18【読み合い、探り合い】
ダーク村の広場。その広さは田舎の幼稚園前のグランドサイズ。白壁に囲まれた先には大自然の山々が窺えた。太陽が眩しい青空を見上げれば、現実世界では見たこともない怪鳥が飛んでいる。
その外周には、ママクドのポテトフライをつまみながらコーラを啜り、地面に腰を下ろして俺とレーンの決闘を観戦する村人たちがいた。誰もが黙って見守っている。
はしゃぐ数人の子供たちは白壁の上に腰掛けながら騒がしく観戦していたが、大人のダークエルフたちは静かだった。
全員が全員、俺の力量を見極めようとしているのが、その雰囲気から伝わってくる。
この決闘は、二人の男が一人の女性を巡って争うことになったのが表向きの理由だ。しかし、村人たちにとって本筋はそこではない。
彼らからすれば、魔人シャドーホールンの模倣者が、自分たちの主として相応しいのかを見極めるための決闘なのだろう。俺の実力を測っているのだ。
まあ、どちらにしろ、俺にとって勝敗は関係ない。別にマーリアさんと結婚したいわけでもないし、こいつらの主になりたいわけでもないのだから――。
だが、漢として、そして闘士としては話が別だ。俺だって引退したとはいえ、元格闘技選手である。八百長で儲けられるわけでもないのに、わざと負けるのは御免だった。
勝負をする以上は勝ちたい。勝てる時には勝っておきたい。それが格闘技家の本心である。負けず嫌いだからこそ、闘士になったのだから。
『――……』
「――……」
静かに向かい合う俺と、ダークエルフの剣士レーン。両者とも一歩も動かない。
先ほどまで怒りをあらわにしていたレーンは、向かい合って構えた刹那、その眼差しから激情が消え、冷静さを取り戻していた。まさに剣豪の瞳へと変貌している。
剣道でいうところの一般的な中段の構えを見せる俺に対し、レーンはレイピアを片手に持ち、右肩を前に向けたフェンシングの構えを取っていた。完全に剣技の流派が異なる。
二人の距離は約三メートル。真っ直ぐに睨み合う両者の間では、空気さえ威圧に歪んで見えるほどだった。緊張感が高まる。
レーンのレイピアは緑色の光を放っている。エアーエンチャントという魔法で強化されていた。
『あの魔法……どれほどの切れ味なのか試してみたいな……』
そう言いながら、俺は中段の構えから忍者刀を高く振り上げた。頭上で止め、上段の構えへと移る。
「強打を狙うか?」
『ちげぇ〜よ』
言うや否や、俺は刀を全力で振り下ろした。しかし、踏み込みはしない。まだ三メートルの距離を残したまま、忍者刀を振るったのだ。
『ぜい!』
途端に、俺は愛刀から手を離した。刀を投擲する。
「投げるか!」
唐突に投げ放たれた忍者刀がレーンへ飛び迫る。
だが、レーンは冷静にレイピアを横一文字に薙ぎ払う。その一振りだけで、忍者刀は真っ二つに折れた。
否、折ったのではない。
大太刀を細身のレイピアで斬ったのだ。しかも、空中で。
『おおっ!?』
なんて鋭さだろう。「折れず、曲がらず」が持ち味の日本刀が斬られた。それも、刃先同士が交差した一瞬で斬り折られたのである。
日本刀は、世界中の剣の中でも屈指の切れ味と強度を誇る。その鋭さは、刃に向けて拳銃の弾丸を撃ち込めば、その弾丸すら両断するともいわれている。
その日本刀が、細身のレイピアとの刃と刃のぶつかり合いで負けたのだ。切れ味で劣ったことになる。
『信じられない切れ味だな……』
俺が愕然としていると、レーンが勝ち誇ったように口を開く。
「私の使うエアーエンチャントは、そこらの魔法使いが扱う支援魔法とはレベルが違う。私のエアーエンチャントはレベルがMAX。強化された剣の切れ味は、岩ですら、熟したエケヘケの実を切裂くように容易く切り裂く!」
『エケヘケの実って、何さ?』
こちらの世界的に言えば、岩おもバターのように切裂くって意味だろうか?
