113.決戦前夜
明日の『トロント防衛戦』に向けた選抜試験の1つ、闘技場『コロッセオ』における決勝戦のバトル・ロワイアルが終了した。ドワーフの母強し、4大大陸のすべての国民の心が1つになり、場外にはじき出されていたセントルイス学院長、そしてガイアがそれぞれ担架に乗せられてどこかへと運ばれていく。ライン=ハートが兄の元へ駆け寄る。
「ジャック兄さん!」
「すまんハートよ・・私の・・力・・およばず・・ううっ」
「いいんだ兄さん、もう兄さんは十分戦ってくれたよ。ハート家嫡男らしく、全力で立ち向かってくれた。兄さんの事を、誇りに思う」
「ハートよ・・」
「兄さん!しっかりしてくれ!」
ジャック=ハートの担架に連れ添って、ライン=ハートも一緒に治療室へと消えていった。
(王族観覧席 女王陛下ブース)
シャルル=ドゴール女王陛下とアイリスが、決勝戦よりも双子姉妹を終始眺めながら笑って過ごす穏やかな空気に包まれる中、観覧席のブースに入る『ベネチア』王女、アクア=マリンとキグナス将軍の姿があった。
「失礼、久しいですなシャルル女王、それに聖女アイリス様。アクア様が謁見したいと聞かないものでして、無礼を承知で失礼致します」
「おお、キグナスか。アクア王女、明日は『トロント防衛戦』じゃな。『ベネチア』の兵士の招集、大儀である、頼りにしておるぞ」
「しゃるるじょうおう、『みずのくりすたる』のため、わらわもできることをやろうぞ。ルナ・・」
「まあ、アクア様」
「いっしょにあそぶ」
「あら」
「まあ」
「ぷっ、ふふふ」
「お母様、笑わないで欲しいのです。アクア様は可愛いのです」
「ルナが3にん・・」
「アクア様、こちらはわたくしのお母様、聖女アイリスです」
「ルナの母、オルレアンが聖女、マミフレナ=アイリス=ダルクにございます、アクア王女。ルナがいつもお世話になっております」
「アイリス・・ルナ・・いっしょにあそぶ」
「あら」
「まあ」
「ふふふ、あははは。これは愉快」
「ちょっとシャル、笑わない」
「ははは、いや、すまぬすまぬ。して、その遊戯、わらわも一緒にまぜてはもらえんかのうアクア王女」
「シャルもいっしょ、いっしょにあそぶ」
「ははは、では話は決まった。して聖女ジャンヌはいかがする?」
「アクアちゃん、ジャンヌね、こいつのお荷物運ぶの手伝ってから後で行くね」
「イチロウもいっしょにあそぶ」
「アクア様、僕、借金の返済がありまして」
「しゃっきんとはなんぞやイチロウ?」
「たくさんあると首が回らなくなるやつですよ」
「イチロウはくびがまわらんのか?おかしいやつよの」
「はは、よく言われます」
「あんたね、全然話がかみ合ってないでしょうが!アクアちゃんの耳が汚れるから、あんたは私とさっさとギルド会館行くわよ!」
「ジャンヌ?スズキ様とギルドに行くのですか?」
「うん、ルナお姉様。私もこいつのブース片づけるの手伝ってくる、エリスさんたちだけだと大変でしょ?」
「まあジャンヌ、あなたは何て良い子なのでしょう(ううっ)」
「お母様泣かないでよ~」
「ジャンヌ様、別に僕1人でだいじょ(ぐぐっ)うぐぐっ」
「さあ行きましょうかイチロウ君、あははは・・逃げようったってそうはいかないんだからねあんた(ぼそっ)」
「イチロウとあそびたいのじゃ」
「アクア様、ぜひ!(きらん!)ああっと、急いで行かないと。ギルドの緊急招集が突然僕に、なんですって!野獣がオルレアン海を北上中!?これはまずいですよジャンヌ様!」
「そうなのか・・ジャンヌ、そなたははやくくるのじゃ」
「うんアクアちゃん、また後でね。先にルナお姉ちゃんたちと遊んでてね」
「りょうかいなのじゃ」
「ばいば~い、また後でね~」
王族観覧席から聖女に無理矢理連行される漁民。
闘技場『コロッセオ』に別れを告げ、握手会場・・元おにぎり屋『毘沙門天』に戻ってくると、すでにテントや長机などが片付けられており、たくさんの硬貨が満載された怪しい箱を水の戦士2人が警備していた。
「エリス、ジョン!」
「イチロウ君、片付け終わってるわよ」
「エリスすまない、ジョンもありがとう」
「おい銀等級、なんでジャンヌ様と一緒なんだよ」
「えっとね、こいつの代わりにそこの箱をギルドまで運んであげるの」
