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20【高価な塩】

 俺はダークエルフの村内をマーリアに案内されていた。俺たち二人の後ろをダークエルフの子供たちが四人ほどついてきている。たぶん俺が珍しくて興味が湧いているのだろう。


 住居の陰に隠れながらついてくる子供たちだったが、無邪気にも騒いでいるのでバレバレである。隠れている意味がなかった。


『何処の世界でも、子供ってのはわんぱくなんだな〜。元気が一番だぜ』


「そうですね。くすす――」


 ダークエルフたちの村であるダーク村は、小山の頂上に築かれていた。四方を白壁に囲まれた敷地内には、多くの住居が建ち並んでいる。


 元山城を利用して築かれた村は、守りが鉄壁と思えるほど、防御に優れた地形をしていた。四方に見張り櫓まで建っている。


 ここには総勢七十四人の村人が暮らしているらしい。そのほとんどが成人男女。子供たちが十人ほどである。老人に関しては二人しかいない。


 それらが白壁の中で暮らしているらしい。


 しかし、その住居のほとんどはボロ屋同然だった。木材の骨組みに掠れた漆喰の壁で造られた、まるで馬小屋のような造りである。屋根は板張りで、頭ほどの大きさの石を載せ、風で飛ばないように固定されていた。


 昔の時代劇で見るような、田舎のほったて小屋である。馬小屋と言われても疑わないだろう。


 白壁の内側には、水源となる井戸があちらこちらに掘られていた。釣瓶の滑車まで組まれている。


 排水は側溝を通って村山の外へ流れ出る仕組みになっていた。案外と水回りは清潔に取り組まれているようだった。


 そして、村山を囲む斜面は段々畑として開墾されており、石積みで柵られた畑で、小麦や野菜が栽培されていた。さらには側溝の排水が、畑に流れ込む仕組みとなっている。トイレの水も畑に流れ込むようだ。肥やしになるのだろう。


 村の西には、川幅が五メートルから七メートルほどの小川が流れており、水源には困ることのない立地である。井戸も川もあるのは、水源的にパーフェクトだろう。


 川上には、頂上が雪に覆われている山脈が窺えたから、そこから雪解け水が絶え間なく流れて来ているのだと思う。


 村の周囲は森や山に囲まれており、木の実が豊富に採れるとのこと。それに狩りができるほど獲物も多いらしい。


 だから、食糧難に陥ることは少ないようだ。冬でも食糧に困る年は少ないとのことである。


 ただし、この村の周辺には他の部族がいくつか暮らしており、それぞれと縄張り争いが絶えないらしい。


 それが、一番の問題らしいのだ。


 近隣の森にはエルフのライト族。北の山にはオーガ族。南の岩山地帯にはドワーフ族が幅を利かせている。


 どの部族とも仲が悪く、長年にわたっていがみ合っていた。小競り合いが絶えないのだ。


 その他にも野生の魔物が闊歩しているため、人間界からは危険な地域だと認識されている。


 西には人間の町があるのだが、こちらの地域まではほとんど踏み込んでこないらしい。たまに旅商人が訪れるぐらいだ。


 エルフ族もドワーフ族も、人間より長命な種族である。各々が人間より優れた種族と自負している。


 エルフから見れば、人間は下等種と認識されていた。


 ドワーフ族から見れば、人間は強欲な野蛮人と思われていた。


 同種族ともに人間族を野蛮で知能が低いオーガ族と同列に見ているのである。


 そのオーガ族とは、額に角を持つ蛮族である。知能が低いが戦闘向きな部族だった。


 しかし、その遺伝子は人間と同じだと言われていた。違うのは体格だけだった。


 オーガ族の平均身長は二メートル。女性でも百八十センチを下回ることはない。そして筋肉質で力強く、生命力も人間とは段違いである。


 そのために、人間国同士の戦争の際には、出稼ぎ感覚で傭兵として鐘を稼ぎに出ているらしいのだ。オーガは人間と闘争に関しては馬が合うらしい。


 オーガ族は、オーガ族同士の交配で数を増やすだけでなく、人間から進化して生まれる者もいる。


 人間が恨みや怒りを溜め込んだり、一つのことに執着して極め続けたりすると、オーガへ生まれ変わるという超常現象が発生するのだという。


 そのようにクラスチェンジして生まれたオーガは、純粋なオーガ族よりも強者になると言われている。


 中には魔王にまで登り詰めた、人間出身のオーガもいたほどである。


『この世界には、いろいろな種族がいるんだな〜』


 ダーク村の周辺状況は、このようになっていた。結構小競り合いが多く緊張感が高い地域なのだ。


 最初の夜に、シーンたちが俺を問答無用で撃ってきたのが理解できた。


 そして、金塊が欲しいのなら、人間の町へ下りるか、ドワーフの村を目指すのが一番手っ取り早いだろうとマーリアが説明してくれる。


 エルフとオーガは金塊に執着しないため、商売相手にはならないだろうと推測したのだ。エルフもオーガも物々交換が主体なのだが、彼らはあまり金塊を溜め込んでいないだろうと言っている。


