33【第二の試練】
純白の全身タイツを思わせる姿の鏡野鏡子が、格子窓から差し込む月明かりに照らし出されていた。
真っ白な身体。豊満な胸を両腕で抱くように組んだ彼女は、妖しくも誘惑的に佇んでいる。
無表情を超えた、のっぺら坊の顔。目も鼻も口もなく、輪郭には耳も髪も存在しない。まさに白そのものが、異形の姿だった。
鏡野鏡子は、その何もない顔で笑っていた。
『さあ、服部泰三君。第二の試練ですよ』
『上等っ!』
鏡野鏡子がダンッと踏み込んできた。
たった一歩で数メートルの間合いを瞬時に詰める。
『ホバーリング!?』
その爆発的な踏み込みから、真っ直ぐ片手を突き出し、廊下を突き進みながら縦拳で襲いかかってくる。先ほど俺が見せた棒拳だった。
しかし、その踏み込みも、直突きの軌道も、姿勢も、鍛え上げられた武術家のものではない。
俺の技を一目見ただけで、瞬時に模倣しただけの動きだった。しかも、ホバーリングを追加して、攻め手をグレードアップさせている。
――この人は、格闘技を修めていない。
だが、迫り来る棒拳は恐ろしく速い。距離も長い。
身体能力だけで放った一撃とは思えないほどの鋭さだった。
『くっ!』
俺は咄嗟に首を傾け、その拳を紙一重で躱す。
穴の開いた顔の脇を、瞬速の直突きが駆け抜けた。同時に、拳圧が頬を叩く。
その瞬間、眼前にいた鏡野鏡子の姿が斜め下へ沈み、視界から消えた。
直後、右脇から鋭い蹴りが跳ね上がってくる。変則攻撃だった。
『卍脚か!?』
俺は透過能力で蹴りをやり過ごそうとした。
だが、蹴りが届く寸前――途方もない衝撃が俺の側面を打ち抜く。
『なにっ!?』
まだ蹴りは命中していない。それなのに、肩を蹴り飛ばされたかのような衝撃が全身を襲った。
俺の身体は真横へ吹き飛び、廊下の壁へ激突しかける。
だが、透過能力を発動し、漆喰の壁をすり抜けて屋外へ飛び出した。
地面を転がりながら受け身を取る。そして、片膝立ちで止まる。
『なんだよ……あの蹴りは……』
警戒しながら、透過してきたばかりの壁を睨みつけた。
鏡野鏡子の蹴りは、確かに俺の身体には触れていなかった。なのに重い衝撃に吹き飛ばされたのだ。その事実が混乱を誘っていた。
次の瞬間――。
チュドーーーン!!
爆発でも起きたかのような轟音とともに壁が吹き飛び、大穴が開かれた。壁の破片が俺の足元まで飛んでくる。
その穴の向こうから、片手を前へ突き出したままの鏡野鏡子が、悠然と歩み出てくる。
純白のボディーは淡く輝いていた。その朧げな光が恐怖心を煽る。
たった僅かな攻防で、鏡野鏡子の恐ろしさを悟った。得意の目付けが、彼女の実力を如実に物語っている。
一言――。
『つ、強い……』
やはり彼女もウロボロスの権利者だ。まさに化け物である。
種も仕掛けも分からないが、彼女の術は凄まじい。触れることすら許してくれない。
おそらく、あの能力だけで鉄壁の防御を築いているのだろう。しかも、防御だけではなく攻撃にも応用している。透過能力も役に立っていない。実に厄介な能力だ。
屋敷の中から外へ出てきた鏡野鏡子が口を開く。
『さてさて、今回の試練なのですが。それは、私と戦うことではありません』
『んん……?』
片膝をついていた俺は身を起こし、小さく首を傾げた。
『今回の試練内容は、世界樹の種の破壊です』
『世界樹の種の破壊?』
『そうです』
鏡野鏡子からは、もう戦意が感じられなかった。構えも解いており、戦う意思は完全に消えている。
全裸の俺は片手でポンコチンの位置を直した。緊張で少し蒸れていたのだ。
その仕草を見ていた鏡野鏡子が続ける。
