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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第8話「勝ち筋」

ブルペンの空気が、少しずつ緩み始めていた。


投球チェックが終わり、投手たちはそれぞれクールダウンに入っている。

ストレッチを始める者。

黙ってベンチに腰を下ろす者。

スマホを取り出す者。


だが、視線の中心だけは、まだ夏目孝太郎から外れていなかった。


数字が派手だったからじゃない。

速いだけの投手なら、ここにはいくらでもいる。


「どう使うべきか」


全員が、無意識にそこを考え始めていた。


ミットを外した森山が、夏目の方へ歩いてくる。


代表正捕手。

この合宿の中でも、投手との会話に最も慎重で、最も率直な男だった。


「少し、話していい?」


「はい」


二人は、ブルペンの端に並んで腰を下ろした。


森山は、しばらくグラウンドを見つめてから、ゆっくり口を開く。


「右も左も、正直言って想像以上だった」

「数字だけなら、今すぐ最高峰に混ざってもおかしくない」


そこまでは、評価だった。


だが森山は、そこで言葉を切る。


「でも」


視線を夏目に戻す。


「代表で勝つ、となると話は少し変わる」


夏目は、黙って聞いている。

遮らない。


「速い球は、世界に山ほどいる」

「160後半、170近いフォーシームも、もう珍しくない」


「右で殴り合うなら、君は間違いなく主力だ」

「でも、それだけだと“決め手”にはならない」


森山は、左手を軽く握った。


「君の左のジャイロボール」

「正直、捕ってて背筋が寒くなった」


少しだけ、苦笑する。


「回転も、伸びも、落ち方も」

「既存のデータに当てはまらない」


「打者からすると」

「途中まで“真っ直ぐ”にしか見えないのに、最後にズレる」


はっきりと言う。


「誰も、見たことがない球だ」


夏目は、少し考えるように視線を落とした。


「……左は、球速が落ちます」


「それでもいい。というか十分速い」


即答だった。


「世界の打者は、速さに慣れてる」

「でも、“意味が分からない球”には慣れていない」


森山は、静かに断言する。


「左のジャイロは、日本の勝ち筋になる」

「それを投げられるのは、今この中で君だけだ」


その言葉は、評価というより依頼に近かった。


夏目は、少しだけ息を吐く。


「……分かりました」


森山は、安心したように頷いた。


「ありがとう」

「それと――」


一拍置いて、続ける。


「君の球、俺でも油断したら危ない」

「試合では、もっと緊張感を持って捕らなきゃいけないレベルだ」


冗談めかして言ったが、半分は本気だった。


夏目は、素直に言う。


「よろしくお願いします」


そのやり取りを、少し離れた場所で見ていた投手たちが、ひそひそと声を落とす。


「……もう、軸決まったな」

「左で混乱させて、右で締める」

「いや、どっちもエースだろ」


上野が、腕を組んだまま言った。


「どっちにしろ」

「とんでもねぇもん拾ったな、俺たち」


夕方。


宿舎へ戻るバスの中は、意外なほど静かだった。


疲労もある。

だがそれ以上に、今日一日で受け取った情報量が多すぎた。


夏目は、窓際の席に座り、外を流れる景色を見ている。


スマホが震えた。


《どうだった?》


伊藤からだった。


《ちょっと楽しい》


短く返す。


少しして、返信。


《……楽しいって、なんで??》


夏目は、思わず小さく笑った。


宿舎に着くと、各自解散になる。


「夜、ミーティング後に軽く集まるぞ」


誰かが言ったが、

夏目はバッグを肩にかけたまま、首を傾げる。


「……筋トレ、行ってきます」


即座に、ため息が落ちた。


「またかよ」

「代表だぞ、ここ」


「代表でも、筋肉は必要なので」


真顔で言う。


数人が顔を見合わせ、やがて誰かが言った。


「……俺も行く」


「じゃあ俺も」


気づけば、投手陣の半分ほどが、無言でついてくる流れになっていた。


森山が、少し離れた場所でそれを見て、苦笑する。


「……不思議だな」

「一日で、空気が変わった」


上野が言う。


「変えたんじゃねぇ」

「基準を、引き上げただけだ」


その視線の先にいるのは、

黙々とストレッチを始める夏目孝太郎だった。


代表合宿、初日。


ようやく全員が理解し始めていた。


――この合宿は、

 「夏目をどう見るか」じゃない。

 「夏目にどう合わせるか」だ。


そしてその答えは、

まだ誰も、完全には掴めていなかった。



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