21【異世界の食卓】
異世界の時間帯は昼食時。
俺は族長ラーオに昼食へ誘われ、食卓を囲む。屋敷の食堂には長テーブルがあり、上座にラーオが腰掛け、その右手に長男シーン、左手にマーリアとリーンが腰掛けていた。俺はシーンの隣の席へ案内される。
椅子に腰掛けながらしばらく待っていると、台所で働いていた女中たち三人が食事を運んできた。
テーブルの中央には皿の上に盛られたいくつかのパンが置かれる。そして、各自の前に配られた皿へ、女中たちがスープを木製のお玉で注いで回っていた。
この一家はダークエルフ族の中でも貴族扱いのようだ。それでも食事は質素に窺える。
『んん〜……』
俺は注がれたスープを覗き込む。具材は角切りの肉と芋のようだった。濁ったスープには刻まれたハーブのようなものが浮いている。匂いだけは良いが、見た目はそれほど美味しそうでもない。
やがて全員にスープが行き渡ると、ラーオが両手を組み合わせて祈り始めた。すると子どもたちも父親に続いて祈り始める。
西洋の食卓でよく見られる光景なのだが、俺は黙ってそれを眺めていた。
俺は日本人らしい無宗教主義である。食卓で祈る風習もない。最後に「いただきます」と言ったのがいつだったのかすら覚えていなかった。
祈り終えたラーオが俺に訊いてきた。
「シャドー様は、神に祈らないのですか?」
『祈らん』
俺は素っ気なく答えた。それから逆に問い返す。
『お前たちにとって、神とは何なんだ?』
「シャドーホールン様です」
『ならば、俺が俺に祈るのはおかしな話だな』
「確かに……」
あまり納得がいっていない顔だった。しかし、深くは突っ込んでこない。
そして、食事が始まった。
まず俺はスープを啜る。
木のスプーンは太く、少し使いづらかった。それにスープもあまり美味しくない。何より味付けが塩だけで薄かった。ハーブも香りばかりで、ほとんど味は感じられなかったのだ。
続いてパンを中央の皿から一つ取る。
『硬いな……』
手に取っただけで分かるほど硬いパン。黒パンと呼ばれる種類だ。それはフランスパンより硬かった。釘が打てるぐらいの硬さである。
黒パンとは、日本ではほとんど食べられることはないパンである。西洋で昔に食べられていた庶民のパンだとは知っていた。有名な貧乏パンである。
この時代では、この黒パンが主流なのだろう。たぶん、白パンは高級品なのだと思われた。
『うむむ……』
たった一度の食事で悟れる。この異世界の食文化はかなり水準が低いようだ。これでは、現実世界から何を持ち込んでもご馳走扱いされそうである。
そもそも現代社会では、いまだに黒パンを食べている文化圏は残っているのだろうか。ほとんどの国が日本同様に白パンを食べていることだろう。
黒パンと白パンの差は極端だ。純白ってだけで品質が良いことになる。
日本の白米だって同じである。昔の日本だって、貧乏な頃は白米に、ひえ、あわ、きびなどを混ぜてかさ増ししていたものなのだ。それで白さが濁る。
食事の際に、どんな時代でも、どのような世界でも、純白とはご馳走なのである。
『なあ、ラーオ。この辺では一日に何食くらい食べるんだ?』
「一日の食事回数ですか?」
『そうだ』
「我々妖精族の多くは一日三食ですな。ドワーフ族は一日五食も食すると聞いています」
『そんなに食べるのか……』
流石はデブ種族である。こんなことを言うと、人種差別になるのだろうか。
「人間族は一食の量が多い代わりに、一日二食しか食べないと聞いたことがあります」
『そうなんだ〜』
やはり食事回数も文化によってさまざまのようである。異世界だからといって統一されているわけではないようだ。
ちなみに現代社会で一日で三食食事を取る国は日本を始め、台湾、アメリカ、フランスが有名である。その他の国は一日二食が多いらしい。
一日に五食も食べるのは、フィンランドやネパールだと言われている。
再び俺が問う。
『なあ、朝方に俺が配ったハンバーガーなんだが――』
瞬時に四人の顔が明るく花咲いた。ハンバーガーの味を思い出しているようだった。
「あれは大変美味しかったですぞ!」
『どのぐらい?』
「どのぐらいとは……?」
俺は眼前の食事を指差しながら問う。
『この食事は、お前たちからすると、十点満点中で何点なんだ?』
