31【カレーライス】
フォレストボア狩りから帰ってきた晩。俺はヒオラス一家に夕飯としてカレーライスをご馳走すると約束していたため、実家へ戻って食事の準備をしていた。
十合炊きの炊飯ジャーで米を炊きながら、冷蔵庫で冷やしてあったカレー鍋をコンロで温め直す。
何故に十合炊きの炊飯器があるのかといえば、以前道場の子供たちにご飯を食べさせるために買ったものだ。もう、使っていないけど……。
「お皿は、これでいいかな」
食器棚からカレー皿を取り出し、異次元扉をくぐって運ぶ。
それをヒオラス家の食卓に並べた。
その光景を見守っていた女中のドーラさんは、俺が持ち込んだカレー皿を見て目を丸くしてた。
「な、なんて美しいお皿でしょうか……。高級なお皿ではありませんか……」
『そうか?』
「これは陶器ですか?」
『ああ、陶器だよ』
「これほどまでに艶々で、鮮やかな陶器のお皿を見るのは初めてです……」
『そうなのか。俺の国だと普通の皿だぞ』
その皿は、亡くなった母が生前、春の食パン祭りでもらった普通の皿である。何も珍しい皿ではないはずだ。
「とくに、この鮮やかな花柄の模様は高級感を存分に醸し出していますわ……」
『そうなん?』
確かにカレー皿には小さな花柄のラインが描かれているが、別に特別なものではないだろう。何せメーカーからの貰いもんだからな。
どうやらこの異世界では、陶器製の皿自体が珍しいようだ。そのうえ、模様まで描かれている陶器となれば、なおさら貴重なのだろう。
本当に、何処までも文明が遅れているようだ。
続いて俺は、実家からステンレス製のスプーンを人数分持ってくると、皿の横に並べた。
そのステンレス製のスプーンを見て、再びドーラさんが驚く。
「ぎ、銀のスプーンですか!?」
『違う違う。ステンレス製だ。そんな高級なスプーンは使わんよ』
「ステンレス……。銀ではないのですか?」
ダークエルフ族はゴールドには執着していないが、シルバーは別らしい。銀は金と同様に魔力を注入しやすく、マジックアイテムを作るのに最適な素材だからだ。
ドーラさんは舐めるようにスプーンを見回している。銀の匙にダークエルフの美顔が映り込んでいた。
『銀ではないよ』
「でも、ピカピカです!」
『ステンレスって、そういう物だからね』
「は、はあ……」
ドーラさんは理解こそできていなかったが、とりあえず頷いていた。それでも、まだ驚いたような表情を浮かべている。
『ステンレスは鋼の一種だよ』
「これが、鉄なのですか。銀かと思いましたよ……」
『ははっ、違う違う』
軽く笑いながら自宅に戻った俺は、コンロで温めていたカレー鍋を異世界へ持ち込んだ。すると、一瞬で食卓がカレーの香りに包まれる。
流石はカレーだ。汚染能力が凄まじい。スパイスは強しである。
『よいしょっ、と――』
俺はカレー鍋をテーブルの中央へドスンと置いた。たぶん十人分はある量だ。
「そ、それは……」
またしてもドーラさんが驚いている。
『これがカレーだよ』
「す、凄く良い匂い……」
ドーラさんが鍋の中を覗き込んでいる間に、俺は再び台所へ戻った。炊き上がったばかりの炊飯器のコンセントを抜き、そのまま食堂へ運ぶ。
カレー鍋の横に炊飯器も置いた。
「そ、それは?」
また、ドーラさんが驚いていた。本当に忙しない……。
『これは、炊飯器だ。ご飯だよ』
「ス、スイテマス……?」
『違う。炊飯器だ』
「スイハンキ……?」
やはり炊飯器も知らないようだ。まあ、ドーラさんは生粋の異世界人なのだから、知らなくても仕方あるまい。
『済まないが、ドーラさん。みんなを呼んできてもらえないか。食事の準備ができたってさ』
「その心配はございません……」
『なんで?』
無言のままドーラさんが俺の背後を指差した。
そこには、食堂の入り口の隙間から中を覗き込むダークエルフ親子たちの姿があった。残り二人の女中たちも居る。
『全員、そこにいたんかい……』
「「「「てへへ……」」」」
頭をかきながら四人が食堂へ入ってきて、それぞれの定位置に腰を下ろした。すでにカレーの匂いに釣られているのかリーンははしたなくも涎を垂らしている。
二人の女中は、壁際に控えるドーラさんの隣に並んだ。食卓を見守る。
『ご飯は食べられる分だけ自分でよそってくれ』
「「「「よそう?」」」」
全員が首を傾げていたので、俺は見本を見せてやる。
『まずはご飯をよそいま〜〜す』
賑やかに炊飯器を開けた俺は、湯気が立つ釜からしゃもじでライスをすくい、皿によそった。
「その白いつぶつぶは、いったい?」
ラーオの質問に答える。
『お米だ』
「「「「オコメ?」」」」
『ご飯だよ』
「「「「ゴハンダヨ?」」」」
『ライス、だってばよ!』
「「「「「ライスダッテバヨ?」」」」」
『んん〜〜……』
駄目だ。完全に言葉が通じていない。話が噛み合っていなかった。たぶん白米を見たこともないのだろう。
『これは、お米っていう我が深淵の国の主食なんだ。お前らで言うところのパンみたいな食べ物だよ』
「「「「なるほど……」」」」
『まあ、少し食べてみろ』
「はい……」
すると全員が俺の皿からライスを少しだけスプーンですくい、それぞれの口へ運んだ。
瞬時、家族の顔がパッと明るくなる。
「あら、美味しい!」
