23【オリハルコン】
ダーク村の外れ。白壁に囲まれた敷地の隅。
そこに、一軒の煉瓦造りの小屋があった。小屋の中からは、鉄を打つ硬い音が幾度も響いてくる。
煉瓦造りの小屋の屋根からは煙突が突き出ており、その煙突からは狼煙のような煙が絶え間なく立ち上っていた。
扉も窓も全開にされており、室内からは真夏の外気以上に熱い空気が噴き出している。
小屋の中では、煤だらけの厚い革エプロンを締めたダークエルフの男性が、炉の前で鍛冶仕事に励んでいた。ダークエルフとは思えないほど太く筋肉質な腕で、大きな金槌を力強く振るっている。
汗だくになったその男性は、ツルツルのスキンヘッド。白髪の長髪が多いダークエルフの中では、頭を丸刈りにしている者は珍しい。ダーク村でも坊主は彼一人しかいない。
鍛冶仕事をするうえで髪が邪魔になるため、思い切って剃り上げてしまったのだ。彼は何よりも効率を重んじる性格なのである。
彼は、村で数少ない鍛冶屋だった。ダークエルフは鉄を扱う技術に乏しく、人間やドワーフには到底及ばない。
しかし、自給自足の生活であっては金物が欠かせない。レイピアなどの武器はもちろん、鍋や農具なども必要である。それらの製作と修理を、彼がほぼ一人で担っていた。
現在は村の若者が一人だけ弟子についている。だが、その腕前はまだ半人前どころか見習い同然。一人前になるまでには、あと十年以上はかかるだろう。
その弟子も今日は休みである。おそらく趣味の釣りにでも出かけているのだろう。朝から姿を一度も見ていない。
その鍛冶屋小屋で男が汗だくになりながら働いていると、一人のダークエルフが訪れた。
男は白い短髪をオールバックに纏めた、筋肉質な細マッチョ。腰には鞘に収まったレイピアを提げていた。
朝、シャドーと一戦交えたダークエルフの男――水鳥剣のレーンである。
鍛冶屋の男は歩み寄ってくるレーンに気付くと、気楽な口調で声を掛けた。
「よう、負け犬。腹の傷は治ったんか?」
馴れ馴れしく揶揄されたレーンはバツが悪そうな表情で答える。
「妹のアイーリにフォレストヒールで治療してもらった。もう完治している……」
そう言いながら、レーンは着ている服の裾をたくし上げた。
シックスパックに割れた腹筋の中央には、小さな刺し傷が、古傷と化して残っている。スペツナズ・ナイフで射抜かれた傷跡だろう。
鍛冶屋の男は片手を差し出しながら言った。
「なあ、撃ち込まれた刃物を見せてくれないか?」
「ああ、分かってる……」
レーンは懐からスペツナズ・ナイフの刀身を二本取り出し、鍛冶屋へ手渡した。つい先程まで、自分の腹と脚に突き刺さっていたものだ。
鍛冶屋の男は刀身を受け取ると、まず手の感覚だけで重さを確かめた。
続いて金床へ軽く「カン、カン」と当て、澄んだ金属音に耳を澄ませる。
「なんて高品質な鉄なんだ……」
「音だけで分かるのか?」
「うむ、解る。響が異なる」
怪訝な顔で「本当かな〜」とレーンは首を傾げていた。いまいち信用していない。
さらに鍛冶屋の男は刀身を様々な角度から眺め、刃紋や光沢を丹念に観察した。
「これは……普通の鉄ではないな」
「普通の鉄じゃない、とは?」
どう言うことかとレーンは疑問に抱く。
すると鍛冶屋は予想外のことを言い出した。
「ひょっとすると……伝説のオリハルコンではないか?」
「オ、オリハルコンだって!?」
レーンは目を見開いて驚愕した。
この異世界においても、オリハルコンは伝説級の鉱石である。
実在するかどうかさえ定かではなく、現物を見た者などほとんどいない。いたとしても嘘の可能性が高いのだ。
もちろん、レーンも鍛冶屋の男も、本物のオリハルコンを目にしたことは一度もなかった。それが当たり前なのである。
そのオリハルコン製の刃物が眼前に在る。それにレーンは驚かずにはいられなかった。
