22【弓矢の練習】
昼食後――。
自前の弓矢を両手に持ったシーンが述べる。
「これが弓で、こちらが矢です」
『そのぐらいは俺でも知っている……』
「ですよね……」
『シーン、俺を馬鹿にしてるのか?』
「いいえ!」
シーンは笑っていた。それだけ俺に馴染んできた証だろう。そう思って俺は呆れながらも納得した。
ダーク村での昼食後。俺は村の広場で、シーンやマーリアから弓矢の使い方を習っていた。興味本位で指導を頼んだのである。
俺は現実世界でも弓道を習ったことはなかった。真似事程度に弓矢を手にしたことはあったが、本格的に扱った経験はまったくない。
現実世界では弓矢なんて使う機会が皆無である。だって、拳銃があるんだもの。こんなローテク武器なんて、オリンピック競技ですら使わないだろう。使うならば現代風のアーチェリーである。
まあ、それを言うと俺が使う忍具も同様なのだが……。
しかも、俺が使う忍具はどんな競技ですらも使われない……。現実は厳しいのだ。
「シャドー様、まずは弦を力いっぱい引いてください」
『お、おう……』
午前中にレーンと決闘を繰り広げた村の広場。その外れには弓矢の訓練場があった。
そこには白壁沿いにいくつかの的が設置されていた。丸太を輪切りにした的の大きさは直径五十センチほど。的や白壁には、練習で放たれた矢の傷が無数に刻まれている。
俺が弓矢の指導を受ける様子を、ボロ屋の陰から子供たちが覗き見ていた。相変わらずこちらには近寄ってこないが、楽しそうにはしゃいでいる。
『ぬぬぬっ……』
俺は借りた弓の弦を力いっぱい引く。案外と弦は硬く、重い。現実世界で遊び半分に触った弓とはまるで別物だった。
こちらの弓矢は、生きるために狩りで使う本物の弓矢である。だからこそ、造りも性能も本気だった。
弓の長さは一メートルほど。硬い木材を板状に加工し、それを何枚もの鋼と重ね合わせて作られている。板と鋼を何層にも重ねているため、弦を引くだけでも相当な力が必要だった。
それをシーンやマーリアは軽々と引いてみせる。凄い力だ。
硬い弦を引いて見せながら、シーンが言う。
「弦は力で引くのではありません」
『じゃあ、何で引くんだよ?』
「心です!」
『舐めてるな、この野郎……』
弓の弦はギターの弦とは違うのだ。心が綺麗だからといって、簡単に引けるわけがなかろう。シーンの野郎は俺をおちょくっているようだった。
続いて妹のマーリアが口を開く。
「シャドー様は弓の持ち方が違うのです。だから余計な力が入って、弦がうまく引けないのですよ」
『そ、そうなのか……』
マーリアが背後から俺の腕に手を添える。
「右手はここ、左手はここです。指先はこんな感じです。そして弦を引く際は、後ろへ引くのではなく、両腕を左右へ広げるような意識で、弓全体を胸元へ引き寄せるように引くのです」
『うむ、こうかな……』
俺はマーリアの指導どおりに弓を引き直す。少しコツを掴めたのか、先ほどよりもずっと引きやすくなった。
それよりも、マーリアの暖かい乳が俺の背中に当たっている。そのほうが気になった。
「そうそう、そのような感じです!」
『うむ……』
少し理解した。コツを掴んできたぞ。
『なるほど。力で引くのではなく、体全体で引くのだな』
「さすがはシャドー様です。飲み込みがお早いですね」
マーリアがにこりと微笑む。ポニーテール姿の笑顔はとても可愛かった。
「では、早速的を射ってみましょう」
『分かった――』
俺は狙いを定め、的に向かって矢を放つ。
矢は疾風のような速さで飛んでいった。しかし、的には命中しない。白壁に当たって跳ね返ってから地面に落ちる。
『むむむ、これは難しいな……』
「シャドー様は筋が良いので、すぐに慣れますとも」
気休めの慰めである。でも、これは練習あるのみだろう。それだけは間違いない。訓練あるのみだ。
それから俺は、一時間ほど弓矢の練習に励んだ。その間、シーンとマーリアが付き合ってくれていた。
リーンは少し離れた岩に腰掛けながらこちらを眺めている。そのリーンに子供たちが群がって遊んでいた。ツインテールが子供たちに弄ばれている。
『当たれ!』
幾度も幾度も矢を放つ。しばらくすると、ようやく矢が的に当たるようになった。しかし、的の中央を射抜くことはできない。やはり弓はなかなか難しい。一時間そこらの練習で習得できるものではないだろう。
俺の隣でシーンとマーリアも弓を引く。二人が放つ矢は百発百中で的に命中し、そのほとんどが的の中央を正確に射抜いていた。兄妹揃って凄腕である。
『お、お前ら、上手いな……』
兄妹は顔を見合わせて微笑む。
「子供の頃から習慣的に弓矢を引いておりますからな」
「私たち、物心ついた頃には、もう矢を放っていましたから」
『そりゃあ、マジ凄えな……』
感心してしまう。こいつらは弓矢の達人だ。もしもオリンピック競技のアーチェリーに参戦したら、間違いなく金メダルが取れただろう。
弓矢を下ろしたシーンが述べる。
「そもそもエルフ族やダークエルフ族は、弓矢の才能に恵まれた者が多いのです。これは種族的な特性なのですよ」
『そうなんだ』
シーン曰く――。
エルフ族やダークエルフ族は、生まれつき優れた動体視力と集中力、そして器用さを備えている者が多いという。そのため、弓矢の扱いを覚えるのも早く、幼い頃から訓練を積めば五十メートル以上離れた獲物でも正確に射抜けるほどの腕前になるらしい。
また、森で狩りをして生活してきた長い歴史もあり、弓矢は彼らにとって最も馴染み深い武器なのだという。まさに、エルフ族やダークエルフ族を象徴する武器と言っても過言ではないそうだ。
そして、しばらく訓練を終えた頃、シーンが提案した。
「シャドー様も、だいぶ弓矢に慣れてこられたようですし、森へ入って狩りでもなさいませんか?」
「そうですね。今の季節なら、フォレストボアが狩れるでしょう」
『おいおい、いきなり実戦かよ。それは無理じゃね!?』
「そんなことは無いでしょう。行けますよ」
『森とか危険じゃねえの?』
短絡的に提案する二人に俺は拒否を示した。しかし二人は聞かない。笑顔で言う。
「大丈夫ですとも。私たちの他にも数人がお供いたしますので、気楽な気持ちで狩りを楽しみましょう。万が一も有りませんとも」
『そ、それなら……』
俺はしぶしぶ同意した。
しばらくして数人の村人が集められた。シーン、マーリア、リーンの三人に加え、男女六人が同行してくれるらしい。なんとも心強い。
こうして俺は、生まれて初めての狩りへと出発した。皆で森の中へ足を踏み入れていく。




