108.しばしの休息
闘技場『コロッセオ』の外のブース、おにぎり屋『毘沙門天』に聖女や英雄が食べに来たせいでお店は大繁盛。
貴族中心の来客層のため、おにぎり2つに味噌汁セットで銀貨1枚と表記した旗を掲げている。
さい銭箱に次々と金貨が投入されていくのだが、『おにぎり』を作るのに必死の難破船料理人の漁民には、それを確認する余裕は無かった。
「(しゅしゅ ぎゅっぎゅっ)はいジョン君」
「『味噌汁』っと、はいお待たせしました。お会計はそこの箱にお願いします。では次の人~」
用意したのは業務用『新潟県産コシヒカリ』20キロと、おまけで布の米袋に勝手に入っていた味噌を使ったネギ入りの味噌汁。
さらに『おにぎり』の材料として、今朝がた『ベネチア』の市場関係者から安く大量に仕入れた『サケ』『明太子』『こんぶ』『のり』などの海産物を、火の結晶石であぶって用意した『おにぎり』の具を大量に用意しておいた。
『すじこ』などの思わぬ具をゲットできたおかげで『おにぎり』1個あたりに占める具の割合が増加、結果当初400個分の『おにぎり』のお米の割合を下げたため、『兵式飯盒』ですでに魔法瓶モードの保温に移行しているお米たちには、まだまだ余裕がある、稼ぎ時だ。後は邪魔さえ入らなければ・・。
(「聖女様だ!」)
(「聖女様に順番をお譲りするんだ!」)
「ん?なんか騒がしいな」
「あんた、来てやったわよ」
「げっ、なんでお母さんまで連れて来ちゃったんですか美馬さん?」
「美馬言うな、美馬。なにが「げっ」よ?連れてきたら都合でも悪いわけ?」
「都合もなにも、国のトップクラスの要人が2人も来て、なにうちの出店の順番抜かしてるんですか?」
「ちゃんと最後尾から並んだわよ。勝手にみんなが譲ってくれたの、ねえお母様」
「イチロウ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう・・って、ちょっとアイリス」
「はい」
「ほら、後ろ見てみろって。アイリスは聖女なんだから、みんな遠慮しちゃって順番抜かしちゃっただろ?譲ってくれるって言われても、そこはちゃんと並びますって答えないと」
「ああ・・ご、ごめんなさい(ぽろっ)」
「ちょっとあんた!またお母様泣かせてんじゃないわよ!」
「ジャンヌ様、ライン=ハートどこ行ったんですか?2人でイチャイチャしてたんじゃないんですか?」
「なんでそれ知ってるのよあんた」
「適当に言っただけですよ、今日は『梅干し』用意して無いんですから、勝手に図星にならないで下さいよ」
「(顔を赤らめるジャンヌ)あんた、決勝トーナメントに進んだこの私に消されたいわけ!」
「さすが野獣ジャンヌ様(びゅ!)素晴らしい戦績、さすが7人目のセーラー戦士。ずっとここで営業してた僕はその雄姿を、見る事出来ませんでしたよ」
「ふんっ、見なくていいわよ、あんたなんかに」
「あっ、でもさっきまで予選2回戦とかアナウンスしてませんでしたっけ?」
「あんた馬鹿?とっくに予選トーナメント5回戦まで終了してたでしょ?もうこの後お昼休憩挟んで決勝トーナメント!どうせくだらない話でもして、お茶でも濁してたんでしょあんた?」
「へ~もうそんなところまで進んでたんですね。どうりで人が多くなったと思いましたよ」
「いつもいつも適当なマーティングしてるから、あんたの働くお店いつも潰れるんでしょうが!」
「痛いところついて来ないで下さいよ美馬さん。僕は大器晩成型なんですから」
「15年かけても大器にも晩成すらしなかったじゃないのよあんたは!」
「痛いとこエグラないで下さいよ。ところでなんで聖女様がトーナメントなんか出るんです?そこで泣いてる聖女さんも出たんですか?」
「お母様は出ないわよ!私は・・その、今月ちょっと・・かつかつなのよね・・」
「えっ、トーナメントって金貨の報酬もあるんですか?」
「ええ、順位に応じてそこそこ・・って、なんで募集要項見て無いのよあんた!」
「出る気が1ミリも無かったので、昨日の掲示板、チラ見すらしてませんよ」
「あんたは再就職説明会も、いつもいつも聞き流して!」
「すいません、すいませんでしたって。それで美馬さん、聖女なんですからお小遣いとかそこそこ国庫から出るんじゃないですか?」
「あるわよ・・ルナ姉はちゃんと貯金してるみたいだけど、私は・・」
