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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第1章 高校編

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42/176

第42話「右腕、限界の予兆」

甲子園のスタンドには、昨日までとは少し違うざわめきが広がっていた。


マウンドに夏目孝太郎が立つだけで歓声が上がり、一球投げるたびに球速表示へ視線が集まる。


「今日も170出るか!?」

「三試合連続完全試合あるぞ!」

「昨日173だろ? 更新するんじゃね?」


そんな声を気にすることもなく、夏目はいつも通りボールを握った。


三回戦の相手は、南浦学院。


初回、一番打者が打席に入った。


だが、なかなか構えようとしない。バットを握り直し、呼吸を整え、ようやく構えたと思えば一度外す。


(……なんだ?)


佐藤のサインに頷き、夏目が初球を投げる。


ズバァァン!!


「ストライク!」


打者は振らなかった。


二球目は外角へのスライダー。これも見送り、あっという間に追い込まれる。


三球目。


フォーク。


今度はバットが出た。


カッ!


「ファウル!」


四球目のストレートもファウル。五球目のスライダーにも食らいつき、六球目まで粘った。


最後は七球目のフォークで空振り三振。


「ストライク! バッターアウト!」


スタンドから歓声が上がる中、夏目はベンチへ戻っていく打者を少しだけ見た。


(……粘ってくるな)


二番も同じだった。


初球から強振する気配はなく、際どい球は捨てる。追い込まれてからはフォームを崩してでもバットに当て、ファウルで逃げ続ける。


結局は三振。


三番も同じように粘った末、最後は夏目のストレートに振り遅れた。


初回、三者三振。


結果だけ見れば、いつも通りだった。


だが伊藤は、スコアブックに書き込んだ数字を見て眉を寄せる。


「……二十一球」


中村が横から覗き込んだ。


「一回で?」


「ええ。いつもなら九球で終わることだってあるのに」


二十一球。


一人の走者も許していないのに、普段の倍以上投げさせられていた。


夏目はベンチへ戻る途中で右肩を軽く回す。


昨日から残っている重さが、まだ少しだけあった。痛みはないし、投げられないほどでもない。


(まあ、このくらいなら平気か)


水を飲み、それ以上は気にしなかった。


⸻


南浦学院のベンチ。


監督は腕を組み、マウンドの夏目をじっと見ていた。


「……いいか。あいつを普通に打とうとするな」


選手たちが監督へ視線を向ける。


「人間が170キロなんて球を、何十球も何イニングも投げ続けて、何ともないわけがない。だから今日はヒットなんていらん。アウトでも三振でもいい」


「……三振でもいいんですか?」


「ああ。ただし、三球で帰ってくるな」


監督はホワイトボードを軽く叩いた。


「ボール球は捨てろ。追い込まれたら振り切らなくていい。バットに当てることだけ考えて、ファウルで一球でも多く投げさせろ」


一人の選手が不安そうに口を開く。


「でも監督……あの球、当てるだけでもキツいっすよ」


「分かってる」


即答だった。


「あいつから一本打とうとするな。俺たちがやるのは、もっと単純なことだ」


監督はマウンドを見る。


夏目が何事もなかったようにキャッチボールをしている。


「勝つ方法は一つしかない。“今”のあいつを倒すんじゃない」


そこで一度言葉を切った。


「“後”のあいつを作るんだ」


選手たちは黙ったまま、もう一度マウンドへ目を向けた。


⸻


二回に入っても、南浦学院のやり方は変わらなかった。


ファウルで逃げ、際どい球を見送り、追い込まれてからはバットに当てることだけを考える。


夏目の球をまともに打ち返せる選手はいない。


それでも、一人を三振に取るまでが長い。


カキッ!


「ファウル!」


ズバァン!


「ボール!」


カッ!


