26【狩りの追跡開始】
「はあ、はあ、はあ――」
困ったことに、懐かれた――。
「はあ、はあ、はあ――」
『あの〜、ケーン君って言ったっけ?』
「はあ、はあ、はあ――」
人間で言えば十五歳ほどに見えるダークエルフの少年、ケーンが答える。
「何でありましょうか、シャドー様?」
「はあ、はあ、はあ――」
『この子、どうにかしてくれないか……?』
「はあ、はあ、はあ――」
ケーンは困ったように苦笑を浮かべた。
「どうにかと言われましても……」
「はあ、はあ、はあ――」
ダークエルフたちが狩猟の準備をしている間に、俺はダイナウルフの一匹に懐かれてしまった。
巨大な狼が怖いからといって、克服しようと思ったのが間違いだった。
俺は狩りの準備の隙をついて異次元扉で実家へ戻り、冷蔵庫から魚肉ソーセージを取ってくると、それをダイナウルフに与えたのが切っ掛けである。
餌付けは成功――。
その結果、ダイナウルフの片割れに物凄く懐かれてしまったのである。
そのダイナウルフの名前はジャッカル。狼なのにジャッカルという名前を持つ、なんともおかしな狼である。
ちなみに、もう一匹はフォックスと言うらしい。こっちも狼の名前でなく狐である。
「はあ、はあ、はあ――」
『むむむ〜……』
そのジャッカルが俺に懐いてしまい、非常に困っていた。
「はあ、はあ、はあ――」
どうやらジャッカルは発情期らしく、俺を相手に異様なほど興奮しているようだ。大きな身体で抱きつき、前足で俺の首を羽交い締めにすると、後ろ足だけで立ったまま腰をヘコヘコと振り続けていた。モフモフの尻尾もブンブンと振り回している。
もう、なんとも複雑な気分である。
周りのダークエルフたちは、生暖かい笑顔を浮かべていた。若干ながら顔が引きつっている。
その光景を見ながら、マーリアが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「ジャッカルは、シャドー様の顔面に突っ込みたいのではないでしょうか?」
絶叫!
『やめてくれ! そんな冗談、絶対に言わないでくれ!!』
ジャッカルのヘコヘコは、ダークエルフたちの準備が終わるまで延々と続いた。俺はその間、ずっと狼に辱められる。
そして、ようやく出発となる。
その頃にはジャッカルも落ち着いたのか、ようやく俺から離れてくれた。
かくして、顔面の穴の初物は無事に守られたのである。
『うぇ〜〜ん、マーリア〜、怖かったよ〜』
俺はマーリアに泣きついた。彼女の袖を引っ張りながら泣いてみせる。
「はいはい、シャドー様。泣かないでください。何も汚されたわけでもないのですから」
『あれはレイプだよ。獣姦だよ。18禁でも表現できない行為だよ……』
マーリアの代わりにナビーがテレパシーで慰めてくれる。
【大丈夫です、泰三様。異世界では、すべてが合法です!】
『黙れ、このポンコツAIが!』
「何か言いましたか、シャドー様?」
『いや、何でもないよ、マーリアさん……』
こうして俺たち狩猟組は、十人と二匹で近隣の森へ入っていった。
普段は露出度の高い服装をしているダークエルフたちだったが、今日は厚着だった。肩も腹も隠している。できるだけ肌の露出を抑えた服を身に着けていた。
マーリアはいつものタイトスカートを穿いていない。リーンもミニスカートではなかった。革ズボンだ。それが残念である。
ダークエルフたちの装備は弓矢とレイピア。それにショートスピアを持っている者もいた。
一方の俺は、いつものジャケット姿だった。背中にリュックを背負っているだけである。
武器に弓矢を借りてはいるが、使うかは分からない。ジャケット内に隠している暗器のほうが心強かった。
ダークエルフたちは腰に革製の水筒を提げているが、俺はリュックの中にペットボトル入りのスポーツドリンクを忍ばせていた。喉が渇いたら、これで潤すつもりだ。
森を歩く先頭はシーンで、俺たちは一列になって森の中を続いていた。シーンが手慣れた手つきで鉈を振るい、茂みを切り開いていく。
俺は森へ入ってから、周囲を警戒しながら歩いた。森の中では時折、怪鳥の甲高い鳴き声が響いてくる。まるでアマゾンの熱帯雨林のようだった。
しかし俺は、アマゾンに行ったことがない。だからジャングルも体験したことが無かった。
俺はシティーボーイである。あまり大自然に囲まれた環境では過ごしたことがない。たまに山や海へとキャンプに行くぐらいである。
そのような俺の眼前を、ピンポン玉サイズの目ん玉に、蝙蝠の羽を生やしたヘンテコな動物が飛んでいった。あれは、なんだろう。
