16【深淵の宣言】
「はっ!?」
俺が目を覚ますと、道場のど真ん中で大の字になって寝そべっていた。鹿羽五郎にワンパンで殴られ、見事にのされてしまったのだ。気絶から回復する。
「胸……」
上半身を起こした俺が自分の胸を触ると、Tシャツが破れ、胸元に大きな穴が開いていた。しかし、貫通した傷はすでに修復されている。
「あちゃ〜、でも派手な傷が残ってやがるな……」
俺の胸には大きな古傷が刻まれていた。まるで大砲で撃たれたような丸い傷である。その古傷は、太陽の形にも見えた。なんか格好いい。
そもそも太い腕が突き刺さったのだ。このような珍妙な古傷が刻まれても仕方ないのかもしれない。
しかし、床に散らばっていたはずの鮮血は残っていなかった。胸からダラダラと鮮血があふれていたので、床は血塗れになっていると思ったのだが、どうやら血は体内に戻ったようだ。便利である。
「まあ、掃除の手間が省けて幸いだったかな……」
それにしてもキャリアの差を強く感じる勝負だった。いや、勝負と呼べるような一戦ですらなかったのかもしれない。俺が一方的に敗北しただけなのだ。
たった一撃のパンチ。避けることも防ぐことも叶わなかった。胸を貫かれ、胸骨を砕かれ、肺を破裂させられ、内臓を破壊され、背骨までへし折られての貫通。あのパンチは並の技ではない。どこの世界に、人間の体を素手で貫くパンチを打てる格闘技家がいるというのだろうか。フィジカル的にも有り得ない。
「ふぅ〜……」
床から起き上がった俺は道場の中を見回す。窓の外は暗くなっていた。壁掛け時計を見てみれば、既に午後七時を過ぎている。たぶん一時間ぐらい気絶していたのだろう。
そして、鹿羽五郎とクロエ・エルフィールの姿はなかった。どうやら帰ってくれたらしい。少し安心する。
疑問――。
「俺、試練とやらに合格したのかな?」
すると、ナビーがテレパシーで俺の疑問に答える。
【鹿羽五郎様からの伝言です。試練は合格とのことです】
「おお、本当か!」
一安心だった。
これで残り二十人の試練をクリアすれば、俺も大幹部の仲間入りだ。まず最初の一歩だけ進んだことになる。
「でも、あと二十回も試練があるのか……」
【気長にクリアしていきましょう】
「そうだな……」
【大幹部たちの試練は、いつ何時に仕掛けてくるか分かりません。どのような内容かも分かりませんし、試練そのものを忘れて放置してしまう方もいらっしゃいますので、気楽に取り組んでいきましょう】
「いい加減な幹部もいるんだな……」
相変わらず雑なところが多い会社だ。
【前回、試練に挑んだ鹿羽五郎様は、試練が終了するまで十年かかったと聞かされております】
「十年もかよ!」
【案外、試練というものはいい加減なものなのです……】
「分かったよ。そのくらいの気構えで挑むわ……」
【しかし、金塊の上納だけは怠らないでくださいませ。それだけは厳しいのがゴールド商会の社内ルールです】
「俺も老いぼれたくないから、それは頑張るよ……」
現金な話である。ゴールド商会とは、一に金塊、二も金塊が持っ等なのだろうか。
俺が道場の真ん中で胡座をかいていると、道場の外から扉をノックする音が聞こえてきた。若い青年の声が飛んでくる。
「済みませ〜ん。ウーパーイーツで〜す」
「ああ、はいはい」
どうやらママクドからハンバーガーセット七十四人分が届いたようだ。
俺が道場の玄関を開けると三人のウーパー配達員が両手に品物を抱えて立っていた。
「パーティーか何かですか?」
「はい、ちょっと……」
七十四人分の配達は、流石に三人掛かりのようだった。大変苦労を掛けているようだ。少し反省する。