「ちょっとイチロウ君、聖女様に荷物運ばせるなんてダメじゃないの!」
「そうなんだよ、エリスからも早く王宮に帰るように言って(ぐぐっ)うぐぐっ」
「あははは、大丈夫だよエリスさん。私、パパに用事があってギルド行くから、ついでに運んであげるって約束してるだけだから良いの」
「へ~それなら俺も一緒に手伝って(ぎゅ!)なんだよエリス?」
「ジョン、ここは気を利かせなさい。私たちはお呼びじゃないのよ?」
「なんだよそれ?」
「エリス、助けてくれって」
「じゃあねイチロウ君。あっ、あなた、ジャンヌ様に手出したらオルレアンと『トロント』の2大国を敵に回す事になるから、断じてやらしい事しないように注意しなさいよ」
「それどういう意味だよエリス?」
「だってジャンヌ様・・」
「・・・」
「もう行くね。ほらジョン、そっちの机あなた持ちなさいよ」
「分かったよエリス。それではジャンヌ様、ごきげんよう。ちゃんとジャンヌ様の護衛しろよ銀等級」
「2人とも、置いて行かないで」
「さ~て、よいしょっと。こんな机くらい、軽い軽い」
「あっ!いた!!ダーリン!!」
「げっ!?でっかい女!?」
「ダーリン!!ずっと、ずっと探してたのよ!!愛してる!!」
「何よジョン、あんたいつのまに許嫁作ってたわけ?」
「んなわけあるかエリス、わ!来るな!?(だっ!)」
「逃げないでダーリン!!(だっ!)」
机を持ったジョンを、謎のでっかい女が追いかけて行く。その後ろを、エリスがゆっくりと追いかけて行った。残された聖女と漁民。
「あんたはこっち」
「かしこまりました・・」
「よっこらしょっと(がちゃ)なかなか詰まってるわねこの箱」
「ほとんどルナ様とアイリスで稼いだ、さい銭箱(目がキラン!)よっ、さすが葛飾の松下聖子ちゃん!あ~わたしとハートは~オルレアンの~風に乗って走るわ~(くねくね)」
「死にたくなければ今すぐ黙りなさいあんた。しかもあんたね、いつもいつも私にしか伝わらない歌、歌ってんじゃないわよ」
「さすが美馬さん、分かってる。聖子ちゃんは我々世代の永遠のアイドルですもんね」
「世代言うな、世代。この私に消されたいわけ?嫌なら今すぐ黙りなさい」
「かしこまりました」
新妻になる聖女にお叱りを受ける漁民。
最後に『毘沙門天』などの旗をしまい込み、背中に背負う。
活躍を終えた『兵式飯盒』を1つにまとめ、さっさと来なさいと言わんばかりに睨みを利かせる聖女様の後をついていく。
エルミタージュの西門から外に出ようとすると、臨時で開かれている『転移結晶』のゲートへ向かって、『ベネチア』『マドリード』『トロント』へ戻って行く人々の流れがあり、聖女ジャンヌの顔を見るなり、人々の歓声がかけられ、その声に・・愕然とする。
「(結婚おめでとうございますジャンヌ様!)」
「(ライン=ハート様といつまでもお幸せに!)」
「マミ・・」
「・・マミ言うな」
「美馬さん・・結婚・・なんですね。はは・・いつです?」
「・・・」
「戦いが終わったら?」
「・・そうよ」
「明日・・16歳・・でしたっけ?」
「・・そうよ」
「おめでとう・・ございます」
「・・そう」
ギルド会館までの道のりを、人々の祝福の拍手に送られながら、聖女を先頭に、その召使いが後ろを歩いて進んで行く。2人は、終始無言、周りの祝福の拍手だけが、響いて行った。
ギルド会館に到着する2人。受付窓口にさい銭箱を一度置くジャンヌ。1番窓口のサリーさんに声をかける。
「これ重たいんで、私中に入って運びますね」
「まあジャンヌ様、ありがとうございます。こちらへ」
「さすが美馬さん、いつもそれくらい、おしとやかなら、お母様をしのぐ人気が(目がきらん!)いよ!さすが葛飾のジェニファー=ロペス。その美貌で全世界がメロメロですな~。いや~そのヒラヒラのスーツがなまめかしい、大人の女性の色気っすよ奥さん」
「死にたく無ければ今すぐ黙りなさい!あんた、私の事何だと思ってるのよ!」
「7人目のセーラー戦士だって、いつも自分で言ってたじゃないですか?」
「そんな昔の話思い出させないでよ」
「暗号ですよ暗号。マックの幸せ御膳にやなせたかし遊園地、あの子にバレないようにいつも2人で使ってたじゃないですか」
「あんたがいつも変な事言うから、あの時から『感知』スキルいつもフル稼働だったんだからね」
