ。なんだか俺は、異世界だと主に担がれるタイプなのだろうか。迷惑な体質になったものである。
『でもな〜……』
俺が不満そうな顔をすると、漆黒の長剣が食い気味に言ってくる。
『何が不満なの? 私にも不満なところがあるなら直すから。だから捨てないで、捨てないでぇ!!!』
『んん〜……』
なんだか、ファミレスで人目も憚らず別れ話をしているバカップルのようになっている。まるで俺が別れ話を切り出している非人道的な彼氏のようで、なんとも心苦しい。
こんなおっさんぽい渋声の魔剣と、別に肉体関係を持ったこともないのに、これだ……。
どうせ誤解される関係になるぐらいなら、もっと美人だったら良かったのに……。
それが俺の最低限の条件だった。
『せめてさぁ〜。お前の喋り方と、声色を変えられないのか?』
『ど、どういうことじゃ……?』
『俺だって男だ。わけも分からず知らんおっさんの主になれって言われても困ってしまうぞ。声ぐらい、もうちょっと気を使ってくれよ』
『威厳があって、良い渋声だと思うんだが……』
『俺は渋さを欲していない』
『じゃあ、声を変えればいいのじゃな?』
『できるのか?』
すると、魔剣の声色が変わった。
『こんな感じで如何ですかな?』
『おお、声色が変わってる!』
魔剣の声が、若い青年の声に変わっていた。
本当に声色を変えられるようだ。器用な奴である。
それはまるで、ゲームの世界にあるキャラクターメイキングのようだった。キャラクターの声色を自由にエディットできるシステムを思わせる。
『他には変更できないのか?』
『何パターンか試してみようぞ』
『おおっ!』
それから俺たち二人は、何パターンかの声色を試してみた。
その声のバリエーションの中には女性の声もいくつかあったが、どうにも、しっくり来ない。
最初に男性の声を聞いてしまっているので、今さら女性の声で話されたところで、理性的に性別の壁を乗り越えることはできなかった。むしろ女性声だとキモかった。
『マイマスター、こんな感じの声で如何でしょうか?』
『いいんじゃあないか』
結局、凛々しくもフレンドリーな青年の声で落ち着いた。声優で言うなら、中村悠二似の声である。
『それでさ、名前も変えていいか?』
『名前ですか?』
『漆黒の長剣って、名前としては長いだろう。もっと呼びやすい名前にしたいんだよね』
『そうですか?』
『舌を噛むぞ……』
『私には舌がありませんから、気にはなりませんでした』
そもそも俺たちは、テレパシーで話し合っているので舌は噛まないはずである。
『とにかく、長すぎる』
『では、お好きな名前で呼んでください』
『俺が名前を決めていいのか?』
『構いませんとも、マイマスター』
『じゃあ――』
俺はしばし考え込んでから、ひらめいた名前を口走る。
『漆黒丸――』
『えっ?』
『漆黒丸で、どうだ?』
『んん……』
あまり納得しきっている様子ではなかったが、飲み込んでくれていた。こいつは人に流されやすいタイプだと思った。
『分かりました。私は今この時から、漆黒丸でございます。マイマスター!』
すると、周囲の景色が蘇った。周囲が色付き始める。世界の霧が晴れていく。
俺は中庭の中央で、漆黒の長剣を翳しながら立っていた。
まだ、大木巨人は脚の再生を終えていない。
周囲では、ダークエルフたちが騒いでいる。
「シャドー様、大丈夫ですか!」
『はっ!?』
マーリアの大声で、俺は我に返った。まるで、長い眠りにでも落ちていたかのようだった。しかし、周囲は一瞬しか時間が過ぎていない様子である。
そして、俺は片手にある漆黒の長剣を力強く見つめる。
すると――。
剣の形が歪み始めた。漆黒の長剣が、うねうねと蠢いて姿を変えていく。
『こ、これは……』
漆黒の長剣が形を変えた。両刃のロングソードだった刀身が、片刃の日本刀へと変化したのだ。刀身も沿っていく。鞘まで日本風に変化していた。
しかし、刀全体の色は漆黒のままだった。黒い刀身から薄暗い靄を揺らめかしている。
『漆黒丸、なのか?』
俺が問いかけると、漆黒の日本刀がテレパシーで答える。
『はい、マイマスター。我は漆黒丸でございます』
以後、愛刀となる相棒であった。




