表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/125

第10話「同じユニフォーム、違う世界」

グラウンドに立った瞬間、空気が変わった。


代表合宿にありがちな緊張ではない。

もっと露骨で、もっと残酷なもの。

誰もが同じユニフォームを着ているのに、立っている世界が違う。


――比べられる。


紅白戦。

公式記録は残らない。勝っても表には出ない。

それでも、この試合だけは「嘘」を許されない。


 


先発のアナウンスが入った。


「先発ピッチャー。夏目孝太郎」


スタンドが、わずかに揺れる。

拍手というより、確認のざわめきだ。


夏目は反射的に帽子のつばに触れ、ベンチでグローブを確かめた。


両利き用のグローブ。

大学に入ってから変えたものだ。


右でも左でも、同じ感触で握れる。

“逃げ道”があることが、今日に限っては重い。


森山が隣に座り、防具の紐を締め直しながら言った。


「今日は最初に確認する。右はフォーシームを中心に変化球を織り交ぜる」

「回転数で押す。球速は出しすぎない」

「左はジャイロのみで行こう。俺も打者の反応をみたい」


夏目は頷く。

理屈は、もう頭ではなく身体に入っていた。


右のフォーシームは、回転数が異常に高い。

それでも打てないのは――“落ちないから”だ。

打者が思った高さに来ない。浮き上がるように見える。


左のジャイロは逆。

ジャイロ回転で空気抵抗が小さく、初速と終速の差が小さい。

途中から伸びてくるように感じ、距離感が壊れる。


森山は、そこだけは一切ブレない顔で言った。


「大丈夫だ。君の球は、理屈通りに怖い」


 


白組の攻撃が三者凡退で終わる。

攻守が入れ替わり、白組は守備についた。


夏目はマウンドへ向かった。


名前を呼ばれる。視線が刺さる。

それでも足は止まらない。


森山がミットを構える。低め。

サインは右。フォーシーム。七割。


一度深呼吸をして、夏目は投げた。


一球目。


打者のバットが遅れる。

捕らえたように見えたのに、芯を外し、三塁側へファウルが転がる。


“速い”より先に、“高い”が来る。

落ちない。浮き上がる。


森山が、ミットを動かさずに言った。


「今の高さでいい」


二球目も同じ。

最後まで沈まない球に、打者の目が泳ぐ。


三球目。外角いっぱい。

詰まった打球が二塁へ転がり、二ゴロ。


――一死。


二番打者。

今度は変化球を一つ混ぜる。右のスライダー。


フォーシームで“浮かせて”から、横へ割る。

打者は振るが、空を切る。

そこでもう一度フォーシーム。


空振り三振。


――二死。


三番打者が入る。

ベンチのざわめきが、少しだけ変わった。


「来るぞ」

「キャプテンだ」


三番。ショート。


一ノ瀬修吾。


球場の空気が、ほんの一段落ち着く。

騒がないのに、目が集まる。

あの男が立つだけで、全員が“野球の話”に戻る。


一ノ瀬は打席で、構えを大きくはしない。

余計な力がない。打つ気配が、静かにある。


森山がマウンドへ一歩だけ近づく。


「右でいい。勝負する」

「ただし、甘くなるな。簡単に拾われる」


夏目は頷き、サインを見る。


フォーシーム。外角低め。


投げる。


回転数が高い。落ちない球だ。

打つには限りなく難しいコース。


一ノ瀬は、振り遅れない。

むしろ、球を“迎えに行かない”。


バットの軌道が、ほんの少しだけ上にズレた。


――カン。


乾いた音。

打球はライナーで二遊間を抜け、センター前へ落ちた。


ヒット。


派手じゃない。

でも、確実に「打った」と分かる一本だった。


スタンドが、遅れて息を吐く。

ベンチも、同じ反応をする。


「……打てるのかよ」

「今の球、低いぞ」


九条が、ネクスト付近でその打球を見たまま、唇を噛んだ。


夏目はマウンド上で、ほんの一瞬だけ理解した。


(――ああ)


(大学とまるでレベルが違う)


怖い。

でも、嬉しさが勝った。


森山が、ミットを叩く。


「いい。今のが代表だ」

「次、切り替える。二死、ランナー一塁。次で締めればいい」


 


四番打者。

九条昂。


ネクストから出てくる足取りが、わずかに硬い。

一ノ瀬のヒットを見た直後。

同じユニフォームの中で、差が突きつけられた直後だ。


九条は夏目を睨む。

睨んでいるのに、どこか悔しさが混じる。


(大学でも、あいつが復帰してからは――ほぼ打てなかった)


その事実が、九条自身の足を重くする。


森山のサイン。フォーシーム。高さは少し上。


――浮く。


あえて見せる。

打者の“高さの基準”を壊す。


九条のバットが出る。

だが、芯が下にずれる。


三塁側へ高いファウル。

ギリギリでスタンドに切れる。


九条が舌打ちする。

その音だけが、やけに大きい。


二球目。今度は同じ軌道で、ほんの少し外へ。

九条は踏み込めない。


見逃し。


追い込まれる。


三球目。フォーク。

森山のミットが、低めに構えられる。


九条の目にはフォーシームの軌道が刻まれていた。


九条はスイングを止められなかった。

ボールがバットの下をすり抜けていく。


――空振り三振。


スリーアウト。チェンジ。


森山がマウンドへ走り、ボールを返しながら小さく言った。


「上出来だ」

「九条みたいなタイプはタイミングを外せばいい」


夏目は頷いた。


この紅白戦は、ただの選考じゃない。

代表という場所で、勝ち筋を見つける作業だ。


同じユニフォーム。

違う世界。


そして――

夏目孝太郎の球を「打てる男」が、確かにここにいた。


それが、今日の一番の収穫だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