先程から何度か見るが、他の連中は気にも止めていないから無害なのだと思う。
『昼間なのに、この森は随分と暗いな……』
俺の後ろを歩くリーンが答える。
「この森は木々や茂みが多いですからね。陽の光が地上まで届きにくいのですよ」
『そうなんだ――。ん? 何かいる』
俺が近くの太い木へ目を向けると、幹に大きなカブトムシを見つけた。そのカブトムシは手の平サイズどころか、人の頭ほどもある大きさだった。現代世界では見かけないサイズの巨大昆虫である。
少しキモい……。
『な、なんか、すげぇ〜大きさのカブトムシがいやがるな……』
「ああ、フォレストビートルですね」
リーンは巨大カブトムシを両手で捕まえ、木の幹から引き剥がすと、その腹をこちらへ向けて見せた。ワシャワシャと動いている。
「この子は、よく焼いてから腹部をスプーンで掬って食べると美味しいんですよ」
『そ、そうなん……。食べるんだぁ……』
「蜜などを食べている個体は、甘くてウマウマです♡」
巨大カブトムシが腹を見せる姿は、エイリアンのフェイスハガーがワシャワシャと動いているように見えた。なんとも生理的に受け付けない。
現実世界でも昆虫食が一般的な国は多い。中国やタイ、アフリカの一部では、今でも昆虫を食べる文化がある。コオロギやセミなどを油でカラリと揚げ、姿そのままで食べるのだ。
アフリカの部族の中には、イモムシを生きたまま丸ごと口へ運ぶ食べ方をする人たちもいる。
俺が格闘技の試合でタイへ行った際、現地の女性が何気ない様子で、スナック感覚のコオロギの唐揚げを出してきたときは卒倒しそうになったものだ。
現地の人々は、その揚げコオロギを老若男女問わずバリバリとスナック感覚で食べるのである。
しかし、俺には無理だった……。
しかも、そのコオロギの唐揚げの中にカマキリの揚げ物を見つけると、その女性は「ラッキーね。それは当たりだよ♡」と明るく言っていた。
どうやら、カマキリの唐揚げは当たりらしい……。
日本との食文化の違いに恐怖を感じたものである。
「それ〜」
リーンが捕まえていたフォレストビートルを上空へ放ると、巨大なカブトムシは「ぶぅ〜ん」と羽音を立てて飛び去っていった。あれほど大きな体でも、ちゃんと飛べるようである。
『良いのか、逃がしても?』
「今回の狩りは大物狙いですからね。フォレストビートルを抱えたままでは邪魔になります」
『なるほど――』
こうして俺たちは森の中を突き進んだ。
しばらくして、先頭を進むシーンが足を止める。しゃがみ込むと地面を凝視した。
「――……」
『シーン、どうしたん?』
俺が背後から声を掛けると、シーンは振り返ることなく答えた。
「フォレストボアの足跡を見つけました」
『足跡?』
シーンが見つめている地面を覗き込むと、そこには獣の蹄の跡が残っていた。
『なんか、デカいな……』
その蹄跡はかなり大きい。俺の知っているイノシシとは比べものにならないサイズだ。カブトムシ同様、この世界では獣ですら巨大化しているのだろう。
シーンは地面の足跡を指先でなぞりながら言う。
「この足跡は、まだ新しいですね」
『分かるんかい?』
「踏まれた土が、まだ乾いていませんからね」
『なるほど。そんな些細なことで分かるんだ』
さすがは森で暮らす部族である。狩りの知識は、現代社会で生きてきた俺とは比べものにならないほど豊富なのだろう。
さらにシーンが続ける。
「この足跡からすると、獲物の体長は二メートルを超えていますな……」
『そんなにでかいのか!?』
イノシシが二メートルとは化け物だ。乙事主様サイズである。たぶん森の守り神に進化できるぞ。
だが、シーンたちの反応は俺とは違った。誰もが歓喜に目を輝かせている。
リーンが興奮気味にはしゃぐ。
「シーン兄様、久々の大物ですね!」
「この狩りが成功したのならば、しばらくは肉に困りませんね!」
ケーンも嬉しそうにはしゃいでいた。
どうやら大物の肉は貴重らしい。ダークエルフたちの様子から、それがよく分かった。
シーンは足跡が続く森の奥を睨みながら告げる。
「こっちだ。皆、追跡を始めるぞ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
気合いを入れたダークエルフたちは、次々と森の奥へ駆けていく。その瞳は真剣そのものだった。
俺も、その後に続いた。最後尾で列に続く。
『皆〜、待って〜。置いて行かないで〜』