「またまた~」
「今この場であなたの今世、終わらせてあげようかしら(目がきらん!)」
「待って下さいよ美馬さん。また僕変なところに転生させないでくださいよ。魚の次は蜘蛛とか嫌ですからね」
「どんどん脳ミソ退化してってるじゃないのよあんたは!しまいにはスライムにでも転生したら?私が瞬殺してあげるから(きらん!)」
「愛してますから、勘弁して下さいよ美馬さん」
「それに私、悪徳令嬢モノの方が好きなんですけど」
「知ってますって、微妙に小金持ちの貴族の集まりでしょ?そんな日本のPTAみたいな組織に転生して役員にでもなった日には、絶望してまた僕体力1吹き飛んじゃいますよ」
「はいはい、本当あんたはいつも何言ってんだか分かんないんだから、まったく」
「・・・」
「なによ、いきなり黙っちゃって」
「えっ、いや、はは・・このやりとりも・・今日までかなって、思いまして・・」
「・・そうかもね」
「こら小僧!貴様、わしの娘と何を話をしておるのだ!」
「ひっ!サンダース様!?」
「パパ~(だきっ!)」
「おお~わしの可愛いジャンヌよ~可愛い可愛い(じょりじょり)」
「パパ~おひげじょりじょりして、ジャンヌ痛いよ~(じょりじょり)」
「は、はは・・」
親子の愛のスリスリを眺めながら、今回の握手会・・もとい『おにぎり屋』クエストの報酬が確定するのを待つ。硬貨のカウントが終わったらしく、サリーさんから声がかかる。
「スズキ君がこんなに今日1日で稼いだわけ!?」
「なに言ってるんですかサリーさん。僕の実力ですよ、実力」
「(ぴょん)あんたが何言ってんのよ。私のおかげでしょ、私の」
「分かってますって奥さん。すべて聖女様のお力でございます」
「あらあんた、よく分かってるじゃない。そういうわけだから、今回の分配は1:9ね」
「ええ!?なんですそれ!さっきまで5:5って」
「気が変わったのよ、私の」
「また奥さんいつもいつも。2秒先にはもう言ってる事変わってるじゃないですか?ブレブレですよ奥さん」
「奥さん言うな奥さん。私は政治家じゃないんだからね?聖女なんだからね、聖女」
「悪徳令嬢の間違いじゃ」
「小僧、貴様、わしの娘に今何か言ったか?(目がキラン!)」
「何をおっしゃいますかギルド長!いや~さすが娘様、『トロント』の英雄と結婚とは、さすがお目が高いですな~」
「・・そうだぞジャンヌよ。なぜわしに一言相談してくれなんだか?あんなどこの馬の骨とも知れん男に、お前を嫁になど・・」
「・・ごめんなさいパパ。なんか、良いかなって思っちゃって・・」
「そうか、ジャンヌよ(ひしっ)」
「パ、パパ・・」
「可愛いお前がそう決めたのなら、パパはもう何も言わん。お前の幸せこそ、わしの幸せ。ライン=ハートは正当なる『トロント』のハート家の伯爵。『トロント』はわしの生まれ故郷でもある、雷の国の人間は熱くまっすぐ、わしのようにな。ここにいる『水属性』の小僧とは違う、お前がこのミジンコを選ばんでわしは心底安心したぞ」
「雷の国の人間は短期で稲妻のごとく手も早いですね」
「何か言ったあんた?(目がキラン!)」
「さすが『トロント』の人間は違いますね~。ミジンコの僕じゃあとてもとても、聖女様の荷物持ちが限界でございますぞギルド長。可愛いお孫さんの顔が待ち遠しい~」
「小僧、そんな事は分かっておるわい」
「あの~クエストの報酬・・いかがされますか?」
「ああ、サリーさん。結局いくらでした?」
「銀貨と銅貨をすべて金貨へ換算しまして、しめて金貨5000枚です」
「な!?」
「すご~い!!」
「スズキ君、今回のクエストは聖女様と一緒だったの?」
「いえ、僕の単独クエスト(目がキラン!)いや~ジャンヌ様のお力添え無くして、この成果は考えられませんでしたよ」
「分配はどうする?」
「ジャンヌよ、パパ、じつはちょっと今月カツカツでの~。いきなり結婚じゃと言われて、少々お財布が・・」
「大丈夫よパパ!今日のジャンヌのクエスト報酬、全部パパにあげる!」
「おお!?ジャンヌよ!!お前はなんと親孝行な娘なんだ・・(うるるっ)」
「パパ~(だきっ!)」
「そうきたか・・サリーさん、先に僕の口座に全額入金して(ぼそっ)」
「あんた、今なんか言った?」
「いえいえ、奥様。わたくしは何も何も」