それから俺はハンバーガーセット七十四人分を受け取ると道場の休憩室に運び込んだ。そこで異次元扉を召喚して、ダークエルフの村に何往復かして運び込む。それをラーオやシーンたち数人が手伝ってさらに村の広場に移動させていた。
ダークエルフの村では、朝から広場に村人全員が集められていた。見張り櫓の警備兵以外は全員いるようだ。男衆は胡座をかいて、女衆は正座で畏まっている。
山城の外れ。保育園のグランドサイズぐらいの広場。側には山城を囲む白壁が見える。普段は剣術稽古やらに使われている広場らしい。村人全員を集めるとなると、ここぐらいしか丁度良い場所は無いらしいのだ。
村人のほとんどが二十代そこそこの若者ばかりだった。十人ほど子供たちが居るが、老人の姿は二人しか見受けられない。
そもそもエルフやダークエルフの寿命や成長過程は人間と異なるらしい。
彼らの寿命は、人間の十倍。少なくとも五百歳は生きるらしいのだ。
しかも、その成長過程は独特である。
十五歳ぐらいまで、人間と代わらないスピードで成長するが、大人になると成長が止まり、数百年は歳を取らないらしい。だから若者ばかりが多いのだ。
そして、寿命が尽き始めると老化が始まり、十年余りで老衰により亡くなるらしいのだ。まさに長命種独特の一生なのである。
「シャドー様、こちらにどうぞ」
『ああ――』
族長ラーオに連れられて俺が広場に案内されて顔を出すと、ドッとざわめかれた。ダークエルフの村人たちは、俺の顔穴を見て驚いている。
「あれが、シャドーホールン様なのか!」
「本当だ。顔に穴が開いているぞ!」
「壁画と瓜二つではないか!」
「本物の魔人様だ!」
ざわめきながら地べたに腰を下ろす村人たちの前にラーオと俺が立つ。その後ろにラーオの子供たちであるシーン、マーリア、リーンが控えていた。
何故かマーリアさんの肌は艶々である。表情も笑顔であった。
そして、ラーオが声を張った。
「諸君、まずは紹介いたそう。深淵より権原された、魔人シャドー様だ!」
「「「「おおおおおおおっ!!!」」」」
ドッと広場が沸いた。
「シャドー様は、深淵からの旅路を経て、地上を視察に参られた」
そう言う設定らしい。
「その目的は金塊集め。この村で金塊を持っているものは献上しろ!」
族長の言葉に、ダークエルフの若者一人が手を上げる。
「はい!」
「なんだね?」
「我々が持っていた金塊は、すべて族長に差し出してあります。何も持っておりません」
「そ、そうだったな……」
ラーオが言葉を詰まらす。こいつ、ちょっと駄目っぽい。使えね〜。
昨晩貰った金貨十枚が、この村の金塊としてはすべてらしい。
そこで話しが止まってしまったので、仕方ないと今度は俺が挨拶をした。
『我が名は、シャドーだ。外見も顔の穴も、かつて現れた魔人と瓜二つらしいが、彼とはまったくの別人である』
ダークエルフたちがどよめいた。
『そもそもかつてシャドーホールンと呼ばれた魔人とは顔見知りでも無い。もしかしたら同族でも無いかもしれない』
ダークエルフたちのざわめきが止まらない。
『私の名前は服部泰三と申すが、君たちでは発音が難しいから、とりあえずシャドーと名乗らせてもらっている。そこを心得てもらいたい』
それでも俺の話を聞く村人たちの反応は、怪訝な者と、瞳を輝かせる者とでの半々だった。何かに期待されているのは間違いないだろう。
『そして、昨晩族長殿から金貨十枚を頂いた。それは感謝いたそう』
俺は穴の空いた頭を下げて感謝を述べる。
『私は、この地に金塊を集めに来た。そのために皆の力を貸してもらいたい』
村人たちはどうしたものかと表情を困らせていた。少し悩んでいる。何せ突然に金塊集めを頼まれても困って当然だろう。
