24【金徳寺金剛の戯れ】
東京都渋谷区、ヒカリヨビル。
そこは、日本を代表する数多くの企業がオフィスを構えることで知られる有名な高層ビルだった。
ビルの高さは約182メートル。敷地面積、約2,916坪。地上34階、地下4階建てである。
地下3階と地下4階は住民や企業専用の駐車場。地下2階から7階までは、雑貨店、衣料品店、コスメショップ、ネイルサロン、カフェ、レストランなど、多くのテナントが入居している。
8階は映画館。9階と10階はイベントホール。11階から17階までは再びカフェやレストランが並び、その他にも企業のオフィスが入居していた。
18階から最上階の34階までは、住居スペースと企業オフィスが併設されている。
そのうち、31階から33階まではゴールド商会の日本・東京支部として使用されていた。
そして最上階である34階には、ヒカリヨビルのオーナーであり、ゴールド商会会長の金徳寺金剛氏が、一人で暮らしている。
その34階から、今宵の物語は始まる。
34階でエレベーターを降りると、広いフロアへ出る。大理石の壁に大理石の天井。大きなガラス窓からは渋谷の街並みが一望できた。まるで展望台からの眺めである。
しかし、大きな窓の外はすでに夜だった。時計を見ると、時刻はとうに午後八時を過ぎている。
冬の夜は早い。外はすっかり闇に包まれていた。その暗闇を、渋谷のネオンが鮮やかに照らし出している。
最上階から見下ろす街並みでは、無邪気にはしゃぐ若者たちが虫けらのように小さく蠢いて見えた。
34階の広いフロアには受付があり、二人の美しい受付嬢が笑顔で立っている。床一面には深紅の絨毯が敷き詰められていた。
その奥には、金徳寺金剛氏が暮らす住居スペースへと続く廊下が延びている。
廊下の途中には、数人の黒服の警備員が詰める警備室があり、その隣には清掃や家事を専門に行う家政婦たちの詰所も設けられていた。
最上階の住居スペース。その最初の出入口は長い廊下の先にある。
両開きの自動ドアの脇には、木製の表札が掲げられ、【金徳寺金剛】と丁寧な墨文字で記されていた。近代的な自動ドアと木製の表札が、どこかちぐはぐな印象を与える。
自動ドアをくぐると、そこは玄関だった。
玄関だけでも十畳ほどはあるだろう。かなり広く、ここでスリッパに履き替えるらしい。
玄関の隅では、一人の若い女中が三つ指をついて常に待機していた。彼女の仕事は、来客にスリッパを差し出すことだけである。それ以外の業務は一切担当していない。
玄関の先は純和風の造りだった。床は板張りで、壁は落ち着いた漆喰仕上げ。襖や障子で部屋が仕切られており、まるで古い料亭のような趣がある。ここが34階のビル内とは思えなかった。
その奥に、金徳寺金剛氏のプライベートルームがあった。
部屋は四十畳もの広さを誇る和室で、三方向を鳳凰の絵が描かれた障子戸に囲まれている。正面には五十五インチの大型薄型テレビが設置されていた。
そのテレビの前では、小学生くらいの少年が一人、FPSの戦争ゲームに夢中になっている。
激しく響くゲーム音――。
「死ね死ね死ね! うぎゃ〜、殺された〜!!」
Tシャツ短パン姿の少年は、笑顔ではしゃいでいたが、どうやらゲームはあまり得意ではないらしい。キャラクターは復活して数分もしないうちに倒されてしまう。
そして、少年は自分のキャラが死ぬたびに怒り散らしてコントローラを畳に投げつけていた。
それでもゲームがよほど楽しいのだろう。少年は満面の笑みを浮かべながら、再びコントローラーを握り直した。直ぐにゲームを再開させる。
そのような様子を、三人の大人が畳に腰掛けながら眺めていた。二人は正座、一人は胡座をかいている。
少年の背後に座る大人たちは、男性が二人、女性が一人。年齢はさまざまで、身なりにも統一感がなかった。
右に男性、真ん中に女性、左に男性の順で並んでいる。右の男性だけが胡座をかいていた。
右の男性は二十代後半。極道風の強面な男だった。縦縞の入った白いスーツに青いワイシャツを着込み、ノーネクタイ。その代わりに金のチェーンネックレスを首から提げていた。
体格は少しやつれた細身。頬はこけているものの眼光は鋭い。しかし、その表情からは世間を舐め切ったような雰囲気が漂っている。髪型はパーマを掛けたリーゼント。まさにチンピラそのものだった。
真ん中の女性は三十歳ほど。長い髪を後頭部でお団子にまとめ、銀縁の眼鏡を掛けている。レディーススーツに小柄な身体を包んだ姿は、お堅いキャリアウーマンそのものだった。眼差しも冷たく、感情を表に出さない。愛や恋などにはまるで興味がなさそうな雰囲気である。
左の男性は三人の中で最年長。七十歳ほどの小柄な老人に見えた。身にまとっているのは和服の着物で、まるで落語家のような装いである。腰の帯には和風の扇子が一本差してあった。
