35【世界樹の大木巨人】
唸りながら軋む大木巨人が片腕のレイピアを力任せに振るった。シャドーの脳天目掛けて落ちてくる。
まるで木の腕は極太の鞭である。その先に爪楊枝のようなレイピアが握られていた。
「ギィィイイイイ!!」
『せいっ!』
透過能力で回避。
振るった刀身が空振ると地面に深々と突き刺さった。まるでバターを切るように地面を斬り裂いている。
なんていうパワーだろうか。まさに力だけは巨人のそれである。このパワーだけは侮れない。まともに攻撃を食らったら、骨ごとミンチにされそうである。
『だが、接近は成功だぜ!』
相手の攻撃を躱しながら接近したシャドーが、全力で日本刀を振るい、大木巨人の片脚を斬りつけた。太い木の太腿に、サクリと浅い傷を刻みつける。
しかし、刀身を伝わってきた感触は、硬い木を叩いたような重さだけだった。斬れたという手応えはない。どちらかと言えば、弾かれた印象のほうが強い。
事実、大木巨人の太腿には浅い掠り傷が刻まれる程度のダメージが見られるばかりである。これではダメージになっていないだろう。
『か、硬い……』
攻撃を与えるや否や、ヒット・アンド・アウェイで距離を取るシャドー。しかし、先手を取ったにもかかわらず、その表情は曇っていた。
明らかに効いていない。大木巨人もまた、痛みを感じている様子は無かった。ほとんどダメージを与えられていなかった。
『やっぱり、日本刀じゃあ駄目か……』
木材を切断するには、細くて軽い剣や刀では、あまりにも不向きである。
相手は丸太のような体躯を持つ巨人だ。日本刀程度で容易く斬れる相手ではない。
考えてみれば分かることだろう。
昔の木こりが森の大木を切り倒すとき、使っていた道具は何だったか。
それは――斧である。
筋骨隆々の木こりたちは、重く頑丈な斧を何度も振り下ろし、ようやく巨大な木々を切り倒していた。しかも、何回も何回も斧を振るって、時間を費やして、やっと一本の大木を切り倒すのである。
それを思えば、日本刀では非力すぎる。こんな細く軽い刃物を何十回、何百回振るったところで、太い大木を切り倒せるとは思えない。
眼前の巨人は、その全身が大木そのもの。まさに世界樹のような図体だ。日本刀では、あまりにも相性が悪い。
あれを相手にするなら、必要なのは電動チェーンソーだろう。
しかし、そんな物は、この異世界には存在しない。
仮に異次元扉で現代へ戻れたとしても、俺の家にチェーンソーなど置いてはいない。ホームセンターへ行けば売っているかもしれないが、俺は電動チェーンソーの扱い方を知らない。今から習っている余裕などもない。
それに、今は戦闘の真っ最中だ。
戦闘中は異次元扉を出現させられない。それが鉄則のルール。
つまり、現代世界へ戻ることすらできないのである。
『――と、なるとだ』
俺は大木巨人の頭部を睨んだ。目付けを行う。弱点を探して思考した。
瘤のような頭には、大きな眼が一つ。やはり、あれが弱点に見える。レーンや禿頭の首は飾りだろう。弱点である可能性は低いと思う。
『でも、高いな……』
大木巨人の身長は三メートル半。瘤の眼を突くにはジャンプが必須だ。だが、俺の身長と跳躍力では、垂直跳びで届くかどうかも怪しい。
おそらく届いたとしても、その途中で撃ち落とされるだろう。相手だって、自分の眼前で跳び上がる敵を、黙って見逃すはずがない。
『ジャンプしてから一撃目は透過で回避できる。だが、二発目は透過できない。連続攻撃をされないことを祈るしかないか……』
保険は疑似不老不死と超再生能力だ。それがあれば、即死だけは免れると思う。
同時に頭と心臓を破壊されなければ、どうにかなるだろう。
『まあ、行ってみるか。出たとこ勝負だぜ!』
浅い作戦を口にしながら、シャドーは駆け出した。そして、大木巨人の眼前で勢いよく跳躍する。狙うは、瘤の眼球だ。
案の定だった。
大木巨人は右手のレイピアを振るい、迎撃してきた。明らかに眼球への攻めを嫌っている。
「ギィィイイイイ!」
『透過!』
作戦どおり、シャドーは透過能力でその一撃を躱す。レイピアは身体をすり抜け、シャドーは瘤の眼球への接近に成功した。
『よし、刺すぞ!!』
日本刀が鋭く突き出され、瘤の眼球へと迫る。あと数ミリで切っ先が突き刺さるところだった。
