37【漆黒の長剣】
援軍到着――。
中庭の四方にある建物の上から、ダークエルフの村人たちが弓矢を使用して大木巨人に対向する狙撃を始めた。四方八方から矢が飛び交う。
その数は二十人以上。かなりの戦力である。
男女は様々で、ほとんどの者が寝巻き姿。防具もほとんど身に着けていない。しかし、弓矢だけはしっかりと装備していた。
全員が建物や白壁の上など、高い位置を陣取っている。弓矢で効果的に狙撃できる場所を心得ているようだ。
だが、加戦した村人たちが何本もの矢を命中させているにもかかわらず、大木巨人の速度は落ちない。俺を元気よく追い回してくる。
どうやら、弓矢程度では大したダメージになっていないようだ。
『あんにゃろう、普通の攻撃じゃあ効かんのか!?』
「ギィィィイイイイイイイン!」
「「「狙撃! 狙撃! 狙撃!」」」
ダークエルフたちが放った矢が命中しているのは、大木巨人の胴体ばかりだった。
弱点だと思われる瘤の瞳には、一本の矢も命中していない。
おそらく、ダークエルフたちも同胞であるレーンや禿頭を気遣って、瘤の瞳を狙いきれていないのだろう。
だから、必然的に胴体ばかりを狙っているのだと思う。
俺はシーンに向かって叫ぶ。
『シーン、瞳だ。瘤の瞳を狙え!』
だが、シーンが反論する。
「しかし、激しく動いている特定の的を狙うのは困難です。少しでも逸れたら、レーンやハートに当たるやもしれません!」
『やっぱり、人質が厄介か……』
すると、大木巨人の走る速度が僅かに衰えた。
何やら巨漢そのものを震わせている。
「ギィ、ギギィ……」
『今度は何だ?』
俺たちが何事かと見守っていると、大木巨人の体に突き刺さっていた無数の矢が、ほろほろと体から落ち始めた。
『んんん?』
落ちた矢をよく見てみる。
すると、矢先から鏃が無くなっていた。
まるで、何かに食いちぎられたように消えている。
途端であった。
「ギィィイイイイイイ!!!」
食いちぎられた数多くの鏃が、大木巨人の傷口から勢いよく発射された。
その数は、今までに撃ち込まれた矢と同数。全方向へのランダム発射である。
撃ち込んできた相手へ、そのまま跳ね返すように鏃を噴出させたのだ。
「「「うわっ!?」」」
「「「きゃ!?」」」
無差別に発射された鏃が、ダークエルフたちを襲う。まともに鏃を受ける者はいなかったが、全員が慌てて回避に励んでいた。
ダークエルフの誰かが愚痴をこぼす。
「こんちくしょう。受けた矢を跳ね返すのかよ!」
「ずっけぇ〜!」
まあ、ダークエルフたちが愚痴を言いたくなるのも理解できた。
何せ、あの巨漢は耐久力が桁外れ。物凄いパワーで接近戦も許してくれない。そのうえ、両肩に生えた二つの首からは、風の大砲とレーザービームによる援護射撃まで飛んでくる。さらには、受けた矢を跳ね返して反撃までしてくるのだ。
これで厄介だと言わずして、なんと言えばいいのだろう。
『このふざけた化け物を、どうしろってんだ……』
俺の口からも愚痴がこぼれた。第二の試練が困難を有している。
『ランボーみたいに、ロケットランチャーでもあったら一発で逆転勝利なんだがな〜』
それは夢である。もう、夢を通り越してエンタメの領域だ。
叶わない理想を夢見ていても、問題は打開できない。ここは真面目に考えなければならないだろう。
しかし、明確な対策は無いのが現状だった。
『こうなったら、人質のことを気にせずに、瘤の瞳を全員で狙えと指示を出そうか……』
外道な策略である。
そんな愚策を呟いた、その刹那だった。姿を消していたラーオが現れ、大声で何かを叫んだ。
「シャドー様、退避してください!」
『なんだ?』
俺が振り返ると、漆黒の長剣を持ったラーオが立っていた。
その漆黒の長剣は、いつもダークエルフたちが装備しているレイピアよりも太い刀身をしている。いわゆるロングソードと呼ばれる洋剣である。
さらに刀身は黒く禍々しい。刃先も黒。十字の唾も黒。柄までも黒だった。まるで深淵の闇である。見たからに妖剣の類だろうと推測できた。
その黒い妖剣を振りかぶるラーオが必死に叫ぶ。
「だぁぁあああああ!!!」
漆黒の長剣を頭よりも高く振りかぶったラーオが、大木巨人に向かって突進を開始した。気合いの叫びを上げながら、一直線に走り迫る。
その形相は必死そのもの。額には脂汗まで浮かんでいる。
「突撃ぃぃいいいい!!!」
『頑張れ、ラーオ!』
大木巨人に向かって走り迫るラーオの体から、真っ黒なオーラが揺らめいていた。
その揺らめく黒気が、漆黒の長剣へと吸い込まれているようにも見える。
「でぇぁぁあああああ、あ、あ……ぁぁあ、ぁ……」
だが――。
ラーオの走る足が、途中で縺れて止まった。
そのまま力少なく、前のめりに倒れ込んでしまう。
転倒した拍子に、振りかぶっていた漆黒の長剣が地面を軽く叩いた。
『えっ……?』
本当に、軽い一打だった。だが、その軽い一打が大地を揺るがした。
ドゴォォオオオオオオン!!!
