17【最低な性分】
広場の中央。白髪オールバックの青年が怒鳴る。
「何が魔人シャドーホールン様の生まれ変わりだ。何が世界征服だ!!」
憤怒に任せて唐突に怒鳴り散らかしたダークエルフの青年は、俺を宿敵でも見るかのように睨みつけていた。鋭い殺気が飛んでくる。
俺は肩の力を脱力させながら言い返す。
『俺、生まれ変わりとかは言ってないんだけど……』
「黙れ、偽物!!」
たぶん、こいつは人の話をきちんと聞かないタイプなのだろう。おそらく俺とは話が噛み合わない性格だと思えた。
「私は貴様を認めんぞ!!」
ハンバーガーセットを広場で貪る村人たちの間を縫って、レイピアを携えた若者が歩み寄ってくる。その肩は威嚇するように揺れていた。敵意がありありである。
しかし、村人たちはハンバーガーを食べながら、そのような彼を冷ややかな眼差しで見ていた。彼に加担する者は一人も居ない。
肩を怒らせながら歩み寄ってくる青年の額には、複数の青筋が稲妻のように走っていた。
「ぬぬぬぬぬ!!」
白髪オールバックの短髪。剣士たる凛々しい眼差し。体形はダークエルフらしくてスマート。しかし腕は鍛えられていて太い。身体にはハードレザーを纏っていた。
『何なんだ、こいつ……?』
確か、最初の晩に森の中で出会ったメンバーに居た青年だ。
俺が戸惑っていると、ラーオが間に入る。
「レーン。貴様、シャドー様に無礼だぞ!」
レーンと呼ばれた若者は、俺の穴の開いた顔を指差しながら怒鳴った。
「私は認めぬ。マーリアは私の許嫁だ。それを寝取るように契りを交わすとは何事だ!?」
『えっ、マーリアさんの許嫁なの?』
ちょっとビックリである。マーリアさんって許嫁が居たんかよ。それなのに俺と契って問題なかったのかな……。
いやいや、駄目かもしれない。完全に俺が寝取ってますよね。これって寝取り物だったのか。
額に血管を浮かべたレーンが述べる。
「そうだ。私とマーリアは幼馴染で、許嫁だったのだ!」
するとラーオが言う。
「許嫁? 父である私は、そのような話は聞いておらぬぞ……?」
レーンは声を荒らげた。
「私とマーリアが幼い頃に約束したのだ!」
すると今度はマーリアが口を開く。
「私、そんな約束したっけ?」
あれれ〜。マーリアさんったら、しらを切っているよ……。話が噛み合ってませんね。
慌て出したレーンが、身振り手振りを交えながら言った。
「ええ、したよね!? 子供の頃に『結婚しようね』って約束したよね!? お風呂も一緒に入ったじゃん!!」
マーリアは冷め切った眼差しで答える。
「私、そんな約束してないわ」
「ええっ!!」
完全にしらを切られている。少しレーンが可哀想に見えてきた。幼馴染って言うアドバンテージが崩壊している。
「そもそも私は既にシャドー様と一晩の契りを果たしています。あとは子種を授かれば婚姻は確定するのですよ」
俺は小声でラーオに尋ねた。
『ダークエルフの結婚って、子供ができたら成立するの?』
「はい。人間社会とは異なり、娘が子を宿せば婚姻成立となります。それが多くの妖精族の習わしですな。結婚してから子供を作るのは人間文化だけでしょう」
『できちゃった結が前提なんだ〜……』
種族が違うと常識も異なるらしい。
――ということは、子供ができなければ結婚しなくてもいいのかな?