「ああ、さすが美馬さん、東京葛飾区出身、江戸っ子ですね~よっ、葛飾のジャンヌ=ダルク!宵越しの金は持たない主義ですもんね」
「そうよ、私の事よく分かってるわねあんた。そういうわけだから、ここの代金はあんた持ちね、さっさと作りなさいよ」
「ちょっと待って下さいよ、そんな殺生な。ほら、僕の借金、実質、美馬さんの借金ですし」
「あんたは先に死んで戸籍にバツがついてんの。私からくすねようとしても、そうは行かないんだからね」
「も~分かってますって美馬さん、活躍をお祈りしております。ほらアイリスも、もう泣くなって、僕が悪かったから。後ろの人なんか、アイリスに順番譲って目の前で聖女を眺められて凄く嬉しそうだから、アイリスが何したって慰問になるから、許してやるからさ」
「本当でございますか?」
「(アイリス様、お気になさらず!)」
「(我々がアイリス様より先にお食事をいただくわけには参りません!)」
「みなさん・・」
「美馬さん、美馬さんの人気はあんまり無いですね(ぎゅ!)痛ててて、痛い、痛いですよ聖女様」
「あんたはいつもいつも一言多いのよ!お母様の前だからこれでも最大限出力下げてやってんのよ、死にたいわけ?」
「こらジャンヌ、イチロウ様をつねらないの」
「は~い(しゅ・・)」
「痛てて・・ちょっと良いですか美馬さん、こっちこっち」
「なによ・・」
「イチロウ様?ジャンヌ?」
「アイリス、ちょっとタイム」
「タイム?イチロウ様、タイムとはどういう意味なのですか?」
「ああ、えっと、ちょっと待ってって言う意味。アイリスの『おにぎり』に入れる具の相談するから」
「そうなのですね」
「なによあんた、私もお母様も何でも食べられるわよ」
「さすが野獣(ぎゅ!)痛ててて、ちょっとタイム、タイムですって(しゅ)や、薬草・・(モグモグ)は!はぁ~はぁ~、落ち着いて下さい聖女様、ど~ど~」
「誰のせいでイライラしてると思ってんのよあんたは!ふんっ、それでなによ」
「あの、お母様なんですけど」
「なによ、さっきからお母様の顔見てニヤついて、やらしいオーラが出っぱなしなんですけど」
「美馬さんの可愛い顔見てニヤついてるんですって」
「ふ~ん、まあ、そういう事にしておいてあげる。で、なに?」
「お母様の契約の件、聖女がお約束勝手に解釈しちゃった件なんですが」
「なによそれ、あんたまたそれで小説1本書こうとか考えてるわけ?」
「違います違いますって、なろう系はこの1本で最初で最後ですから。その契約なんですが、なんでここにいるんですお母様?」
「・・それは・・私も、そう思うの」
「でしょ!そうです、さすが美馬さん、そうなんですよ。彼女の言う殿方の約定って、僕が15年前にライン=ハルトっていうアイリスの許嫁に決闘であっさり負けた時の約定なんですけど」
「ええ、大体聞いてるわよ、エルミタージュでは顔を合わせちゃダメなんでしょ?ここがどこかって言われれば、まあ、100歩譲って、まあ・・ギリセーフ・・みたいな」
「超アウトですよ、超。どれだけ譲っても西門くぐってますよ美馬さん。ほら、そこ、この前、美馬さんに土下座させられた温水プールありますよ」
「昨日の夜はお母様、大丈夫だって・・」
「それに、元々の殿方の約定って、顔を合わせないって断定してたのに。いつの間にかあの子から、『学院ではお顔を合わせない』に範囲が狭くなってたんですよ。そしてさらに今日またエリア狭まりましたよ、解釈改憲ですよ美馬さん、日本国憲法と一緒ですよ」
「その私にしか伝わらない細かすぎる例えやめてもらえない?あんたの言いたい事は私にはなんとなく分かるけど、ルナお姉様やミューラ先生とか、みんな頭にクエッションマーク付いてんでしょ?」
「あの子がこのオルレアンでしゃべったら最後、右も左になるんですよ美馬さん。地球は丸いのに、平らになっちゃうんですってば」
「別に平らでも良いのよ。私が困ってるのは、ほら、さっきもタイムとか言っちゃうと、あんたの言った事が分からないって、夜中一晩中ずっと布団で抱きしめられて説明させられる私の身にもなりなさいよね。ルナお姉様は先に寝ちゃうし、まったく」
「それメチャメチャ嬉しいやつじゃないですか(ぎゅ!)痛ててて、痛い、痛いですよ美馬様」
「美馬言うな、美馬。あとやらしいオーラ出すなって言ってるの」
