103.予選会の朝
朝7時 明日のトロント『防衛戦』に向け、オルレアンに4大陸の王族、貴族、冒険者たちが集結する。各国には、『ヘルヘイム』帝国に内偵している冒険者からの情報が逐一報告されており、情報を統括して支持を出すオルレアン連合ギルド、副ギルド長セバスによって各ギルドへ情報が還元され、レンジャーを中心とした部隊によって情報は共有されていた。
その情報には、「敵軍、ゴブリンからゴブリン魔導兵への換装作業に時間を要する、侵攻は予定通り明日」との伝言が一部の冒険者たちに伝わり、その持つギルドカードに表示されていた。
一般平民にとっては、『選抜試験』『トーナメント』といった、4大大陸のお祭り騒ぎといった印象。初めてオルレアンの地に4つの国の首脳が集結する一大イベントとして、国民の士気は最高潮に高まっていた。
すでに告知されていた、学園対抗『トーナメント』戦。オルレアンの王立学院『エルミタージュ』、『ベネチア』の王立学院『アカデミア』、『マドリード』の元『アリゾナ』からの亡命学院と合併した王立学院『ハーバード』、『トロント』の王立学院『ケンブリッジ』の4大陸の学院が集結する各選抜試験。
その最も花形が『トーナメント』。各大陸の力自慢が集まり、順位に応じた報酬を目当てに様々な学院生がエントリーしていた。その予選会が朝から開かれ、決勝トーナメントが午後から行われる。
明日の決戦を前に、各大戦の戦闘時間は10分以内、相手を戦闘不能にした時点で勝負ありといった、各種の制限・ルールが闘技場『コロッセオ』の大スクリーンの結晶石にされていた。
普段は開く事の無い、オルレアンの西門が解放され、早朝から場所取りを行うつもりの4大陸からの国民が一斉にエルミタージュ内になだれ込む。
逆に『風の神殿』エリアへの立ち入りは防御要塞の兵士たちによってスクラムが組まれ、最も結界の外に近い正門は固く閉ざされ、エルミタージュの西側、温水プールの授業が行われた近く、闘技場『コロッセオ』への一本道を、まるで遊園地が朝解放されたばかりの光景のように、人のゴミが一斉に闘技場を目指して駆け出す。
すでに闘技場前の各物販、飲食、フリースペースの出店のエリアは解放されており、商人職、料理人職の冒険者たちが各出店の準備を整え終えようとしていた中、お昼のかき入れ時を狙って未だ準備すら初めていない漁民が1人到着する。
「うわー凄い出店の数。昔行った、北海道の『オータムフェアに雪まつり』とか、広島の『フラワーフェスティバル』みたい。通りに沿ってずっと、これ全部お店、凄い・・」
ミューラ先生の授業の少しだけ覚えている生徒・・各大陸の人口について話をしていた事があったような、無かったような・・。たしかオルレアンの現在の人口が約10万、『ベネチア』と『トロント』も同じくらいで、『マドリード』の人口規模が以前は5・6万程度だったのが、『アリゾナ』からの難民の受け入れで10万都市になったとか、ならなかったとか・・。
食料問題が発生して、『バレンシア』地方とかいう地方で食料の一大生産拠点が出来たらしい、テストに出ないとこだから全然メモしていない。
日本の人口規模を考えると大したこと無い数字に見えるけど、これでも15年前に比べて相当人口・・エルフ、ドワーフが増えてるらしい・・まあ各国とはいえ基本全部島国。街もそんなに無いみたいで、地方に農村が点々とあるらしい。ある特定の聖女の発言に国全体が流される・・なんて恐ろしい少数国家の世界なんだ。
「ここ・・か(がちゃ)ふむ、なかなかいい場所・・」
