通勤
電車のドアが開く。
降りる人は、ほとんどいない。
気合いを入れ、人の中に飛び込んでいく。
座れればラッキーと言ったが、
そんなの、くじ引きの1等を当てるくらいラッキーなことで
吊り革を握ることができれば、それもラッキーだ。
同じラッキーでも1等と4等くらいの差があるのだが・・・。
感情を無にし、そのまま、電車に揺られる。
しばらくして、乗り換えをするために、電車を降りた。
次の電車が来るまで、3分程時間があった。
一息つきながら、なんとなく、ベンチの方に目をやった。
おそらく、私と同世代の女性。
私よりも、少し若い。新入社員だろうか。
その女性が、ベンチに座り、ハンカチで口を抑えていた。
額からは、前髪が濡れるほどの汗が吹き出している。
背中は丸くなり、今にもおでこと膝がくっきそうな体勢だった。
その丸くなった背中が上下に激しく動いている。
おそらく、過呼吸だろう。
周りの人は、そんな彼女の様子に気づいていない。
声をかけようか。
迷って動けなかった。
もし、何かの病気だったら、早く助けを呼ばないと・・・。
でも、貧血とか日常的におこる過呼吸なら、
自分で対処の仕方をわかっているはず。逆に声をかけてほしくないかもしれない。
どうしようか。
駅員さんに頼もうと、周りをキョロキョロ見渡すも、頼れそうな駅員さんは見つからなかった。
そんなことをしているうちに、
彼女は、涙を流すまでになっていた。
きっと、苦しいんだろう。
さすがに、このまま一人でほっておくわけにはいかない。
そう思い、彼女に近づいた。
「大丈夫ですか?」
彼女の隣に座り、声をかけた。
彼女は、少しだけ、顔をあげて、私の方を見た。
その目は、涙でいっぱいになっていた。
どうすればいいのかわからず、
とりあえず、バッグから、いつも持ち歩いている、200ml代の小さなペットボトルの蓋を開け
彼女に渡した。
彼女は、頭を下げて、そのペットボトルに口をつけた。
「ありがとうございます。」
か細い声が聞こえた。
さっきまでの様子と比べれば、かなり落ち着いてきたように見える。
少しだけ、嬉しくなった。
もう大丈夫なのだろうか。体調が気になって、聞こうとしたその時、
次の電車が来るアナウンスが流れた。
いかなければならない。また、あの戦場のような車内に・・・。
重い腰を上げながら、私は、彼女に言った。
「仕事行けそう?もう少し休んでからいくなら、連絡しておきなね。」
彼女の未来を心配した、年上の気遣い。のつもりだった。
「ありがとうございます。」という言葉が当たり前に返ってくると思っていた。
しかし、彼女は何も言わずに、下を向いてしまった。
モヤモヤっとした気持ちになりながらも、
電車に乗り遅れてはいけないので、
「じゃあいくね。」とだけ言い残し、その場を後にした。
普通、心配して声をかけてあげたのだから、
お礼を言うのがマナーではないのか?
あ、でも。水をあげたときには、言ってくれたから、いいのか。
まぁ、何度もありがとうというのは変か・・・。
私は、モヤモヤを消すために、自分が納得する答えを探した。
最終的に、まぁいいか。という半ば投げやりな気持ちで、その感情を収めたが
私の胸の中にあるモヤモヤは消えなかった。