「あの2人とも、『おにぎり』の具は決まりましたか?」
「ああ、お母様のが決まりました!ねえイチロウ君?」
「美馬さんがイチロウ君とか気持ち悪いですね(ぎゅ!)痛い、痛いってジャンヌ様」
「2人とも・・どうしてそんなに仲が宜しいのですか?ジャンヌ?」
「そんな事無いのお母様」
「ちょっとアイリス。大事な話、してもいいか?」
「はい。どうぞ・・」
「アイリスさ・・」
「はい」
「ここ・・どこ?」
「はい?」
「ちょっとあんた!それはダメって」
「ジャンヌはお黙りなさい」
「ひっ、お母様・・はい」
「イチロウ様、ここというのは、どういう意味ですか?」
「僕たちがいるここ、今、どこにいる?」
「うっ・・は、林の中です」
「ちょっとあんた!」
「ジャンヌはお黙りなさい」
「お母様~こいつ馬鹿だからやめた方が良いよ~」
「お口」
「はい・・」
「イチロウ様、わたくしたちは林の中に」
「違う、アイリス・・ここは・・」
「ここは?」
「エルミタージュの敷地内だ」
「(ガーーン!!)ううっ」
「あっ、言っちゃった」
「そうだよな、アイリス」
「ううっ・・(ぽろぽろっ)」
「ちょっと馬鹿でしょあんた!何お母様泣かせてるのよ!」
「うるさいなジャンヌも、聖女のくせに都合の良い解釈ばっかりしてるんじゃないって言ってるんだよ!」
「ううっ(ぽろぽろっ)ごめんなさい。わたくし、どうしてもイチロウ様とお話がしたくて」
「お母様泣かないでよ~。ちょっとあんた、ちゃんとフォローしなさいよ!今晩寝られなくなったら、明日の決戦どうしてくれんのよ!」
「それは困る・・アイリス」
「ううっ(ぽろぽろっ)・・はい」
「(ささっ)ほら、今日は目をつむってやるから、これ、僕が作ったやつ、飲んで」
「それは?」
「イチロウが作ったこれ、『お味噌汁』だよお母様。ジャンヌと一緒に飲もう?こいつ口こんなだけど、腕だけは確かだから」
「そうだぞアイリス、脚力はまだ1だけど、漁民に転職して腕力は2ある」
「そっちじゃないのよ馬鹿!はいお母様、ジャンヌと半分こ」
「ありがとうジャンヌ(ずずっ)んん!?」
「どうしたアイリス?」
「熱かったのです」
「ぷっ」
「ははは」
「どうしてお笑いになるのですか?」
「ははは、ルナ様にそっくり、ほんとウケる」
「ぷっ、ふふ。お母様、飲む前にそのコップ少し傾けてからふ~ふ~すれば良いの」
「そうだぞアイリス。アイリスもルナ様と一緒で猫舌なんだな、ちゃんとふ~ふ~しろよ」
「分かりました・・なんだか2人から闇を感じるのです・・(ふ~ふ~・・ずずっ)美味しいのです」
「ぷっ」
「くくく」
「なんでお2人とも笑っておられるのですか!」
「あははは、笑ってないってアイリス、可愛い可愛い。さあ娘さん、あなたも一杯どうぞ。ただのスープじゃないですよ、味噌スープですよ、ミソス~プ」
「あんたのライディング、まったくでたらめ。そんなんだから公務員試験落ちるのよ」
「日本国憲法は結構出来たんですって、ちょっと英語が駄目だっただけ。さあ飲んで美馬さん、さあ」
「美馬言うな、美馬。仕方ないわね。どうせ味なんて・・(ずずっ)んん!?」
「ジャンヌ!あなたもふ~ふ~しないから!」
「どうした美馬さん?」
「味・・」
「味?(2人)」
「お味噌の味・・凄いする、美味しい・・」
「ぷっ」
「はは」
「2人とも笑わないでよ!」
「はははは(2人)」
「あんたも笑ってないで、さっさと『おにぎり』作りなさいよ!」
「はいはい(しゅしゅ ぎゅっぎゅっ)はいどうぞ。あっ、美馬さんの勝手に『明太子おにぎり』と『焼きたらこおにぎり』にしちゃいましたけど良かったですよね」
「あんた・・なんで私が『明太子』好きなの覚えてんのよ」
「15年も一緒にいれば嫌でも覚えますって。結婚してた頃、近所の『越後屋』のおにぎり屋、よく通ってたじゃないですか3人で」
「ああ、そうね・・」
「はい次はアイリス、何食べたい?」
「どれが美味しいのジャンヌ?」
「お母様が、どれが美味しいか聞いてるわよあんた」
「無難に『サケおにぎり』と『ツナおにぎり』が良いですかね?『明太子』とか『すじこ』って、結構クセあるじゃないですか」
「それもそうね。お母様、お魚をほぐしたやつで良い?」
「はい、それでお願いします」
「あんた、それで良いって」