『ひぃっ!!!』
物凄い衝撃が地面を揺らす。
立っていた者たちが、思わず片膝をついてしまうほどの地鳴りだった。庭中の地面が縦に揺れる。
大木巨人までもが、衝撃に煽られて大きくよろめく。
高く広く上がる砂埃。中庭が砂塵の煙に覆われていた。
その砂埃も徐々に収まって行く。視界が開けて行く。
『な、なんだ……』
俺が倒れ込んだラーオのほうを見てみると――。
ラーオの前方、その地面が扇状に抉り飛ばされていた。
その距離、十メートル強。しかも、その先にあった白壁の一部まで破壊されている。
『なんちゅう、破壊力だよ……』
ラーオが倒れ込む際に振った、ヘッポコな軽い一振り。それだけで地面を抉り、白壁まで破壊したのだ。
だが――。
当のラーオは、倒れ込んだまま立ち上がってこない。ピクリとも動かない。まるで死んでいるのかと思えた。
『き、気絶してるのか?』
どうやら、長剣を振るった際に、そのまま気絶してしまったようだ。なんとも、情けない。
唐突な破壊撃の空振りを目の当たりにした全員が、唖然としている中で、シーンだけが冷静に振る舞っていた。
「不甲斐ない!」
彼は気絶している父親の元まで走り寄ると、地面に落ちた漆黒の長剣を手に取った。
「父上の魔力だけでは、振るうことも叶わぬか!」
『どういうこと?』
意味が分からない。
しかし、大木巨人を睨みつけたシーンは、父親に続いて漆黒の長剣を振りかざす。そして、父の遺志を継ぐかのように、大木巨人へ向かって走り出した。
「どうらぁぁあああああ!!!」
漆黒の長剣を振りかぶるシーンの身体から、黒色の闘気が浮かび上がる。それはまるで吸い寄せられるように、漆黒の長剣へと吸い込まれていった。ラーオの時と同じである。
『あの剣は、気を吸っているのか?』
たぶん、俺の予想は当たっている。あの漆黒の長剣は、人の気を喰らい、それを破壊力へと変換しているのではないだろうか。
「スラッシュ!!!」
シーンが横薙ぎに一閃する。
漆黒の長剣が大木巨人の片足を捉えた、その瞬間だった。
ドゴォォォンッ!!
大木巨人の足元で、巨大な爆発が炸裂する。粉々に砕けた木の破片が飛び散った。
『ののぉ!!』
「ぐあああああっ!!」
爆発の衝撃によって、剣を振るったはずのシーン自身が吹き飛ばされる。数メートルほど後方へ飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
だが、その一撃は凄まじかった。
大木巨人の片足が、完全に粉砕されている。
「ギィィ……」
大木巨人は片手を地面について、かろうじて身体を支えていた。立っているのがやっとに窺える。
『すげぇ〜、なんつう破壊力だよ……』
俺が呆然としながら見ていると、破壊された大木巨人の片足が蠢き始める。
すると、切断された断面から木の根のようなものが伸び始めた。ニョキニョキと音を立てるように、失われた脚が再生していく。
『あいつ、再生もするのかよ……。なら、完全に再生する前に再攻撃だ、シーン!』
焦った俺は、シーンのほうへ視線を向けた。
だが――。
『シ、シーン!?』
シーンは地面に倒れたまま、完全に気絶していた。
自分が放った攻撃の爆発に巻き込まれたのか、それとも魔剣に魔力を吸われすぎたのかは分からない。いずれにせよ、完全に意識を失っている。
そんな兄を心配したマーリアが駆け寄った。
彼女はシーンの上半身を抱え起こすと、俺に向かって叫ぶ。
「シャドー様、その剣をお使いください!」
『ええっ!?』
なんか嫌だな〜っと思いながらも俺は、慌てて漆黒の長剣を探した。
剣は俺と大木巨人の間に落ちている。
その刀身からは、今もなお暗黒のような魔力が禍々しく揺らめいていた。不吉である。
『ぬぬっ!』
俺は急いで剣へ駆け寄る。そして、僅かな躊躇の後に、地面に落ちていた漆黒の長剣を拾い上げた。
その途端だった。
『な、な、なんだ……!?』
身体から、何かが抜き取られていく感覚があった。吸われている。
漆黒の長剣が、俺の体力を吸い上げているようだった。
シーンの身体を引っ張り、安全な場所へ移動させながら、マーリアが説明する。
「シャドー様。その剣は魔剣です。使い手の魔力を吸収して、破壊力へと変換する魔剣です!」
そこまで聞いて、俺はようやく理解した。
『やっぱり、そういうことなのね〜……』
まあ、想像どおりだったけれどね……。
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by、ヒィッツカラルド。