そもそも俺は、欲望に流されてマーリアさんと一晩の契りを交わしてしまっただけなのだ。本当に結婚したいとは思っていない。
何せマーリアさんとは、出会ったばかりなのだ。性格も何も知らない。恋愛感情なんて無かったのだ。
あれは遊びって訳では無いが、間違いに等しい。情けない話だが、男にはそういうことが起きる。あの時は理性で判断できなかったのだ。
何より俺は、無責任主義である。結婚なんて重たくてしたくない。独身で気ままに生きていきたい。
このことを人に話すと「人間のクズだ」と言われるので口にはしないが、これが俺の本心である。
昔の友達にも「最低だ」と言われたが、これに関しては四十歳になっても直っていない。
もうDNAに刻まれた、どうしようもない性分なのだ。
(作者は違いますよ。一緒にしないでね。これはキャラ独自の個人的な感想です)
レーンが額に稲妻のような激しい血管を浮かべながら怒鳴る。
「とにかく私は、二人の婚姻を、絶対に認めないからな!!」
脱力した俺は困った顔で言う。
『認めないと言われましても……』
「もしもマーリアと結ばれたいと言うのなら、私と戦え!!」
『なんでぇ〜……』
「私と戦って、私の屍を乗り越えて行きやがれ!」
疲れた顔の俺は、重々しく溜め息を吐く。
『はぁ〜。面倒臭いな、だからモテないんだぞ』
「黙れ!」
レーンが大声で怒鳴っていると、気を利かせた村人たちが広場の端へ移動し始めた。戦えるだけのスペースを空け始める。
村人たちは、闘争の匂いを見極めているようだ。こいつらは、戦闘部族なのかな。こんなところばかり気が利くようだ。
そして、レイピアを鞘から抜いたレーンが切っ先をこちらへ向け、憤怒のままに挑戦を突きつけてきた。
「剣を抜け、魔人シャドー。正々堂々、私と戦え!」
俺は冷静に答える。
『上等だ――』
俺は背負っていた忍者刀を、鞘ごと背中から取り外した。襷に掛けていた紐を解き、両手で構える。右手で柄を握り、左手で鞘を押さえる。そして、ゆっくりと刀を引き抜いた。刀身が朝日を受けて鈍く輝く。
ちなみに、日本刀などを背中に背負っているキャラをアニメやゲームでよく見かけるが、あれには大きな問題がある。
それは、刀を背負ったままでは、大刀は鞘から抜けないのである。刀の長さと、人間の関節構造らの問題で、物理的に背中から刀を抜くのは不可能なのだ。これが現実である。
だから、佐々木小次郎の愛刀とされる物干し竿も、鞘を背負ったままでは絶対に抜けない。もし背負ったまま抜いていたら、それは物理法則を無視したアニメ的演出だと言ってよいだろう。
『さて――』
俺は鞘を後方へ放り投げると、片手で持った忍者刀を片肩に背負いながらレーンに尋ねた。
『それで、勝敗はどうやって決める?』
迷うことなくレーンは答える。
「私の望みは、貴様の死だ。貴様が死ねば、自動的に婚姻は無効になるからな!」
『なるほど。単純でいいな』
続いて俺は、後方で見守るラーオに声を掛けた。
『なあ、ラーオ』
「何でありましょう、シャドー様?」
『この村で、殺人は罪か?』
「もちろん同族同士ならば重罪です。最低でも追放の刑となります。しかし、互いの同意がある決闘であれば例外です。死んでも殺しても罪にはなりませぬ」
『じゃあ、この状況はどうなる?』
ラーオが親指を立てながら答えた。
「罪とは例外に当てはまりますな」
『結構だ』
シンプルな部属ルールである。実に好ましい。
『よし!』
前を向き直った俺は、二度ほど刀を振るい、空気を斬ってX字の軌跡を描いてみせる。
『人を斬る。なんとも貴重な体験ができそうだぜ』
俺は笑っていたのだろう。
だが、顔に穴が開いている俺には表情がない。感情が表に出ないのは、案外と得なのかもしれない。
俺は両手でしっかりと刀を握ると中段に構える。剣道ではポピュラーな構えであった。
レーンと距離は五メートルちょっと。その距離でレーンはレイピアに魔法を施す。
「エアーエンチャント!」
するとレイピアの刀身が緑光に輝いた。魔法のオーラが刀身を包む。
『ぬぬ、なんの魔法だ?』
俺の疑問にナビーがテレパシーでこっそりと教えてくれた。
【剣の切れ味を増幅させる魔法です。おそらくあの剣は鋼鉄でも両断できるほどの威力を得たでしょう】
『うわ、ずっけぇ〜』
俺の愚痴が聞こえたのかレーンが述べる。
「貴様も支援魔法を使えば良いではないか」
『俺、戦闘魔法を持ってないから……』
俺が使える魔法は、扉の出し入れと、シャドーポケットだけである。戦闘用魔法は知らないのだ。
「魔人のくせに、魔法は未熟なのだな。笑止!」
『五月蝿えよ。馬鹿にするなよな』
俺も魔法が使えるようになるのかな。せっかく異世界に来たのだから、魔法ぐらい使いたいのが本心であった。それが異世界の醍醐味だよね。




