第9話「戦術そのもの」
会議室の空気は、すでに「評価」から「設計」に移っていた。
ホワイトボードには、投手陣の名前が並んでいる。
その中で、一つだけ赤丸が付けられていた。
――夏目孝太郎。
投手コーチが、ペンを持ったまま言う。
「問題は、使い方です」
監督が頷く。
「全力で投げさせれば、短期決戦では無双する」
「だが、それは“切り札”の使い方だ」
バッテリーコーチが口を挟む。
「先発になると出場試合数が減る」
「大会を通して考えるなら、勿体ない気もする」
一瞬、沈黙。
投手コーチが、別案を出す。
「じゃあクローザーは?」
「九回を全力投球。回跨ぎも問題ない」
「170オーバーを連発できる」
監督は首を横に振った。
「それも違う」
視線を、夏目の名前に落とす。
「彼の価値は、球速だけじゃない」
森山が、静かに言った。
「右も左も使える」
「しかも、投球フォームが安定している」
「7割、8割の出力でも」
「世界レベルの打者を抑えられる」
投手コーチが、考え込むように言う。
「……やはり先発か」
「そうだ」
監督が、はっきり言った。
「先発で投げさせる」
「全力じゃない」
「右だけの登板」
「左だけの登板」
「連投はさせないが交互にすれば登板間隔も狭くできる」
「対戦国によって切り替えてもいい」
ホワイトボードに、丸が書き足される。
〈先発・調整〉
森山が続ける。
「強豪相手には、できれば左で当てたいですね」
「完全な初見殺し」
「対応する頃には、試合が終わってる」
「球数も抑えられる」
「登板間隔も詰められる」
監督は、さらに言った。
「それと――」
少しだけ、口角を上げる。
「彼は、打てる」
その言葉で、会議室がざわつく。
「外野守備も、一流だ」
「肩も強い」
投手コーチが言う。
「つまり……」
監督が、結論を出した。
「投げない日は、外野で使う」
一瞬、冗談のように聞こえた。
だが、誰も笑わなかった。
「投手でエース」
「野手でも主力」
森山が、ゆっくり言う。
「……代表史上、前例がありません」
「だからだ」
監督は言い切った。
「前例がないから、世界は対策できない」
ホワイトボードの前で、監督は振り返る。
「夏目孝太郎は」
「ただの“エース”じゃない」
一拍。
「戦術そのものだ」
その言葉が、会議室に落ちた。
誰も反論しなかった。
⸻
同じ頃。
宿舎のジム。
「……なあ」
ダンベルを持ちながら、上野が言う。
「俺たち、とんでもないやつと同じチームになっちまったな」
「今さら気づいたんですか?」
九条が、呆れたように返す。
「ガチの化け物っすよ、あいつは」
夏目は、ベンチに座り、黙々と汗を拭いていた。
自分が、どう使われるか。
そんな話が進んでいることを、まだ知らない。
でも――
自分が「投げるだけの存在じゃない」ことだけは、分かっていた。
(……忙しくなりそうだな)
そんな感想しか、浮かばなかった。
だがその裏で、
このチームは静かに一つの答えに辿り着いていた。
夏目孝太郎は、
一人で試合を変えられる存在だ。
それを、どう使うか。
それが――
この代表の、最大の武器になる。