青年の一人が俺に問う。
「シャドー様は、世界征服に乗り出すのですか?」
またそれだ。こいつらは世界征服にしか興味がないのか……。
俺はきっぱりと言う。
『世界征服はしません!』
「「「「ぇぇ〜〜……」」」」
ダークエルフたちは露骨に表情を歪めてブーイングを上げていた。完全にがっかりしていた。
『しかし、裏から世界を牛耳ろうかとは、考えている』
「おおっ!!」
一気に村人たちが沸く。
でも、出任せなんだけど……。
『別に、世界征服は、正面から力で捻じ伏せるだけが支配では無いだろう。私は裏から世界を操りたいのだ』
「おおおおっ!!!」
なんか、村人たちの目が輝き始めた。俺に向けられる瞳が尊敬の念を孕んでいる。
『陰から世界を操る。だから私はシャドーを名乗ったのだ!』
「おおおおおおおおおっっ!!!!!」
ヤバい。盛り上がってやがる。煽りすぎた……。
『だが、私が生きるのには、金塊が必要だ。君たちが食事を取って生きるように、私の食事は金塊だ。金塊を食さなければ死んでしまう。なので君たちに金塊集めを手伝ってもらいたいのだ』
ダークエルフたちが直立に起立して胸に拳を当てながら姿勢を正して声を張る。敬礼のポーズらしい。
「「「「畏まりました、シャドー様!!」」」」
うむ〜。適当に言ったのに、受け入れちゃったよ……。ちょっと困ってしまう。そんなに世界征服がしたいんだ……。
『そこで、皆さんに今日は感謝をいたしたい。金貨十枚は安くないからな、その礼だ』
シーンから聞いた話では、金貨十枚も有れば、人間の街で一年から二年間は遊んで暮らせるらしいのだ。やはりそれだけの大金とのこと。
しかし、ダークエルフは金欲が乏しい種族らしい。エルフも同様らしい。
そもそも人間とは欲に関しての感覚が違うとのこと。それが世界征服へのこだわりにも関係しているのだろう。
人間は金塊や銀塊を好んで収集するし、宝石の類も好む貪欲な種属だとか。それとは異なり妖精族は金塊や宝石に執着を持たない。しかし、妖精族の中でもドワーフは金塊を好み、ホビットは宝石を好む習性をもっているとか。種族によって、財宝の好みが異なるのだ。
だからエルフは硬貨などに価値をほとんど感じない。彼らは森での自給自足が叶っている生活を過ごしている。故に人間と関わる必要制が無いのだ。
そして、族長たちが村人たちにハンバーガーセットを配り出す。一列に並んだ村人たちにママクドの紙袋を手渡していった。
さっそく村人たちがハンバーガーセットを食べ始める。するとあちらこちらで喝采の声が上がった。
「な、なんだこれ。良い香りだ……」
「お、美味しいですわ!」
「シュワシュワする!」
俺は胸元で腕を組みながら偉そうに述べる。
『それは、私が深淵の国から持ち込んだ食べ物だ。深淵の一流コックが調理した食事だから食べてくれ。金塊のお礼だ』
「う、旨い!!!」
「なんだ、この肉が挟まったパンは、柔らかいぞ!!」
「肉ぅう、うめ〜ぇえ!!」
「このシュワシュワした黒い飲み物、美味しいわ!!」
「おおう、この揚げ芋は、サクサクでカリカリじゃん!!」
おうおうおう、受けているぞ。これでまずはダークエルフの心は掴めただろうか。少なくとも商売の手伝いはしてもらえそうだな。
すると、一人の青年が怒鳴り声を上げながら異議を唱えた。
「私は認めんぞ!!」
『んん?』
ダークエルフたちの人混みの中、レイピアを携えたダークエルフの青年が一人、鬼の形相で立ち尽くしていた。俺を睨んでいやがる。
確か、昨晩の森の中、ファーストコンタクト時に居た若者の一人だった。




