13【ニンジャ】
ゴールド商会の一般社員になると、とある権利が発生するらしい。
それは、ウロボロスの書物を持つ権利者に挑む権利だ。
その権利をもとに、一般社員たちは大幹部たちへ挑戦するのである。誰しも不老不死には憧れるものなのだ。
もし決闘で大幹部を殺せたのなら、ウロボロスの書物を受け継ぎ、新たな幹部候補生になれる。
ウロボロスの書物の権利を得るには、前権利者を殺さなければ新たな契約は結べない。前権利者が生きていると、再契約が不可能なのだ。故に、前権利者の殺害は絶対条件なのである。殺し合いは免れない。
しかし、挑戦権にはルールがある。それは、一般人を巻き込まないこと。対決そのものを一般人に悟られないこと。それが最低条件らしい。
対決とはいえ、何も正面から挑む必要はない。不意打ち、暗殺、毒殺すらありである。
だが、ウロボロスの書物の権利者は、全員が疑似不老不死の持ち主だ。中には毒無効スキルを持っている者も少なくない。暗殺すら難しいのが現状だった。
事実、この数百年でウロボロスの書物の権利者が一般社員に殺害されたという報告例はない。
それだけ、ウロボロスの書物の権利者を殺すことは難しい。疑似不老不死は伊達ではないのである。
しかし、クロエ・エルフィールは幾度か権利者に挑んだ経験がある。現在の上司にあたる鹿羽五郎にも挑み、見事に返り討ちに遭っていた。
そのクロエが再び挑む。
相手は新参者の服部泰三。深淵の書の権利者だ。まだ、ウロボロスの書物と契約したての若輩である。
ウロボロスの書物の権利者は、契約を結んでから時間が経てば経つほど強くなる。数千年も生きた権利者は、核弾頭を撃ち込まれても殺せないと言われていた。
だからこそ、契約を結んだばかりの今が最初で最後のチャンスなのだ。契約直後の時期を逃せば、普通の人物では一生勝てないだろう。それをクロエは知っていた。
向かい合う男と女。白人の彼女は日本刀を帯刀している。クロエはいつの間にか日本刀を手にしていた。
片や服部泰三は、道場の床に忍者刀を置いていた。足元にある。
「ふっ!」
泰三が大きく地団駄を踏む。片足による一踏みで、道場の床が音を立てて大きく揺れた。その振動で足元の愛刀が跳ね上がる。泰三は、その刀を片手でキャッチした。
それを見ていたクロエが申し出る。
「服部様、少し待ってもらえませぬか」
「ああ、良いよ――」
泰三の許可を得ると、クロエは道場の隅へ移動する。それから背中を向けたまま、穿いていたストッキングを脱ぎ始めた。たぶん、板張りの道場ではストッキングだと滑るのだろう。
泰三は、クロエがストッキングを脱ぎ捨てる仕草を見ていて、少し恥ずかしくなってきた。彼女の仕草が女性らしく、気恥ずかしく見えてしまう。
「どうだ。あいつの生足は綺麗だろう」
「ええっ!」
泰三の横に、いつの間にか鹿羽五郎が立っていた。そして、一緒にクロエがストッキングを脱ぐ仕草を眺めながら囁いてきたのだ。
「あいつな、異世界で言うところのエルフなんだわ」
「エルフ族……」
泰三の脳裏にダークエルフたちの顔が思い浮かんだ。それと同時に昨晩のマーリアも思い出す。その卑猥な記憶に赤面する。
「だからよ、脚は綺麗なんだわ。スタイルも抜群なんだぜ」
「た、確かに……」
クロエのスタイルはスレンダーで魅惑的だった。胸のサイズはマーリアに劣るが、それ以外は彼女にも引けを取っていない。
「でも、耳が長くないぞ?」
「あれは、こっちの世界に合わせて幻術で隠してるんだ。術を解けば長耳に戻る」
「幻術なのか……」
「でも、容姿の良さは天然だ。何せエルフは全員、美男美女ばかりだからな」
確かにダークエルフも美形揃いだった。
「でもな、性格は破綻してるんだよ……」
「破綻している?」
「あいつは異常なぐらいのパチンカスだ。毎月給料を貰うとパチンコ屋へ突撃しやがる。そして大負けして帰ってきやがる。俺にも借金が三百万円ほどあるんだぜ……」
「そ、それは酷いな……」
エルフだから真面目な性格かと思いきや、そうでもないらしい。妖精族にもクズはいるようだ。
そこまで聞いて、疑問が浮かぶ。
「ところで彼女は、異世界から来たのか?」
「そうらしいぞ」
「異次元扉をくぐれるのは、権利者と無生物のみと聞いていたが、彼女はどうやってこちらの世界に来たんだよ?」
「彼女の死後、死体でゲートをくぐり、こちらの世界で蘇生魔法で生き返ったと聞いているぜ。それも五百年前ほどの話らしい」
「五百年前だって……」
「エルフは長命種だからな。人間の百倍は生きるって聞いているぞ」
「そうなのか……」
ここまで話すと鹿羽五郎は玄関前に戻って行く。代わりにストッキングを綺麗に畳み終わったクロエが前に出てきた。