「はいはい、なんで同時通訳なんですかね~(しゅしゅ ぎゅっぎゅっ)はいアイリスの。『お味噌汁』2つ、お待たせしました!」
「美味しそうないい香りがするのです」
「これ・・」
「どうしました美馬さん。それ、『新潟県産コシヒカリ』ですよ」
「・・匂いがする」
「えっ、変なにおいします?」
「違う!美味しそうな・・良い匂いがするの」
「ぷっ」
「ふふふ、ジャンヌったら」
「お母様まで笑わないでよ~。そういう意味で言ったんじゃないの~」
「(だっだっだ)お待たせ致しましたジャンヌ様!」
「ハート様!遅いよ~」
「申し訳ございません。祖国『トロント』の取材にいささか手間取りましたゆえ、面目次第もございません」
「取材・・ライン=ハート様も決勝トーナメント進出ですか?」
「当たり前でしょ、あんたとはレベルが違うのよ」
「貴公はこんなところで何をしておるのだ?ジャンヌ様、母君、その手の物は一体・・」
「僕はレベルが1ですから、闘技場に立つと消滅するのでここで商売してるんですよ。ああ、そういえばライン=ハート様。先ほどジャック伯爵もみえられて、ルナ様と2人分、金貨で僕の『おにぎり』買っていただいて献上してましたよ」
「なんだと、それはまことか!ジャンヌ様と母君に当然私も献上致す、兄上に先を越されてしまった。これで足りるか貴公!」
「ハート様!こいつなんかにそんなに金貨出しちゃダメだよ~」
「ジャンヌ様、これは私の、あなた様への愛の重さなのです、お気になさらず」
「ハート様・・(びびっ)」
「(しゅしゅ ぎゅっぎゅっ)はい、愛の『辛子明太子おにぎり』と『身ごもりこんぶおにぎり』の完成です。卵たくさんついてますんで、これを食べて2人で、『光属性』の赤ちゃんたくさん作ってきて下さい」
「おお、そなた、なかなか面白い事を申すな。貴公、なかなか見どころがあるではないか」
「はは、どうも」
「馬鹿な事言ってんじゃ無いわよあんた!それになに仲良くなってんのよあんたたち!」
「ジャンヌ、お口。ライン=ハート様に失礼なのです。ハート様、先導をお願い出来まして?」
「お任せください母君。ささっ、ジャンヌ様も。あそこの席へご案内致します」
「お願い致しますハート様。イチロウ様」
「えっ?ああ。どうしたアイリス?」
「またの機会、お誘い願います」
「へ?」
「行きますよジャンヌ」
「はい。待ってよお母様~」
ライン=ハート様を先頭に、アイリスママと美馬さんが『おにぎり』2つと『味噌汁』を乗せたお盆を持って消えていく。
「(ふらふら)復活したぞ銀等級」
「ようやくブロンズ像から目覚めたかジョン君」
「ルナ様は?なんでルナ様、あんなに俺に期待してくれるんだ銀等級?」
「馬鹿だがジョン君。ルナ様の君への期待度は、もはやあの真昼にのぼる月の高さまで達しているのだぞ!」
「おお。こんな真昼間なのに、いつの間に月が・・綺麗だぜ銀等級」
「そうだぞジョン君。ルナ様はあの月から、君のアイカツをずっと見つめておられたのだ」
「そうか。俺がアイカツ頑張ったから、それでさっき、こんな端のブースまで応援に来てくれたんだな。すげー、すげーぜアイカツ、先生!」
「さあジョン君、これからアイカツ一直線。すでに三聖女の襲撃で目の前にお客様がたくさん並んでおられる。私の体力も限界寸前だが、目視で確認できるこの大行列の群衆から、我々は銀貨を全額せしめる。君も早く『お味噌汁』コーナーに立ってお客様をお迎えするのだ!」
「悪魔みたいな事言うな銀等級。でも俺もアイカツの何たるかがようやく分かってきたぜ。闘技場で消えちまったルナ様と、こんなところで会えるんだ。期待は裏切れねえ、俺、アイカツ頑張る!」
「そうだぞジョン君。槍をオタマに持ち替えて、ルナ様がおかわりに来るまでにこの大行列を、さばききるのだ」
「よし!いらっしゃいませ~」
「『おにぎり』セット2つお願いします~」
「はい、喜んで!」
従業員のモチベーションを維持し、社畜としての社員教育を果たした悪魔の料理人。
大行列の貴族たちが、何を勘違いしたのか金貨を大量にさい銭箱へ投入していくが、三聖女の三度の襲撃前に早々に店じまいさせてしまいたい漁民店長の目に金貨の姿は見えていない。
未だ大量に控える『兵式飯盒』のお米たちが、次々と貴族たちの胃袋へと消えていった。




