123.お互いの進む道
(ちゅんちゅん)オルレアンに朝が来る。
干し草のベッドに包まれ、馬小屋で朝を迎える漁民。
昨日の『トロント』防衛戦終了後、『マドリード』の『バレンシア』地方、『ベネチア』の運河沿いにある赤レンガ倉庫へ逃避行したあげく、ミューラに補導されオルレアンへの帰還を果たした。
戻ってきたのが日付をまたいだ深夜だったので、とりあえずいつもの宿屋に行くと、『トロント』から避難してきた人が部屋に泊まっていたようで全室満室、お約束の馬小屋の干し草ベッドが待っており今に至る。
「ふぁ~眠い・・。今日は(きょろきょろ)」
馬小屋の中を見渡す、同僚の馬以外、誰の気配も感じない。
どうやら聖女の襲撃は今日は無かったようだ、本当に今日は結婚式で、僕どころでは無さそうだ。
宿屋の食堂に向かい、朝食のサラダに謎ソースをふりかける。もう三聖女と食事をする機会も無くなるかも知れない。
それが、このオルレアンでは普通なのだろうけど・・今までが異常だったと思えてくる。
国の要人たるオルレアンに3人しかいない『光属性』の聖女たち。
エルミタージュ学院でも戦場でも話をした、ハート家伯爵の兄弟。
どちらも漁民の自分にとって、雲の上の存在に違いない。
宿屋の受付でチェックアウトを済ませる。受付のお姉さんから声がかかる。
「旦那様。昨日『白猫ヤマト』の方より、旦那様あての荷物をお預かりしておりますが」
「ああ、そうでした・・さすがに今日は・・すいませんが」
「かしこまりました、今日もお預かりしておきますので、お渡しの際はお声がけ下さい」
「いつもいつもすいません」
「ところで旦那様、今日はまた『白猫ヤマト』の方はこられる予定はございますか?」
「ああ、えっと・・はい、来ます。すいませんが、またお願いしても良いですか?」
「はい、もちろんでございます」
1日1回の黒い『アリゾナプライム』のカードを思い出す。2日続けて・・もうなんでもいいや。
トップページをクリックして、適当にチョイスしよう・・ぽちっとな。
どうせ使わないともったいなので使ってしまう。受付のお姉さんから声がかかる。
「旦那様、本日のご宿泊のご予定は?お一人ですか?」
「はい、1人は間違い無いです。宿泊予約は仕事終わってから考えますね」
「かしこまりました旦那様」
宿屋を後にして外に出る。
エルミタージュ学院の授業の事が気になり、ギルドカードを出す。
今日は『トロント』防衛戦の翌日という事もあり、ギルドカードのエルミタージュ学院の単位を確認するマークをタッチすると、「本日聖女ジャンヌ様と『トロント』ハート家伯爵との結婚式のため、本日は終日休校。学院は明日より再開」とのメッセージが表示される。
そのまま借金返済を進めるため、ギルド会館を目指す。
会館の1階に入るや、人っ子1人いない静まり返ったギルド会館には、総合受付の目立つ場所に『自動クエスト発注機械』と『自動精算機械』が2台設置されていた。
機械の張り紙に「本日結婚式のため、1日機械警備により無人となります」と書かれていた。どうやらギルド会館のみんなが、聖女ジャンヌ様の結婚式に参加されるようだ。
『自動クエスト発注機械』のボタンを押す。
戦闘系と技術系など選択肢が並んでおり、当然技術系を選択。スキルありますか?とのボタンの横に、スキルの無い方のボタンがあったので迷わずプッシュ。
ギルドカードを機械に入れろと表示されたので入れる、選択肢がいくつか表示される中で、大衆浴場『ウインダム』の清掃クエストが表示される。
「これだな(ぽちっ)」
ギルド会館1階のホールは静寂に包まれており、他に冒険者の姿はまったく見えない。
『自動クエスト発注機械』でクエストを発注すると、機械から銀色のギルドカードが排出される。
銀等級なのに相変わらず清掃クエスト。レベルも1、体力も1・・ライン=ハート伯爵とは比べ物にならない劣化版のヒューマン、ここはおとなしく借金返済にいそしもう。
先日の握手会の金貨はただの水物、あてにしていては生きていけなくなってします。
まずは今日1日働いて、しっかり食事と寝床を確保せねば。
(同刻 西洋教会『ハギア・ソフィア大聖堂』 新婦控室)
オルレアン市街にほど近い場所に、聖女ルナが礼拝をおこなう『ハギア・ソフィア大聖堂』がある。
かつて15年前は、聖女アイリスが礼拝をおこなっていた神聖な場所。
オルレアンの人々の心の故郷、日曜日は毎週ミサが開かれ、神官でもある聖女ルナが教えを人々に説く。
エルミタージュでは見せる事の無い神妙な表情で、本日行われる結婚式を前に、聖女ルナは大聖堂に集まる人々にミサを行い西洋教会の教えを説く。
結婚式場も兼ねるこの『ハギア・ソフィア大聖堂』の新婦控室では、この後行われる、『トロント』ハート家次男、ライン=ハート伯爵と聖女ジャンヌとの結婚式を目前に控える。
母アイリスが娘のジャンヌの髪を優しく、優しくとき、聖女ジャンヌはその幼い体にシルクのウェディングドレスを身に着け、鏡の前に母と共に座り、その瞬間を待っていた。
「・・良いのですねジャンヌ?」
「お母様・・何が?」
「・・このまま誓いの言葉を迎えて、本当に良いのですね?」
「・・今さら嫌なんて言えないよ」
「そうなのですね・・でもお母さんはあなたの事が・・」
「お母様?」
「ごめんなさいジャンヌ。あなたの晴れの日に、お母さんったら。あなたはいずれ子を産み、育て、『光属性』をその手に紡がねばなりません。その運命は、生まれた時からあなたに課せられた運命・・」
「分かっておりますお母様。私も、ルナお姉様も・・」
「でもねジャンヌ・・(うるっ)」
「ちょっとお母様、泣かないでよ~」
「ごめんなさい、ライン=ハート様、お母さんもとても良い殿方だと思うわ。あなたがそう決めたのなら、お母さんはもう、何も言いません」
「お母様・・ジャンヌは・・」
『ハギア・ソフィア』大聖堂の控室で、母がウェディングドレス姿の娘の髪を、優しく、優しくとき続ける。
大聖堂の中では、聖女ルナのミサが続く。
大聖堂の外では、まもなく行われようとする結婚式に備えて、大勢の人々が4大陸から『転移結晶』を通って『ハギア・ソフィア大聖堂』に集まろうとしていた。
オルレアンの人々の集まる人の流れもまた大聖堂へ向かう中、1人だけ、大衆浴場『ウインダム』へと向かう漁民の弱々しい足取りだけが、オルレアンの大地に刻まれて行く。




