28【解体ショー】
俺がフォレストボアを倒すとナビーが報告してくる。
【泰三様――】
『んにゅ?』
俺もテレパシーで返す。
『なんだ、ナビー?』
【フォレストボアを討伐して、戦闘経験値とイベントクリア経験値を獲得しました。それにより、スキル獲得権が発生しております。どちらかのスキルを選択して、獲得できます。どうなさいますか?】
『獲得出来る数は?』
【一つで御座います】
『ならば、透過能力に加算しておいてくれ。これで三秒間は透過可能になるだろう』
【畏まりました】
よしよし、三秒も透過できれば、かなり無敵だろう。もう、攻撃なんて食らわないんじゃあないか?
やはり透過能力は、無敵に近い能力だぜ――。
俺が血塗れのフォレストボアを見下ろしながら考え込んでいると、背後からシーンが話しかけてくる。
「す、凄いですね、シャドー様……」
『何がさ?』
何事かと俺が首を傾げていると、絶命したフォレストボアの顔を覗き込みながらシーンが言った。
「ほとんどシャドー様お一人でフォレストボアを仕留めてしまいました……」
『まあ、そうだけど……』
眼球への一本拳で目潰し。続いて白鞘の日本刀で、アキレス腱の切断。動けなくなったところに延髄への介錯。それで、絶命だ。
俺も巨大イノシシの顔を覗き込みながら返す。
『でも、誘き出したのは全部お前たちの手柄じゃないか。俺は美味しいところだけを頂いただけだぞ』
「ですが……」
シーンは納得できない様子で続ける。
「このフォレストボアは特級サイズです。おそらく長い年月を生き抜いてきた森の強者。体の大きさも並の個体より遥かに大きい……。もしかしたら、森の主かも知れません」
『んん……そうなの?』
俺はシーンが何を言いたいのか分からず、首を傾げる。
「毛皮も非常に硬く、我々の攻撃はほとんど通じませんでした」
確かに撃ち込まれた矢はほとんど弾き返されていた。相当毛皮が厚かったのだろう。
「それをシャドー様は難なく討ち取ってみせた。それこそが、並大抵ではない偉業なのです」
『そうなん?』
俺は落ちていた白鞘を拾い、刀を収める。そして、そのままシャドーポケットへ戻した。
『あちゃ〜……』
足元に投げていた借り物の弓を俺が拾い上げる。だが、それは巨大イノシシに踏みつけられ、無残にも折れてしまっていた。これでは、もう使い物にならない。
『シーン、済まん。弓矢を壊してしまった。マジごめ〜ん』
「か、構いません。弓矢の一本くらい気にしないでください」
『そうか、てへぺろ♡』
俺はおどけた仕草で全力で誤魔化してみせた。責任問題にならなくてラッキーである。
『ところで、これ……どうやって村まで運ぶんだ?』
俺が巨大イノシシの死体を指差しながら尋ねる。何せ、狩った獲物は三百キロサイズだ。ここに居る十人でも村までは運べないだろう。
すると、マーリアが答えた。
「魔法で運びます」
『魔法で運べるの?』
「運搬用の魔法で、《フローディングディスク》という魔法があるのですよ」
『なにそれ?』
おもむろにマーリアが魔法を唱える。
すると彼女の足元に、光り輝く丸い板が現れた。
『なんだ、これ……』
直径三メートルほどの光る円盤。その円盤は地面から少し浮かんでいる。
「この魔法の円盤で荷物を運ぶのです。おそらく五百キロくらいまでなら難なく運べますので、あのフォレストボアでも問題なく運べるでしょう」
『五百キロも運べるのかよ。魔法のタンカーみたいなものだな。なんとも便利な魔法もあるもんだぜ』
「魔法は使い方次第で、とても便利なのですよ」
『なるほどね〜』
さらにマーリアが説明を続ける。
「城や砦を築く際に、石材や木材などを運ぶのにも使われる運搬用魔法です。我々のような非力な種族には、大変便利なのですよ」
『まさにトラックやダンプカーだな――』
今度はマーリアが首を傾げていた。トラックもダンプカーも知らないだろうからな。仕方ない。
「さあ、それではフォレストボアをフローディングディスクに載せましょう」
マーリアの言葉に全員が袖を捲って力瘤を見せる。
『ああ、載せ替えるのは人力なのね……』
「当然です」
そして、俺たちは十人がかりでフォレストボアの死体をフローディングディスクの上に移動させて載せる。
「よーーし、全員気張ってけぇ〜〜!!」
『「「「「「おおっ!!」」」」』
全員でフォレストボアの死体を全力で押した。だが、なかなか動かない。流石は三百キロサイズである。一筋縄では行かない。
『重ぃぃいいい!!』
「もう少しですよ、シャドー様!!」
『おうよ!』
「とぉりゃぁあああ!!」
流石は推定三百キロの大物だ。ちょっとやそっとでは動かない。フローディングディスクの上へ動かすだけで一苦労だった。
「ファイトォォオオ!!」
『イッパァァアアツ!!』
そして、やっとのことでフォレストボアをフローディングディスクの上に載せることができた。たぶん三十分ぐらいは奮闘していたと思う。
「ぜぇ、ぜぇ……」
『ふぅ〜……』
皆が汗だくで息を切らしていた。やはり、力仕事は細身のダークエルフたちには向いていないのだろう。
俺も力仕事は嫌いだ。いや、そもそもどのような仕事も嫌いだ。
『や、やっと載ったぞ……』
「ご、ご苦労様です、シャドー様……」
『マジ、しんどい……』
「ぜはぁ、ぜはぁ……」
それから俺たちは村へ帰還する。
