第39話「対策77項目 vs 初回三者三振」
夏目のツーランホームラン。
スコアボードに刻まれた「2」の数字を見ながら、北海ノースフィールズのベンチは静まり返っていた。
キャプテンの仙北が、ホワイトボードを両手で掴む。
「……お、落ち着け!!」
声が裏返った。
「夏目の低めホームランは……その……“想定外”だ!!」
部員の一人が恐る恐る手を上げる。
「キャプテン……」
「なんだ!」
「想定外、多すぎません……?」
「…………」
ホワイトボードには、試合前まで誇らしげに書かれていた。
《夏目対策案 77項目》
そのうち――
すでに36項目に横線が引かれていた。
「……まだ一打席しか見てないのに……」
誰かが呟く。
「言うな!!」
仙北は震える手でペンを走らせた。
《緊急追加:内角低めでもホームラン可》
副主将が顔を覆う。
「もう“可”の意味分かんねぇよ……」
「じゃあなんて書けばいいんだよ!!」
「知らねぇよ!!」
データ班が早くも崩壊しかけていた。
⸻
二回表。
夏目が再びマウンドへ上がる。
北海の打順は四番から。
その背中を見た四番打者が、思わず呟いた。
「……データで見るよりデカくね?」
「そこ今気づくな!!」
ベンチから仙北の声が飛ぶ。
「四番!! 対策案12番だ!!」
「はい!!」
「初球の直球を捨てろ!!」
「分かりました!!」
佐藤がミットを構える。
「夏目。初球、真っすぐ」
「おう」
「……まあ捨てるらしいけど」
夏目がセットに入った。
投球。
ズバァァァァァン!!
電光掲示板に数字が出る。
【173km/h】
四番は微動だにしなかった。
「ストライク!」
「…………」
佐藤がボールを返す。
四番が小さく呟いた。
「……捨てて正解だった……」
仙北がベンチから叫ぶ。
「よし!! データ通りだ!!」
副主将が振り返る。
「それ攻略できてます!?」
「今からだ!!」
二球目。
外角へ逃げるスライダー。
「っ!?」
空振り。
三球目。
落差の大きいフォーク。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三球三振。
四番が呆然とベンチへ戻ってくる。
「どうだった!?」
仙北が訊く。
「……速かったです」
「一回表と同じ感想じゃねぇか!!」
仙北はホワイトボードに書き足した。
《4番:対応不可》
副主将が横から覗く。
「短っ!?」
「データは簡潔な方がいい!!」
「諦めただけだろ!!」
⸻
五番打者。
北海で“選球眼の化け物”と呼ばれる男だった。
際どい球には手を出さない。
出塁率は全国でも上位。
打席へ入る前、仙北から声が飛ぶ。
「お前なら見極められる!!」
「任せてください」
五番はバットを構える。
「……攻略する」
夏目がセットに入った。
初球。
ズバンッ!!
「ストライク!」
「…………え?」
五番が固まる。
(今の……高め?)
いや。
真ん中?
外?
(……どこ通った?)
二球目。
スパァァァァン!!
「ストライク!」
「…………」
見えない。
球種を判断する前に、佐藤のミットへ入っている。
三球目。
「っ!」
バットを振った時には、もう遅かった。
「ストライク! バッターアウト!!」
三球三振。
五番はふらふらとベンチへ戻る。
仙北が駆け寄った。
「何か分かったか!?」
「…………」
「頼む! なんでもいい!」
五番は震える声で答えた。
「……見たかった……」
「何を!?」
「……球を……」
「見えてすらねぇのかよ!!」
ホワイトボードに新しい文字が追加された。
《見えない》
副主将が泣きそうな顔をする。
「それデータじゃないっすよ……」
⸻
六番打者。
北海でも長打力のある打者だった。
ベンチから志戸が叫ぶ。
「頼む!! 誰か一人くらい当ててくれ!!」
六番が振り返る。
「任せろ!!」
胸を叩いた。
「俺は“夏目対策案77項目”を全部読んだ男だ!!」
仙北が小さく呟く。
「……読めただけなんだよな」
「キャプテン!?」
「いや、行ってこい!!」
六番が打席へ。
佐藤はマスクの中でため息を吐いた。
「……来るぞ、夏目」
「おう」
夏目の指先に力が入る。
初球。
ズバァァァン!!
【173km/h】
内角高め。
「ひっ!?」
六番の腰が引けた。
バットすら出ない。
「なっ……なん……」
二球目。
高速スライダー。
空振り。
三球目。
173キロ。
「っ!!」
バットが空を切った。
「ストライク! バッターアウト!!」
また三球三振。
一回表から――六者連続三振。
北海ベンチが静まり返った。
仙北がホワイトボードを見る。
《夏目対策案 77項目》
しばらく見つめたあと。
「…………」
ペンを置いた。
副主将が不安そうに訊く。
「キャプテン?」
「……これさ」
「はい」
「77個全部覚えてても、ボール見えなかったら意味なくね?」
「今気づいたんすか!?」
仙北はその場に崩れ落ちた。
「データ野球がぁぁぁぁ……!!」
⸻
開明ベンチ。
中村は大笑いしていた。
「夏目ぇぇぇ!!
お前、野球始めて一ヶ月くらいでデータ野球そのもの否定すんなよ!!」
「別に何もしてないけど」
「それが一番タチ悪ぃんだよ!!」
金森も笑う。
「対策案77項目、全部死にそうっすね」
鈴木がマウンドを見る。
「そもそも夏目のデータって、取って意味あんのか?」
「あるにはあるわよ」
伊藤がスコアブックを見ながら答えた。
「昨日173キロだったとか、どの球種を投げたとか。それ自体は使えるデータだもの」
「じゃあ対策できる?」
「…………」
伊藤はマウンドの夏目を見る。
県大会。
初登板で170キロ。
試合中に変化球を覚えた。
決勝では左腕まで使い始めた。
甲子園に来て173キロ。
「次の試合でも同じ夏目くんなら、できるかもしれないわね」
「同じ?」
「この人、すぐできること増えるから」
「…………」
全員が夏目を見る。
ちょうどベンチへ戻ってきた夏目が水を飲んでいた。
佐藤も後ろから戻ってくる。
「それは分かる」
「佐藤まで?」
「捕ってる俺が一番分かるって」
佐藤はミットを振る。
「初めて投げた球なのに、次の回にはもう微妙に良くなってたりすんだよ」
中村が夏目を見る。
「お前、試合中に勝手に成長すんのやめろよ」
「なんで?」
「相手のデータ班が死ぬから!!」
北海ベンチでは。
仙北が再びペンを握っていた。
「……追加だ」
副主将が嫌そうな顔をする。
「まだ増やすんすか……?」
仙北は七十八個目を書き込んだ。
《78 試合中にも変わる可能性あり》
全員がそれを見る。
「…………」
副主将が呟く。
「それ、どう対策するんです?」
仙北の手が止まった。
「…………」
ホワイトボードを見つめる。
そして。
《78 試合中にも変わる可能性あり》
その下に、小さく書き足した。
《対策:不明》
「データ班んんんん!!!」
北海ベンチに悲鳴が響いた。