まあ、要するに、凄まじい切れ味ということらしい。
『魔法って凄いんだな〜。いいな〜。俺も魔法が使えたらな〜』
「使えばよいではないか?」
俺は武器を持たない両手で呆れるジェスチャーを取りながら述べた。
『俺の国には、魔法なんて概念がなかったんだ。だから俺の国には、魔法を使える者なんてほとんどいないんだよね〜』
「なんとも低俗な国だな。原始人の国か?」
『えっ、馬鹿にしてる?』
「そのつもりだが」
レーンは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。完全に俺を見下している。
しかし、レーンはレイピアの構えを解いていない。揶揄しながらも、威嚇の構えを崩そうとはしなかった。
『なあ、それよりもだ』
「なんだ?」
『なんで、武器がなくなった俺に襲い掛かってこないんだ?』
「――……」
主武器を投擲し、無手になった俺に対して、レーンは襲い掛かってこなかった。舐めているにも程がある。
いや、舐めているのではない。強く警戒しているのかもしれない。
俺は隙を見せて誘い込むつもりで忍者刀を投擲した。だが、レーンはその誘いに乗ってこなかったのだ。
俺の策略が読まれているのだろうか。
「無手になっただと?」
『そうだ』
「何を戯言を――」
『戯言だって?』
俺は穴の空いた頭を傾げる。
「貴様は無手どころか、衣類の下に数多くの武器を忍ばせているではないか」
悟られている。
『あらら、バレてるのか……』
気付かれているようだ。俺が羽織っているジャケットの懐には、様々な忍具が隠されている。
手裏剣、クナイ、合口、鉄拳、熊手、分銅、吹き矢、目眩ましの粉末。その他諸々――。
どれも携帯用の隠し武器だ。時代遅れの暗器ばかりだが、優秀な暗殺武器である。
『なんで分かったんだ?』
言いながら、俺は懐から十字手裏剣を両手に一枚ずつ取り出した。そして右手を振りかぶる。
「投擲武器か。珍しい形だな」
『これは手裏剣だ。俺の国の暗器だぜ!』
言うなり全力で投擲する。振りかぶった腕を大きく振り抜き、手裏剣を放った。
風を切り裂きながら十字手裏剣がレーンへと迫る。狙いは顔面。その投擲速度は約八十キロ。至近距離で躱すには困難な速度だろう。
だが、レーンはレイピアを一閃した。
鋼の手裏剣は真っ二つに切り裂かれ、地面へと落ちる。
『ふんっ!』
続いて左手に持っていた手裏剣も、横振りのサイドスローで投げ放つ。
しかし、その二撃目も容易くレイピアで撃ち落とされた。
『凄い反応だな……』
「舐めるな、魔人。俺は至近距離から放たれた矢ですら撃ち落とせるのだ。投擲程度で放たれた武器を落とせぬわけがなかろう!」
オールバックのレーンは勝ち誇った笑みを浮かべる。なんともムカつく笑みだった。
『ならば――』
続いて俺はジャケットの中から二本のナイフを取り出した。両手に構える。
両刃のナイフは刃渡り十五センチほど。黒光りする刀身を持ち、全体はコンバットナイフを思わせるデザイン。
和風の武器ではなく、海外の特殊部隊が装備していそうな洋物のナイフだった。
それを両手に一本ずつ握り、腰の高さで構える。
「短剣? いや、ダガーよりも貧相な刃物。それで戦うのか?」
腰の高さで構えられた二本のナイフは、切っ先を真っ直ぐ前へ向けていた。
普通の短剣使いなら刃を斜めに構える。しかし、そのナイフは突きを狙うかのように刃先が寝かされている。
「突きを狙っているな」
『さあ、どうかな――』
相手は教科書どうりに戦法を読んでいやがる。
「両手に刃物。しかし、レイピアを持った私に対しては間合いが短すぎないか?」
『それも、どうかな――』
レーンは警戒をさらに強めながら考える。
あのナイフは、マジックアイテムではないのか、と。
この状況で何らかの特殊能力があるのならば、魔人にも勝機が生まれるだろう。
しかし、レーンの魔力感知スキルには魔力は探知できなかった。あの刃物からは魔力を一切感じない。あれは、ただのノーマル武器だ。
なのに、自分の警戒心は解けない。自分から攻め立てようとしても踏み込めない。何かが危険を知らせているのだ。
途端――。
『発射ッ!』
「っ!?」
ガシャンッ、と金属が弾けるような激しい音が響く。それと同時に、俺が握っていたナイフの刀身が超高速で射出された。ノーモーションから刃先だけが弾丸のように飛び出したのだ。
「ガハッ!?」
次の瞬間、射出された刀身は、意を突かれたレーンの腹部へと突き刺さっていた。ハードレザーの防具を貫通している。
「が、がは……」
腹に突き刺さった刀身を押さえながら、レーンの体がぐらりと揺らぐ。端正な顔立ちは苦痛に歪み、額には脂汗が滲んでいた。
「な、なんだ……これは……?」
俺は刀身がなくなり、スプリングだけが露わになったナイフの柄を軽く振って見せる。
『スペツナズ・ナイフだ。これも俺の国の武器だぜ』
「ぐぅぅ……」
レーンは両膝をついて俯いた。それでも青ざめた顔を上げ、鋭い視線で俺を睨みつけている。
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by、ヒィッツカラルド。