髪型は短い刈り上げ。表情は穏やかで、口元には笑みを浮かべている。しかし、その笑顔にはどこか得体の知れない不気味さがあった。穏やかでありながら、奇怪な印象を与える笑みなのだ。
「あ〜〜ん、こいつらはゲームが強すぎだぞ。インチキじゃねえ!?」
コントローラーを畳に投げつけた少年が、ゲームの対戦相手に悪態をついた。それから振り返る。
少年が振り返り、大人たち三人と向かい合うと、大人たちのほうが一斉に頭を下げた。大人が子供に敬意を示しているのだ。
七三分けの髪を指先で撫でた少年が、怪しく微笑みながら言う。
「やあ、三人とも。よく来てくれたね」
「「「――……」」」
三人の大人は無言を貫き、頭を上げない。それを見た少年が気楽そうに声を掛ける。
「三人とも、頭を上げて構わんぞ。楽にしてくれ」
「「「ははぁ――」」」
三人は言われたとおりに頭を上げた。その眼差しは真剣そのものだった。
真ん中に正座で腰掛ける女性が述べた。
「金徳寺金剛様、今宵は何用で我々三人をお呼び出しなのでしょうか?」
金徳寺金剛と呼ばれた七三の少年は、胡座をかきながら身体を反らせる。背後に両手をつき、天井を見上げた。
その姿勢のままで述べる。
「先日な、服部泰一が死んだんだ」
その言葉に和服の老人が口を開いた。
「その話は聞いておりますとも。なんでも、不老不死に飽きたとか」
続いて極道風の男が口を開く。
「また、それか。最近の若い者はすぐに飽きやがる。鹿羽二郎に続いて服部泰一もだぞ。まったく、どうなってるんだか」
極道風の男は小指で鼻くそをほじりながら呆れ返っていた。ほじった小指を畳に擦り付けている。
続いて少年が述べる。
「だが、深淵の書の後継者はすぐに決まったぞ」
「「「まことですか?」」」
三人の大人が声を揃えた。
「ああ。服部泰一の孫、服部泰三だ」
極道風の男がリーゼントを掻きながら言う。
「また血族かよ。ウロボロスの書物は一子相伝じゃねえんだぞ」
その悪態を、和服の老人が笑いながら宥める。
「まあ、そう言いなさんな、鬼頭君。誰しも自分の子孫が可愛いものなのですよ。だから書物の権利を継がせたがる」
「俺は子供がいないから分からねえんだよ。あいつらと違って、子供ができる前に権利者になったからな」
姿勢を前に戻した金徳寺金剛が、胡座をかいた膝を一つ叩いてから述べる。
「まあ、そこでだ。早速ながら試練を開始したんだわ〜」
少年は無邪気に笑っていた。試練の開始が相当楽しみだったのだろう。
続いて鬼頭と呼ばれた男も笑顔に戻って言葉を返す。
「ならば、今回も一番手で俺が出向くぞ。いいよな、金徳寺様!」
金徳寺金剛は顔の前で手の平を振りながら言う。
「一番手は、すでに鹿羽五郎が出陣した。しかも試練は終了して、合格を出している」
鬼頭は感情を荒げながら大声を上げた。
「なんだと!? あの脳筋空手馬鹿のくせに、俺より先に出向くなんて十年早くねえか! 後輩なら先輩を立てろってもんだ!」
その言葉に和服の老人が口を挟む。
「ならば鬼頭君も、普段から先輩である我々に礼儀を正してもらいたいものですな」
「それとこれとは話が別だ!!」
黙って聞いていた銀縁眼鏡の女性が、鬼頭の頭にチョップを叩き落とした。
「別じゃない。ちょっとは君も弁えろ」
「いて……」
そのようなコントさながらのやり取りを聞いていた金徳寺金剛が微笑みながら述べる。
「まあ、そんなわけだから、君らにも試練を行ってもらいたいんだわ〜」
三人は「畏まりました」と頭を下げる。
そして金徳寺金剛は、短パンのポケットから何かを取り出し、三人の前に置いた。
「これは?」
それはクルミの種のような物だった。
「これは、世界樹の種だよ」
「「「世界樹の種……?」」」
三人が首を傾げる。
「使い方は魔法使いに訊いてくれ」
「あのロリコンにですか……」
銀縁眼鏡の女性が怪訝そうに顔を歪める。
だが、その女性よりも早く、和服の老人が世界樹の種を一つ拾った。
種を眺めながら言う。
「分かりましたとも。この鳥山石燕が承りましょうぞ」
続いて銀縁眼鏡の女性も世界樹の種を拾いながら述べる。
「分かりました。この鏡野鏡子も承りますわ」
最後に極道風の男も世界樹の種を拾い上げ、同意した。
「分かったぜ。これを使わせてもらうぞ」
三人はそれぞれ世界樹の種を懐に仕舞い込むと、和室を後にした。
その後ろ姿を見送りながら、金徳寺金剛が囁く。
「いや〜、楽しみだな〜。あの三人が、どのように世界樹の種を使うのか、早く見たいよ〜」
こうして、新たなるゴールド商会の試練が始まるのであった。
試練のネタは世界樹の種。それがどのような物かは、手渡された三人もまだ知らない。
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by、ヒィッツカラルド。