しかし、大木巨人は左手の戦斧を盾代わりにして、その突きを受け止めた。甲高い金属音が響き、日本刀の刀身が弾き返される。
「ギィギィ」
『くそ、防ぐか!』
さらに、大木巨人は間髪入れずに反撃へ転じた。
横薙ぎのレイピアが、空中で身動きの取れないシャドーの腹部を狙ってくる。このままでは上半身と下半身が生き別れてしまう。
「ギィィイイイイ!!」
『ふんっ!』
咄嗟に息を止めたシャドーは、再び透過能力を発動し、レイピアの斬撃をやり過ごした。腹部を刃物がすり抜ける。
そのまま大木巨人の足元へ着地すると、一目散に駆け出す。走って逃げたのだ。
『あぶねぇ~! あぶねぇ~!!』
作戦は失敗だった。やり直しである。
走って逃げ去ったシャドーが、数メートルほど離れたところで踵を返す。そして、戦意を立て直して敵へ向き直った。
『やっぱり、接近戦だけでは無理があるか』
ならばと足元の影から手裏剣を取り出す。直ちにそれを投擲した。
『これでも喰らいやがれ!』
全力のピッチングフォームで手裏剣を放つ。一投三連の妙技で三個の手裏剣を同時に投擲していた。
『えいっ!』
風切り音を響かせて飛ぶ手裏剣は、瘤の眼球を狙っていた。コントロールは抜群。流石は手裏剣の名手である。
しかし、大木巨人は右腕のレイピアを盾に、手裏剣をあっさりと撃ち落としてしまう。それはまるで野球のバントのようだった。弾かれた三発の手裏剣が地面へ突き刺さる。
「ギィギィ??」
だが、次の瞬間にはシャドーの姿が消えていた。
大木巨人が手裏剣を撃ち落とす動作に紛れ、視界から消えたのである。
そして、シャドーは大木巨人の左後方へ密かに回り込んでいた。背後から背中の枝木に手を掛け、そのまま巨体をよじ登っていく。
『飛んで駄目なら、登ってみるさ!』
大木巨人の背中を駆け上がったシャドーは、左肩越しに腕を回し、瘤の眼球を狙う。視界の外となる背後から、日本刀で眼球を突き刺すつもりだった。
「ギィギィギィ!!」
『気付かれた!』
しかし、シャドーの奇襲に気付いたのは、左肩から首だけを突き出していた禿頭の男だった。頭上を越えようとしたシャドーの気配を察知し、鋭く睨みつける。
『うそ、こいつらにも意識があるのかよ!』
「かはぁ!!」
頭上のシャドーへ向け、禿頭の男が両目から赤い閃光を放った。レーザービームが真上へと走る。
『まずい!』
シャドーは咄嗟に透過能力で回避しようとする。
だが、レーザービームは透過では避けられなかった。
半透明になった体を光線が貫き、胸元が焼き抜かれて穴が開く。熱い痛みが体を貫いた。
『ぎぃあっ!!』
悲鳴を上げたシャドーは、大木巨人の肩から地面へと落下した。
胸に二つの焼け焦げた穴を開いたシャドーが、背中を激しく地面へ打ち付ける。
『クソ、魔法の類は透過で避けられないのかよ……』
どうやら透過能力では、魔法攻撃をすり抜けることはできないようだ。
しかし、胸に開いた穴は瞬く間に塞がり始める。超再生能力が傷口を修復していく。
不老不死、万歳である。
『まあ、勉強になったぜ――うわっ!』
倒れているシャドーへ、大木巨人の丸太のような足が振り下ろされる。追撃のストンピングだった。休ませてくれる気はないらしい。
シャドーは咄嗟に前転して、その踏み付けを回避した。そして素早く立ち上がると、再び走って距離を取る。
『畜生、あの頭二つも攻撃してくるのかよ。ってことは、レーンのほうも何か魔法でも撃ってくるのか?』
その予想は、すぐに的中した。
レーンの頭が大きく口を開くと、口内から風の弾丸を放ってきた。まるで大砲である。
ドリルのように渦巻く風の魔法弾が、シャドーへ一直線に迫る。
『うわっ、あぶねぇ!』
シャドーは身軽に体を捌き、風の魔法弾を回避する。避けた胸元を風の弾丸が勢い良く過ぎた。黒い短髪が靡く。
ドゴーーンと音が響いた。
狙いを外れたドリル状の弾丸は屋敷の壁へ命中し、石積みの壁を貫き大きな穴を開けていた。腕がスッポリと入る大きさである。
『なるほどね。魔法は体術で避けるしかないのか。透過能力も万能じゃないってことだな』
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by、ヒィッツカラルド。