ラーオは整った顎に手を添えながら考える。息子や娘たち三人も同じように考え込んでいた。
「いつもながらの料理ですからな。五点ぐらいですかね……」
「うむ、五点ですな」
「五点ね」
「五点かな」
子供たちも五点だと同意した。
どうやらこれでも五点らしい。俺からしたら一点だ。もしかしたら0点かもしれない。それどころか食事と判定できないかもしれない。
『ならば、朝に配ったハンバーガーは何点だ?』
全員が声を揃えて即答する。
「「「「十点!!」」」」
さらに興奮したシーンが声を張り上げた。
「あれは十点どころではありません。百点、否、千点ですよ!!」
他の者たちも激しく頷いていた。壁際に控える女中三人も、つられるように何度も頷いている。
ここにいる全員が、その高評価に完全に同意していた。ハンバーガーは千点満点らしい。
ツインテールの娘リーンが、懇願するように言ってきた。
「シャドー様、私はまた、あの肉はさみパンが食べたいです!」
『んん〜……』
俺は腕を組んで考え込んだ。
『食べたいと言われても、あれを村人全員に配るのは大変だからな。お金も手間も掛かるんだ……』
俺はウーパーイーツの配達員が三人がかりで配達していた姿を思い出していた。仕事とはいえ、七十四人分もの配達は大変な重労働だろう。あまり苦労は掛けたくない。
しかし、自分で七十四人分のママクドセットを見せまで取りに行くのも御免である。かなり面倒くさい。
数を減らして、一部のものに配るって手もあるにはある。
だが、一部の者だけにママクドを振る舞えば、不公平だと言われそうだ。
俺が悩んでいると、シーンが提案した。
「ならば、シャドー様の金塊集めに貢献した村人へ、ご褒美として振る舞ってはいかがでしょうか?」
名案である。ご褒美的な給料代わりにママクドを振る舞うのも悪くないかもしれない。そのほうが安上がりで済む。
ハンバーガーと金塊の交換。圧倒的に利益を得るのは俺のほうだろう。
しかし、少しだけ心が痛む。我ながら卑劣な考えにも思えた。金塊とハンバーガーのトレードはボッタクリ過ぎだろう。
『まあ、金塊集めのご褒美としては考えておこう。それと、村人全員に配れるのは祭りの時ぐらいかな』
「祭り」という単語を聞いて、ラーオが言った。
「我々ダーク村の祭りは、年に二回だけです。収穫祭と、年の暮れの祭りです」
『祭りは年に二回か。そのぐらいなら、俺でも奢れるな』
その言葉を聞くと、四人は小さくガッツポーズを取った。女中たちも静かに笑顔になっている。
「よしっ!」と、そんな小さな喜びの声が聞こえてきた。
俺はふと思い出す。確か従姉妹の遥香が、カレーを作り置きしていったことを――。
冷蔵庫の中には、大鍋いっぱいのカレーが置かれているはずだ。腹が減らないせいで、すっかり忘れていたのである。
あれも早く食べないと悪くなってしまう。処分を考えないとならないだろう。
『なあ、ラーオ――』
「なんでありますか、シャドー様?」
『今晩の食事は、俺に任せてもらえないか?』
「ええっ!?」
家族全員が驚いていた。何を言い出すのかといった表情をしている。
『深淵の我が家に作り置きしてある食事があるのだが、早く食べないと悪くなってしまう。いっそのこと、お前たちで食べてくれないか?』
「よ、良いのですか……?」
『構わん。女中さんたちも一緒にどうだ?』
女中三人が声を揃えて聞き返した。
「「「良いのですか!!」」」
『ラーオたちが構わないのなら、俺は構わんぞ』
女中たち三人の視線が主であるラーオへ集まる。彼女たち三人が主人に対して無言の圧力を掛けていた。その圧にラーオが負ける。
「シャドー様がそうおっしゃるのであれば、私は構いません……」
『よし、決定だ。今夜の夕食は深淵のご馳走だぞ!』
「「「「「「「イエーーイ!」」」」」」」
食堂にいる全員がガッツポーズを取り、大いに盛り上がっていた。どうやら夕食が本気で楽しみなようだった。
俺は従姉妹が作ったカレーが美味しいことを祈った。
まあ、カレーの味は問題無いだろう。何せ手作りと述べても市販の固形ルーで作った代物だ。ゴミ箱にパーモンドカレーの箱が捨ててあったから間違いないだろう。
それを遥香とて不味くはできまい。インスタントカレーは最強なのだ。