「お待たせしました、服部様」
再びクロエが一礼する。この礼儀正しい女性がパチンカスとは思えない。人間とは――エルフとは見た目で判らないようだ。
「なあ、クロエさん」
「何でございましょう?」
「幻術とやらを解いて、耳を見せてもらえないか?」
「構いませんが……」
そう言うとクロエは幻術を解いて長耳を現した。
「本当に妖精族なんだな……」
その姿はダークエルフの色違いだった。白髪褐色肌のダークエルフと異なり、彼女は金髪白肌の姿である。
エルフが1Pカラーだとするならば、ダークエルフは2Pカラーのように見えた。
再びクロエが柄巻を握り締めて身構える。
「では、早速立ち合いましょうぞ!」
「勝敗は、どう決める?」
「私の勝利条件は、貴公を殺すしかございません。貴方が死ななければ、ウロボロスの権利は得られませんから」
「分かったよ、それで構わん――」
後味が悪い勝負だ。女性との殺し合いは避けたいものである。しかし、相手がその気なのだ。ならば、敵として迎え撃つしかないだろう。故に覚悟を決める。
泰三は忍者刀を鞘から抜いた。両手で前に構える。スタンダードな剣道の構えであった。
一方のクロエは刃を鞘に収めたまま抜刀の構えで腰を落としていた。初撃は居合抜きなのだろう。
二人の剣劇スタイルは明らかに異なる。どちらが強いかは、実力の差で決まるものだ。
しかし、クロエの剣技は戦国時代に学んだ本物の剣術である。泰三のような現代剣道の技とは異なる。
真剣での立ち合いでは、キャリア的にクロエが有利に思えた。彼女が戦国時代から生き抜いてきた本物の歴史は大きいだろう。長寿の分だけ経験値が違うのだ。
それを泰三は、彼女の構えから悟っていた。
服部泰三の得意分野は【目付け】である。
目付けとは、相手の実力を読み取る能力のことだ。それが一般の格闘技家と比べて泰三は優れている。多くの格闘技を学んだ故の飛び抜けた特技なのだ。
その目付けがクロエの実力を見抜いていた。
剣技の腕前は百点満点中、百二十点は超えている。たぶん、真剣での立ち合いならば、現代で彼女に勝てる剣道家は数人しかいないだろう。それだけ彼女は剣豪だ。
片や泰三の剣道はにわか仕込みである。剣道の段位も有していない。一年程度、週一で習った程度にしか使えない。点数で例えるならば五十点にも満たないだろう。剣道の基本しか知らないのだ。
だから、剣術では到底クロエには勝てない。だからといって、逃げるわけにもいかない。
「押して参る!」
突然にクロエが攻めに出る。戦いが始まった。
「居合抜き!」
「くっ!」
クロエの初太刀が放たれる。疾風の速度で鞘から引き抜かれた抜刀術が泰三の右から迫り来る。風速の剣技が首筋を狙っていた。
その一太刀に反応した泰三は、刀を盾に防御を築いた。縦に刀を立てる。
「甘い!」
水平の一振り。居合い抜きの一撃が軌道を変えた。横薙ぎが跳ね上がり、刀の盾を上から越えてくる。縦斬りに変化した一撃が泰三の頭部を狙う。
「変速剣か!?」
泰三は瞬時に身を引いて後方へ跳ね飛んだ。縦斬りの間合いから逃れる。
空振ったクロエの初太刀。しかし、止まらない。彼女の刀が下段から急速に跳ね上がった。救いの二撃目を放ってくる。
「切り返し!」
「燕返しかよ!?」
さらに泰三は二段階のステップで間合いを広げる。回避に専念した泰三は、完全に間合いの外へ飛び出た。その顎先を下から迫ってきた刀が掠める。
「ふっ!」
「反撃だと?」
完全に間合いから逃れたはずの泰三が、忍者刀を横薙ぎに振るって反撃してきた。しかし、それはお互いに剣の間合いの外である。泰三の刀が届く距離ではない。
だが―――。
「伸びた!?」
横薙ぎに放たれた泰三の刃が前へ伸びる。否、忍者刀を投擲したのだ。
「刀を捨てるか!」
投擲された忍者刀は、身を屈めたクロエの頭上をかすめた。だが、そのまま後方へ飛んでいかない。弧を描いて飛翔すると、泰三の手元へ戻っていく。
「ぬぬ?」
間合いを広げた二人が向かい合う。大太刀を構えて身構えるクロエに対して、泰三は忍者刀を頭上で鎖分銅のようにぐるぐると回して威嚇していた。
泰三は柄尻から伸びた縄を持ち、忍者刀を振り回しているのだ。
「その柄縄が、間合いを伸ばした仕掛けですね……」
「正解」
泰三は自慢げに述べる。
「忍者刀の実用性は一つではない。人を斬る以外にも使い道は幾つもある。これも、その一つだ」
「小賢しい……」
「うちの道場の前に看板が出ていただろう。うちは忍術道場だぜ。館長である俺が忍術を使ってもおかしくないだろうさ」
忍者は純粋なファイターではない。どちらかと言えば暗殺者に近い。企んだり、トリックを仕組んだりして戦う。
それが、ニンジャだ。