「ほんのり甘いぞ!」
「パンより美味しいよ!」
「これだけで、いくらでも食べられそうだ!」
『いやいや、ちょっと待て。今回は、このライスにカレーをかけるんだよ〜ん』
そう言いながら、俺は鍋からカレーのルーをすくい、ご飯に掛けようとする。それをヒオラス家の皆が凝視していた。
『では、カレーをかけま〜〜す!』
どぼどぼどぼ〜。
「――……」
しかし、それを見ていた親子は少し表情を曇らせる。何やら嫌な顔をしていた。
空気を悟る俺が問う。
『んん? どうした?』
リーンが曇った表情のまま言う。
「ウ、ウ◯コみたい……」
『ウ◯コって言うな!!』
「匂いは美味しそうなのですが……」
「見た目がウ◯コすぎるぞ……」
「深淵の民は、ウ◯コを食べるのですか……?」
『食うか!!』
怒鳴る俺はカレーライスを差し出しながら言った。
『これがカレーライスだ。とにかく一口でも食べてみろ!』
「「「「ええ〜〜……」」」」
全員が嫌そうな顔で拒否する。やはりウ◯コと勘違いしているようだ。確かにビジュアルはウ◯コに見えるからな。
すると、真顔のラーオが女中のドーラへ視線を向けた。そして、家の主として指示を出す。
「ドーラ、お前が少し食べてみなさい……」
「ええ、旦那様、それは酷い!?」
味見を指示されたドーラさんも拒否していた。毒見役を拒否する。完全にドーラさんもカレーをウ◯コだと思い込んでいやがる。
『駄目だ。完全に見た目の悪さに支配されているぞ……』
仕方ないので、俺が率先してカレーライスを食べることにした。
スプーンで掬った一口を顔の穴へ運び、そのまま口に入れる。口の見えない穴の顔でカレーライスを食べて見せた。
『もぐもぐ、うまうま〜』
「「「「――……」」」」
親子四人が冷めた視線で俺を見ていた。こいつ、何を食べてるんだって疑問質する顔である。
マーリアが述べる。
「シャドー様、本当に食べているのですか?」
『えっ、食べてるよ?』
俺には確かに食べている食感がある。だが、傍から見れば、顔の穴に食べ物を放り込んでいるようにしか見えないらしい。
この不思議な現象には俺も困ってしまう。
これでは、食べているという見本にすらなっていなかった。
『ええい、こうなれば!』
俺は唐突に隣のシーンへ掴みかかると、無理矢理にもシーンの口へカレーを流し込んだ。カレーが盛られたスプーンをシーンの口内に突っ込む。
「やめて、やめて! やめてぇ〜!!」
『シーン、いいから食え。この野郎、抵抗すんな!!』
「ひぃ〜〜〜!!」
しばらく揉み合う俺とシーン。カレーライスを飛び散らかしながらも食べさせた。
しかし、やがてシーンの抵抗が収まる。
「んん……。これ、美味しいぞ!」
『だろ〜。美味しいだろ〜!!』
冷静さを取り戻したシーンは、自分でご飯をよそってカレーをかけると、カレーライスをガツガツと食べ始めた。
「旨い。これは旨いぞ!!」
レーンには、ビジュアルから連想させる疑念が消えていた。美味しさが外観を上回った瞬間だった。
カレーライスをガツガツと頬張る長男の姿を見て、姉妹たちがごくりと唾を飲み込んだ。
「シーン兄様、本当に美味しいのですか……?」
まだ、姉妹は疑っている。
「旨いぞ。お前たちが食べないのなら、私が全部食べてやる!」
シーンは早くも二杯目に入る。素早い手つきでご飯とカレーをよそうと、再びガツガツと食べ始めた。その速度はワンパクだった。
「旨い、旨い、旨〜〜い!!」
その様子を見ていたリーンも続いてカレーライスをよそった。そして、スプーンで掬った一匙をじっと見つめる。
「リーンも、行きます!」
リーンは「ぱくぅ〜っ」と大きな一口で、スプーンいっぱいのカレーライスを頬張った。すると、その目がキラキラと輝く。
「うま〜〜〜い!!」
「だろ〜、妹よ!!」
「美味しい、美味しいです、シーン兄様!!」
二人の兄妹が夢中になってカレーライスを頬張る。それを見ていた父親とマーリアも無言のままにカレーライスをよそい始めた。
そして、一口食べると表情を一変させ、夢中になって食べ始める。
「美味しい、美味しいわ!!」
「父上、旨いでしょう!!」
「う〜ま〜い〜ぞぉぉおおおお!!!」
「リーンは、もっと食べます! もっと食べて、マーリア姉様のような巨乳に育ちます!!」
『それは、関係なくね……?』
必死にカレーライスを頬張る一家を見守りながら、俺も自分の分をよそった。
それから、もう一皿よそってドーラさんに差し出す。
『ドーラさんも食べる?』
「は、はい!!」
こうしてヒオラス家の初めてのカレーライス体験は、大成功のうちに終わった。
女中さんたちも「美味しい、美味しい」と笑顔でカレーライスを食べてくれたので、俺も嬉しかった。
さらに、「今度はカレーライスの作り方を教えてください」とドーラさんに懇願されたので、今度カレーの固形ルーを渡しておこうと思う。
香辛料を混ぜ合わせて作るカレーは俺には無理である。そもそも、何をどうやって配合するかも知らないのだから……。
カレーは固形ルーから作る。それだけ知っていれば、十分なのだ!
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by、ヒィッツカラルド。