「え~ご感動の場面、申し訳ないのですが」
「あっ、セバスさん」
「セバス、わしの娘とのふれあいの時間なのだぞ?」
「え~今は明日の『トロント』防衛戦に向けて総力を挙げている時なのですぞ、まったくあなたという男は、どうして2人の娘の事になると判断がおかしくなってしまわれるのか・・ところでスズキ君」
「なんですセバスさん?」
「え~ジャンヌ様の結婚式の費用に関しては、『トロント』王族側にもたせるよう私が交渉致しますゆえ。その金貨に関して、少々明日の『トロント』防衛戦の装備品に当てさせてはくれませんかな?」
「ええ!?」
「ちょっと、その金貨は私たちが稼いで・・」
「え~聖女ジャンヌ様、オルレアン王宮は国庫の大半を今回の戦時費用に拠出しております。このオルレアン連合ギルドも銅貨1枚まで装備品に使い切ってしまっておりますゆえ」
「えっ!それってもうスッカラカンじゃないですかセバスさん!借金しましょうよ借金、僕みたいにたくさん」
「え~どこに借りると言うのですかな?」
「え?」
「あっ」
「セバス、お前の金策なればその程度」
「もう『ベネチア』からも『マドリード』からも、借りられるだけ借りておりますぞギルド長」
「セバスさん、そんなに大盤振る舞いして大丈夫なんですか?借金まみれの僕が言う事じゃないかも知れませんけど」
「え~今回の『トロント防衛戦』でゴブリン魔導兵を倒していただき、大量に魔石に替えていただければ、倍になって金貨は当オルレアン連合ギルドの財政を満たしてくれましょうぞ」
「凄いセバスさん!いや~頭の良い人ってやっぱりすごいな~。軍師ですよ軍師、諸葛孔明ですよセバスさん。それなら喜んで、ぜひギルドに使って下さいよ」
「え~そのしょかつなんとかと言うのは何の事でしょうな・・」
「パパ~良いの?」
「うむ・・パパ以上に、このギルドの金庫もカツカツじゃからの・・」
「ふ~ん、それなら全部ギルドに使って良い。その代わり・・」
「え~分かっております。来月のサンダース様のお給料には、特別ボーナスを上乗せさせていただきますぞ。聖女ジャンヌ様は・・ご自由におねだりしていただければ結構かと」
「うん、それなら良いよ!」
「おおっ、本当かセバスよ!!そういう事は早めに言ってくれい」
「え~まったくあなたというお方は・・それからスズキ君」
「はい」
「え~今は無い袖は振れませんが、君にもいずれ特別支給を出しましょう。今は黙って・・」
「もちろんですよ。サリーさん、セバスさんに、ギルドに全額お願いします」
「分かりました」
「え~では、サリー、リンダ、エミリー」
「(3エルフ)はい」
「足りなかった5000人分の装備品、今すぐ『マドリード』に亡命中のドワーフに発注をかけるのです。金貨が間に合ったと伝えなさい」
「(3エルフ)かしこまりました」
「やりましたね美馬さん。三方1両得、遠山の金さんですよ。みんなゴブリンの魔石のおかげで幸せですね」
「それを言うなら大岡越前でしょうがあんたは、もう、いい加減なんだから。それに、まだ倒してもいない魔石あてにしない」
「大丈夫ですって美馬さん。僕に明日任せて下さいって」
「まあ・・あんたのあれだけは・・期待してるわ」
「そうして下さい。明日も美馬さんの一撃で楽勝ですよ楽勝」
「はいはい、調子良いんだからまったく。まあ、明日の兵士の装備すらままなっていなかったなんて知らなかったし・・パパ、明日本当に大丈夫かな~」
「パパに全部任せておけ、わしがゴブリンどもをねじ伏せてやるわい」
「パパ~(ぴょ~ん)」
「ジャンヌ!(ひしっ)」
「・・僕、帰りますね」
「え~スズキ君」
「あっ、はい。どうしましたセバスさん?」
「いつもいつも、君には助けられてばかりだ」
「何言ってるんですかセバスさん。別に何もしてませんよ僕?」
「え~明日は・・」
「セバスさん?」
「頼りにしておりますぞ。朝、まず私のところへ来なさい。良いですね?」
「分かりました」
サンダースパパと娘の愛の抱擁を背中に、セバスさんとの明日の再会を約束してギルド会館を後にする。
そのままギルド会館前の宿屋へ直行。太陽はすでに夕日にかわり、地平線へ向かって沈んでいく。明日はいよいよ決戦の日。
4大陸の、あちこちで、夜を徹して、決戦の準備が、続いていた。