 金塊を集める習性を持っているのは、人間とドワーフらしい。特に人間は金塊をコインに加工して、通貨に使っているぐらいだ。


 村の中を案内していたマーリアが、俺に問いかける。


「ですが、シャドー様は何をお売りになるのですか?」


『ああ、これだ』


 俺はしゃがみ込むと、足元の影に手を突っ込んだ。シャドーポケットの中から小さな荷物を取り出す。


 それは、家の台所に置いてあった塩の袋である。五百グラム入りの市販品で、五百円もしなかった品物だと思う。


「そ、それは……?」


 マーリアは、半透明のビニール袋に印刷された商品名を見て驚いていた。このような近代的な包装は異世界には存在しないのだろう。その鮮やかさに仰天している。


『しまったかな……』


 俺は少しマズったと思った。もう少し気を使うべきだった。次からはこちらの世界の革袋に移してから持ち込もうと考える。


「シャドー様、少しその塩を見せてもらえませんでしょうか?」


『いいよ――』


 俺は塩の入った袋を彼女に手渡した。塩の袋は開封されていたので、そこからマーリアが中を覗き込む。


「さ、触っても構いませんか……?」


『ああ、構わんよ』


 マーリアは塩を一つまみ掬うと、指先でサラサラとこぼして見せる。そして、匂いも嗅いでいた。


「こ、これはかなりの高品質ですね。これほどまでに純白な塩を、私は見たことがありません」


『そうなのか?』


「少し屋敷まで足を運んでもらえませんか」


『ああ、構わんよ』


 俺は村の中央に構える一番大きな屋敷へ向かった。ラーオやマーリアたちが暮らしている豪華な屋敷である。


 平屋造りの大きな屋敷は、他のボロ屋とはまるで異なっていた。


 屋根は瓦葺きで、障子戸もある。床は板張りだが、ニスのようなものが塗られており、艶やかに輝いて見えた。


 そこを土足で進んでいく。


 俺は土足で室内を歩く行為に嫌悪感を抱いていた。日本人特有の感覚だろう。


『やっぱり違和感が強いよな……』


 中庭は日本庭園を思わせるほど豪華絢爛で、侘び寂びを感じさせる造りだった。


 一般の住居より屋敷全体の造り込みが違いすぎるのだ。まるで御殿様の屋敷である。


「シャドー様、こちらに――」


『ここは?』


「台所で御座います」


 その屋敷の厨房へ俺は案内された。そこでは女中と思われるダークエルフの若い女性たちが三人ほど働いている。俺たちに気付くと、仕事の手を休めて深々と頭を下げていた。


 厨房内は少し蒸し暑い。働いていた女中たちも、少し汗ばんでいる。今は夏のようだから、台所仕事は蒸し暑くて大変のようだ。


 しかし、女中なのに露出度が高い服を着込んでいる。両肩は肌け、谷間が開いた胸元、へそ出しで、短いタイトスカート。とにかくダークエルフは露出度が多い。目のやり場に困ってしまう。


 テーブルの上には何種類もの野菜が置かれていた。何かの獣を捌いていた最中だったのか、赤身の肉の塊が俎板の上に載せられている。


 竈には大鍋が掛けられ、薪の火で湯が沸かされていた。たぶん昼食の準備をしていたのだろう。


 露出度の負けないマーリアが女中の一人に声を掛ける。


「ドーラさん、済みませんが、塩壺を見せてもらえませんか」


「畏まりました、お嬢様」


 応えた女中が戸棚から茶色い壺を持ってくる。バレーボールほどの大きさの丸くて茶色い壺には、草木を束ねた蓋がされていた。


 その蓋を開けると、俺は壺の中を覗き込む。


『これは?』


「この辺りで採れる岩塩でございます。それを砕いたものがこれでございます」


 俺は壺の中に手を突っ込むと、少しばかり岩塩の粉末を掬い上げた。


 サラサラとした塩は少し茶色い。古くて黄ばんでいるのではないかと思える色合いだった。


「この辺りで採れる塩は岩塩から採取しますので、少しばかり異物が混ざるのが常でございます」


『異物?』


「海水から採取される塩も同様に、異物が混ざるため多少黄ばんだ色になるのが当然です。海の臭いが染み付いている塩も多いのです」


 マーリアは何が言いたいのだろう?


「なのに、先ほどシャドー様がお見せになった塩は純白。それに無臭――。これがどれほど高品質か、お分かりになりますか?」


『分からん』


 塩は純白が当然だろう。臭いも無いのが普通だ。品質なんて考えたことがない。旨いか旨くないかぐらいしか判定のしようがないと思っていた。


「あの塩は、高く売れるということです」


『高く売れる?』


「その価値は、妖精族であっても人間族であっても同じ。何と引き換えにしてでも欲しいと思われる一品です」


『そうなのか?』


「あれを人間族の町で売れば、金塊などすぐに集まるのではないでしょうか」


『そ、そうなんだ〜』


 どうやらナビーが言っていたことは本当らしい。塩を売るだけで金が稼げるという話は事実のようだ。無臭で純白な塩は、それだけ貴重品らしいのだ。


『じゃあ、ちょっくら人間の町に行って、塩を売ってくるわ』


 マーリアは眉を顰める。


「何をそんな簡単に言っているのです……」


『ええ?』


 俺は穴の空いた黒い顔を傾げた。


「ここから人間の町までは遥か遠く。騎獣を使っても片道十五日は掛かりますよ」


『片道で半月かよ……』


 遠いな――。


 それよりも、騎獣って何だ?


 マーリアたち異世界人と話していると、時々分からない単語が出てくるんだよな……。それも異世界との違いで困ってしまうところだった。






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