第40話 「怪物が首を傾げた日」
2回表
北海の守備がわずかに前に出る。
「夏目の当たりは強い……データでは……」
「いやデータが機能してない事実のデータが……」
完全に混乱している。
打席の山田は、逆方向へ軽く振った。
カキィ。
打球はライト頭上を越えた。
「おおおおお!?」
「やった……!これで……!」
二塁打。
山田は塁上でガッツポーズをした。
続く鈴木がセンター前。
山田が帰る。
3ー0。
夏目は特に表情を変えなかった。
(……まあ、こんなもんか)
中村が叫ぶ。
「お前の“こんなもん”が分からねぇんだよ!!」
2回裏
北海四番が打席に立つ。
顔色は悪い。
データ班の声がベンチから飛ぶ。
「次はアウトローのスライダー……のはず……」
「いや一巡目のデータが出揃うまでは……」
しかし夏目は、
何の迷いもなくストレートを投げた。
ズバン。
二球目もストレート。
三球目はフォーク。
バットは一度も球に触れなかった。
(……またズレた)
データ班が頭を抱える。
四番。
五番。
六番。
誰が出ても三球で消えていく。
球場はもう“静か”だった。
騒ぐ気力がなくなったわけではない。
ただ、呆気に取られて言葉が出ないだけだった。
三回。
四回。
五回。
北海の打線は、
データを調整しては壊され、
修正してはまた壊され――
気づけばヒットすら出ないままだった。
夏目の球は、
回が進むごとに僅かに速く、僅かに回転が増していき、
佐藤はミットを構えながら震えた。
(……まだ伸びんのかよ……こいつ……)
ただ、その表情には“恐怖”ではなく、
どこか“ワクワク”が混ざっていた。
五回裏。
先頭の佐藤。
初球を迷わず叩いた。
カキィィン。
ライト前。
観客がどよめく。
「キャッチャー……結構打ってるよな……」
「173受けてる時点で化け物なんだが……」
続く夏目。
初球を見送る。
二球目。
志戸のストレートがわずかに高めに浮いた。
その瞬間――
夏目は静かに踏み込んだ。
カァン。
打球は、
レフトスタンド中段へ突き刺さる。
あまりの音に、外野の選手が一瞬固まった。
実況が声を裏返らせて叫ぶ。
「また打ったぁぁぁ!!」
「夏目孝太郎!!この試合二本目のホームラン!!」
ダイヤモンドを回りながら、
夏目は淡々とつぶやく。
(……軽い)
観客のボルテージが跳ね上がった。
6ー0。
北海のベンチは沈黙した。
「……あの……データ……は……」
「いや……無理です……」
六回。
七回。
八回。
北海は球に触れない。
スイングすら“遅れる”。
バットに当たったとしても、
ファールの直線が異様に弱い。
誰がどう見ても、
夏目だけ別世界のレベルだった。
伊藤はスコアを書きながら、
ずっと胸がざわついていた。
(……回を重ねるごとに……強くなってる……)
(何が起きてるの……この人……?)
九回。
スコアは 9ー0。
球場はもう静まり返っていた。
異様な緊張感。
誰もが分かっていた。
――完全試合がかかっている。
打席に入る北海の九番は、
震えながらバットを持つ。
(無理だ……分かってても無理だ……)
夏目がセットに入る。
一球目。
ズバァァァァァァン!!!
173km/h。
バットが動く前に通り過ぎていた。
観客が息を呑む。
二球目。
外角ストレート。
九番は見逃すしかなかった。
三球目。
フォーク。
九番は腰を抜かして倒れた。
審判の右手が上がる。
「ストライク。バッターアウト」
甲子園が揺れた。
実況が絶叫する。
『完全試合!!』
『夏目孝太郎!!』
『2試合連続の完全試合!!』
『球速はなんと173キロを計測!!』
仲間が飛び出す。
中村が泣きながら叫ぶ。
「夏目ぇぇぇぇ!!怪物すぎんだろお前ぇぇ!!」
夏目は少しだけ肩を回し、右手を確認する。
(……ん?なんか……)
首を傾げていた。
ほんのわずか。
本人しか気づかない程度の“ズレ”。
歓声の中で、
その違和感だけが、じわりと肩と指先に残り続けていた。
怪物の影は大きくなる一方で――
その影の裏に落ちた、小さなひびのような痛みは、
まだ誰にも、
気づかれていなかった。
すみません。
また、更新を忘れてしまいました……
1ヶ月分くらい予約しておきます……
本日は3話投稿します。