「ファウル!」


最後は三振。


だが南浦学院のベンチからは拍手が飛んだ。


「よし!」

「六球使わせた!」

「それでいい!」


中村が顔をしかめる。


「三振して喜んでるぞ……」


伊藤はスコアブックから目を離さなかった。


「目的が違うのよ。あの人たち、最初から夏目くんを打つ気がない」


「球数を増やすだけか」


「ええ。それを全員で徹底してる」


三回、四回と進んでも同じだった。


南浦学院は夏目の速球を捉えようとはせず、一球でも多く投げさせるためだけにファウルを重ねていく。


四回表。


四番打者も七球まで粘り、八球目のフォークでようやく空振り三振となった。


ベンチへ戻った四番の肩を、監督が叩く。


「よくやった」


「……三振っすよ?」


「八球使わせた。それでいい」


四番は少し悔しそうにしながらも、小さく頷いた。


一方のマウンドでは、夏目がロージンバッグに触れながら球数表示を見る。


五十八球。


(……多いな)


四回まで投げて五十八球。


普段の夏目からすれば、考えられないほど多い。


右肩を回すと、昨日よりも重さが増している気がした。


そこへ佐藤がマウンドまで歩いてくる。


「夏目」


「ん?」


「肩、大丈夫か?」


「投げられる」


「そうじゃなくて。痛くないのかって聞いてんの」


夏目は右腕を軽く振った。


「痛くはない。ただ、ちょっと重い」


佐藤は少し黙ってから、夏目を見る。


「無理すんなよ」


「分かってる」


「本当かよ」


「たぶん」


「その返事が一番信用できねぇんだよ」


佐藤は呆れながらホームへ戻った。


⸻


その間、開明も少しずつ点を取っていた。


二回裏に一点。


四回裏にも一点を加え、スコアは2-0。


派手なホームランは出ていないものの、夏目が無失点で抑えている間にリードを作れている。


中村はベンチの前から叫んだ。


「あと一本取るぞ!! 夏目に楽させろぉぉぉ!!」


「おお!!」


その声を聞きながら、夏目は五回のマウンドへ向かった。


⸻


五回表。


先頭打者も、当然のように粘ってきた。


初球のストレートをファウル。


二球目のスライダーにも食らいつく。


三球目のフォークは見送り、四球目。


夏目がストレートを投げた瞬間、わずかに眉を寄せた。


ズバァン!


「ストライク!」


コースには収まった。


だが電光掲示板に出た数字は――


【162km/h】


スタンドがざわつく。


「162?」

「落ちた?」

「いや、162でも普通におかしいだろ……」


結果はストライク。


打者も手を出せなかった。


それでも佐藤には分かった。


ミットに収まった感触が、明らかに違う。


(……軽い)


昨日の朝に感じたものと同じ。


いや、今の方がはっきりしていた。


マウンドの夏目も、自分の右手を見ている。


(……指に掛かってない)


肩から腕まではいつも通り振ったはずなのに、最後の指先で力が抜けた。


夏目は右手を一度握り、また開く。


それでも次のスライダーで空振りを奪い、先頭打者を三振に仕留めた。


まだアウトは取れる。


抑えることもできる。


だが、球速だけは戻らなかった。


次の打者への初球。


【163km/h】


二球目。


【161km/h】


そこで佐藤がタイムを取った。


マウンドまで走っていく。


「夏目」


「なんだよ」


「落ちてるぞ」


「分かってる」


「肩は?」


「重い」


「指は?」


夏目は右手を握った。


さっきから感じている違和感を確かめるように、指を何度か曲げる。


「……ちょっと痺れる」


佐藤の顔から笑いが消えた。


「それ、先に言えよ」


「まだ投げられる」


「だからお前の“投げられる”は信用ならねぇんだよ」


ベンチでは伊藤も立ち上がっていた。


中村も、松葉杖を握ったままマウンドを見ている。


「……夏目?」


南浦学院の監督だけは、腕を組んだまま動かなかった。


スコアは2-0。


五回表。


開明高校がリード。


夏目は佐藤からボールを受け取ると、もう一度右手の指を曲げた。


「…………」


今度は、痺れがすぐには消えなかった。


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