ダーク村では狩りの成功を歓迎ムードで出迎えてくれた。俺たちが狩ってきた獲物の大きさに村人たちも驚いている。
「うわぁ〜、デカ〜い!」
「きゃっは〜、きゃっは〜!」
子供たちが狩ってきたフォレストボアの周りをぐるぐるとはしゃぎながら回っていた。大物に興奮している。
『すげぇ〜、大歓迎だな……』
「これだけの大物が獲れるのは、久々ですからな」
『そうなんだ〜』
それについては、喜ぶ村人たちの表情を見ていたのならば理解できた。それだけ貴重な食糧になるのだろう。
肉だけで、何人分取れるかも判らなかった。たぶん、たくさん取れるのは間違いないだろう。
俺がフォレストボアの頭をペシペシと叩きながら尋ねる。
『それで、こいつはどうするの?』
「早速、解体します」
『解体か――』
すると男たちが、ノコギリや斧などを持ってくる。何故か殺伐としていた。
『獲物を解体するような道具じゃねえな……』
「これだけ巨大だと、普通の調理具では歯が立たないのですよ」
『そうなんだ……』
それで、大工道具らしい……。
彼らはそれらを使って、フォレストボアの死体を解体し始めた。見る見るうちに巨体が切り分けられていく。
まず腹を裂き、内臓を引きずり出す。なんともグロテスクな光景である。
続いて生皮を綺麗に剥がし始めた。するとピンク色の綺麗な脂肪の層が露わになる。
それからやっと、手足を切断し始める。関節が切断できないのか、斧でガッツンガッツンと叩いていた。それ以上に太い腰骨に関しては、ノコギリでギーコーギーコーしている。
それにしても、生々しい。さっきまで生きていた獲物だ。新鮮だからこそ鮮血が残酷に見えた。
しかし、誰一人として顔を背ける者はいない。それどころか真剣にも楽しそうに解体ショーを眺めている。これが異世界では普通の光景なのだろう。
食糧となる動物の解体――。
現代日本では、それは本職の解体職人の仕事だ。一般人が動物を解体する機会はほとんどない。解体現場を見る機会も少ないだろう。
人によっては、魚すら捌いたことがない。綺麗に捌かれ、店頭に並んだ姿しか知らないのである。
だから俺も、見慣れない光景に少し引いてしまう。血が絶え間なく流れ出る様子を見ていると、複雑な気分になった。
たぶん、解体職人たちは、これを日々の仕事として当たり前にこなしているのだろう。本当に頭が下がる思いだ。
俺ならキモくて気が狂うかも知れない。
眼前には大きな角切り肉が置かれていた。俺はピンク色に艶めく肉の塊を眺めながら問う。
『ところで、解体した肉は皆に配るのか?』
「いえ、まずは氷室で保存します」
『氷室なんて、在るんだ』
「当然ですよ。ははっ」
氷室とは、冬に積もった雪や氷を室内に蓄え、天然の冷蔵庫として活用する施設のことである。
どうやら、この村にも氷室があるらしい。電気で動く冷蔵庫なんて無い世界なのだ、当然なのかも知れない。
哪吒を担ぎながらシーンが述べる。
「我々村の若い衆が狩ってきた獲物は、解体した後に氷室で保存し、冬への備えとするのが決まりです。ただし、傷みやすい部位だけは保存せず、その日のうちに食べますが」
『傷みやすい部位って?』
「あれです」
シーンが指差した先には、フォレストボアの内臓が山盛りに載せられた大皿が置かれていた。かなりグロテスクである。
『ああ、ホルモンも食べるんだ』
「当然です。大切な食糧ですからな。骨一本たりとも無駄にはしません。それが大自然への感謝ですぞ」
『骨は何に使うんだ?』
「弓矢の鏃に使えますし、ほかにもさまざまな用途があります」
『なるほど――』
そして、切り分けられた肉を布で包むと、それらを村人たちは氷室へ運び始めた。
「こちらが氷室です」
『おお〜』
村の中央に氷室は建っていた。蔵のような造りの建物の中は冷ややかだった。室内の片側には白い雪が山となって積まれている。
『さぶぅ……』
室内では、吐く息が白かった。
室内の広さは三十畳ほど。片側には雪山があり、反対側には食糧と思われる荷物が積まれていた。
戸棚には様々な食糧が収納されている。そのほとんどがカチンコチンに凍っていた。霜を貼っている。
これらがすべて冬の食料なのだろう。
『結構な量を溜め込んでいるのだな』
「冬に食糧が枯渇するのだけは、絶対に避けたいですからね。寒さに凍えながら飢えるのは地獄ですぞ」
『それは怖い話だな』
俺は昔のことを思い出していた。
真冬の元旦、一月一日。しばらく買い物に出ていなかった。そのせいもあって、正月早々から食糧が尽きたのだ。
更には稽古のしすぎで腹ペコである。
冷蔵庫内に残っているのは、冷凍庫の氷だけ。あとは何も残っていなかった。
迂闊だったのだ――。
しかも、世間は正月だったため、近所のスーパーマーケットは閉まっていた。この辺にはコンビニも少ない。
近隣のコンビニまで車で片道三十分も掛かってしまう。大型デパートまでは一時間も掛かるのだ。
もしも近所に親戚の遥香が住んでいなかったら、俺は飢えて餓死していたかもしれない。
その時は、親戚の彼女が優しき女神様に見えたものだ。
それを思い出すと、真冬の食糧不足は恐ろしいと感じていた。
あの遥香が女神に見えるぐらいなのだから――。
そして、しばらく解体と運搬が並行して進んだ。それだけでも大仕事で、日が暮れるまで解体作業は続いたのである。
流石は大物である。普段よりも解体の時間が掛かっているらしい。