レーンが確かめるように問う。
「刀身の素材が、オリハルコンだという根拠は?」
ナイフの刀身を手の上で眺めながら、鍛冶屋が言った。
「まずは重さだ。明らかに普通の鉄より軽い」
そう言うと、鍛冶屋は同じくらいの大きさの刃物を一本持ってきて、レーンに手渡した。
レーンも、その刃物とスペツナズ・ナイフの重さを比べてみる。
しかし、違いは判らなかった。
「んん……。少し軽いのか……。俺には判らん……」
「まあ、この程度の差では素人には難しいか」
鍛冶屋は意地の悪い笑みを浮かべた。その表情に、レーンはわずかに苛立つ。
「第二の根拠は、音だ」
そう言うと、鍛冶屋はナイフを金床に軽く当てた。
カン、カン――。
乾いた澄んだ音が鍛冶場に響く。
「音?」
「鋼とは響きが違うのだよ」
その違いも、レーンには判らなかった。長年にわたって鉄と向き合ってきた鍛冶屋だからこそ、わずかな音色の違いすら聞き分けられるのだろう。
「この響きなら、並の鉄とは硬さも性質も異なる。それは間違いない」
熟練の鍛冶屋が断言するのだから、間違いないのだろうと、レーンは納得するしかなかった。
ナイフの刀身を眺めながら、坊主の鍛冶屋が言う。
「あの顔面穴開き男は、何者だ。本当に深淵からの使徒なのか? 本当にシャドーホールン様の生まれ変わりなのか?」
「分からん。だが、不思議な点は多い」
「だな……」
レーンもナイフの刀身を眺めながら言う。
「この刀身、唐突に飛んできた」
「ああ、それは俺も見ていたよ」
早朝、鍛冶屋もハンバーガーを食べながら、広場で二人の決闘を観戦していた。
あの時の決闘を思い返しながら、レーンが述べる。
「刀身が飛んできた時、投擲のモーションは一切なかった。剣や十字の刃物を投げる時には、それらしい動きがあったのにな」
続いて鍛冶屋が口を開く。
「魔力の反応も見えなかった。魔法で刀身を飛ばしたわけでもなさそうだった」
「ああ。確かに魔力を練る素振りはなかった。あれは魔法の類ではあるまい」
答えはスプリングによる発射である。しかし、この異世界には、まだスプリングという技術そのものが存在していない。
現代社会では、十五世紀頃のヨーロッパで、機械式時計や火縄銃の部品として金属製のバネが本格的に開発された。
だが、この異世界の科学技術は十五世紀の水準にも到底及ばない。スプリングという知識は皆無であり、鍛冶屋にも弾力と反発力を備えた金属バネを製作する技術は存在しない。
だからこそ、この二人には、スペツナズ・ナイフがスプリングによって刀身を発射したという発想すら浮かばなかった。
彼らには、激しい金属音が鳴った直後、刀身が突然飛び出したようにしか見えていなかったのである。
「なあ、レーンよ」
「なんだ、ハート?」
「この刀身、俺が預かってもいいか?」
「構わんが」
「少し研究させてくれ。同じ金属が作れないか試してみたい」
「分かった」
ちなみに、スペツナズ・ナイフの刀身はチタン製である。鋼とはまったく異なる金属だ。オリハルコンではない。
チタンとは、元素記号Ti、原子番号22の遷移金属である。鉄のおよそ六十%という軽さでありながら、高い強度を持ち、優れた耐食性も兼ね備えている。そのため、「軽くて強い金属」の代表格として、航空宇宙産業から医療分野、さらには身近な日用品に至るまで幅広く利用されている。
この異世界の住人から見れば、まさに未来の超金属と言える存在だ。彼らがオリハルコンだと勘違いしても、不思議ではない。
もっとも、オリハルコンとはまったく別の金属なのだが――。
そんな勘違いをしながら、二人はナイフの刀身をじっと眺め続けていた。
無知とは、哀れなものである。
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by、ヒィッツカラルド。