『世界樹の種は、もう仕込み済み。あとは孵化を待つのみよ。孵化したのなら、好きなように対処しなさい。世界樹の種を破壊しても、排除しても試練は合格だから』
『よく分からんが、その世界樹の種をどうにかすればいいんだな』
『そういうことね』
『でえ、何処に在るんだ、その世界樹の種は?』
『直ぐに現れるわよ。貴方を追跡するようにプログラムされているからね』
『プログラムだと?』
そこまで言うと、鏡野鏡子の体がふわりと浮き上がった。数メートルほど宙へ舞い上がる。
『じゃあ、私は帰るわね。あとは上手いことやりなさい』
軽く手を振ると、鏡野鏡子は夜空へと飛び去っていった。闇夜に溶ける。
その後ろ姿を見送りながら、俺は安堵の溜め息を吐く。あれとこれ以上戦わずに済んだことに心底ほっとした。
おそらく、あれは鹿羽五郎と同格の強さを秘めている。
格闘能力そのものは鹿羽五郎に及ばない。動きだけを見れば格闘技の素人のようだった。しかし、特殊な超能力は桁違いで優れている。
仮にあの能力の仕掛けを見抜けたとしても、勝てる気はしない。しかも、まだ別の能力を隠し持っている可能性すらある。本気を出されていたら、一瞬で消し炭にされていたかもしれない。
それほどまでの実力を秘めた相手だった。
『ゴールド商会の先輩って、こえ〜……』
俺が自社の先輩に恐れ慄いていると、地鳴りが響き始めた。ドスン、ドスンと巨大な足音が迫ってくる。
『今度は、なんだ……?』
足音が響く方向を凝視していると、蔵の陰から巨大な影が姿を現した。
『なに、あれ……?』
蔵の陰から姿を現したのは、巨人だった。頭は二つ、巨大な胴体は一つ。そして、身長は二メートル半はあるだろう巨漢。その背中からは木の枝のような――いや、本物の木の枝が何本も生えていた。
『大木の化け物か……?』
その巨体は、まるで木材でできているかのようだった。丸太のような胴体に、木の枝のような太い腕が伸び、足は木の根を思わせる形である。
それは、人型の大樹そのものだった。
『もしかして、あれが次の試練の相手ですか……』
ウッドゴーレムのような巨体の怪物には、ダークエルフ二人の頭が生えていた。
一人は、朝方俺に喧嘩を売ってきたダークエルフのレーン。
もう一人は、禿げた中年のダークエルフだった。見覚えのない男である。
「「ぁあ………」」
二人は白目を剥き、うめき声を漏らしていた。半開きの口からは涎がだらだらと垂れている。
『おい、レーンなのか!?』
「ぅぅ……」
俺が声を掛けても、まともな返事は返ってこない。二人は完全に意識を失っているようだった。
そして、二つの首の間には、ぎょろりとした一つ目があった。その眼球がぎょろぎょろと周囲を見回している。
俺の予想では、あの眼こそが本体なのだろう。おそらく、あれが世界樹の種だと思う。
案の定だった。
中央の一つ目は俺を見つけるなり、血走った眼でこちらを睨みつけ、巨体を揺らしながら一直線に駆け出した。
世界樹の種は、俺を見つけたのならば襲いかかってくるようなことを鏡野鏡子は言っていた。
本当である。木の化け物は、俺を見つけるなり襲いかかってきたのだ。
『こっち来たー!!』
地鳴りを轟かせながら迫る巨漢。その木の両手には武器が握られていた。
右手にはレイピア。左手にはバトルアックス。二刀流の怪物が、俺に襲い掛かる。
第二の試練が、ついに本格的に始まった。
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by、ヒィッツカラルド。