昨日講堂前の掲示板を確認して、クエストは全員自動参加になっていたので、当然このフリーブース出店をチョイスしていた。『兵式飯盒』を自分のブースにあらかじめ置かれている机に置くと、地面にある布袋に目が行く。昨日、『アリゾナプライム』で発注したやつ・・。
「『新潟県産コシヒカリ』・・ミューラ・・」
女の子に運ばせてしまった米の入った布袋、250歳だけど・・か、考えるな考えるな・・。専業主婦の皆さん、いつもお勤めご苦労様です。普通のスーパーで売ってる米袋、5キロか10キロが一番多くて、うちの自宅マンションの近くにある業務用スーパーで20キロの米袋売ってます。
でも僕、重たくていつも5キロか10キロしか買わなくて。ここに今、懺悔します。こんな重いの、エルフのお姉さんに運ばせてしまいました、ここに深くお詫び申し上げます。
「(しゅん!)やらしいオーラ、やっぱりスズキ君!」
「うわ!ミ、ミューラ!?やらしい事なんて全然考えて無いって!ミューラにお米運ばせちゃって、申し訳ないって思ってたの・・ごめん、本当、ありがとう」
「そう?勘違いかしら、耳が凄くこそばゆい感じがしたけど(さすりっ)それ運んだのは別に3秒もかかって無いから大丈夫よ。私、腕力補正スキルかけてるから、スズキ君腕力今いくらよ?」
「えっと、前に確認した事あったんですけど忘れました・・ギルド・・じゃない、スキルカードっと(ぴこっ)あっ、1です・・ああ、違いました。漁民補正で腕力+1で合計2です、さすが漁民、農民の2倍ですよ2倍」
「呆れた・・わたし腕力50よ」
「50!?って、それがどれだけ凄いのか、いまいちピンとこないんですけど先生?ぼくの25倍あるから凄いんですか?」
「そのお米っていうの、重さは?」
「20キロです」
「キロって何よ・・もういい、スズキ君の腕力2でしょ?」
「はい、腕力2のスズキですがなにか?」
「お米の重さは?」
「20キロです」
「・・そこから腕力引いていくら残る?」
「18キロです・・って、じゃあ腕力50のエルフがこれ持ったら!?」
「当然ゼロです」
「だからこの前、子供1人どうって事無いって言って、軽々おんぶできたんですね・・そういえばマミ・・じゃない、ジャンヌ様も・・」
「ジャンヌ様は戦士職もレンジャー職もとっくにマスターされてるから、腕力なんて、元々のあなたの100倍以上は当然あります」
「100倍・・すごい・・今日から聖なる野獣としてあがめる事にします。ああ、腕力100・・だから僕、毎回一撃で死にかけてるんですね、あはは」
「あまり褒められる事ではありません」
「はい・・これからもなるべく顔を合わせないように注意します。あと薬草の補充は万端です、今日もギルド会館で買っておきました」
「兄さんが最近、薬草を買い占めてる冒険者がいるって言ってたんですけど」
「ああ、それ僕です。おかげで今日、薬草代と市場で海産物たくさん買って、手持ちすっからかんのカツカツですよ。もう金貨500枚の借金しか残ってませんよ僕」
「破産したら国外追放です」
「ええ!?そんなシステム、早く教えて下さいよ!てか、すでに借金漬けで毎日首が回らないんですから!どこまでが借金王で、どこからが破産なんですか?」
「今日の宿代くらい残してるの?」
「いえ、全然・・(じゃら)えっと、銅貨3枚あります、薬草3つも買えますよ」
「スズキ君、その日暮らしは駄目でしょ?」
「おっしゃる通りで・・でも、今日はミューラの運んでくれたこの『新潟県産コシヒカリ』がありますから。さっそく準備して、お昼には開店しないと。今日4大大陸から集結する貴族の金持ちから、有り金しっかりせしめてやりますから、任せておいて下さい先生」
「まるで闇の黒装束みたいな発言ね・・もう、のんきなんだから。ちゃんと私にもご馳走してよね?」
「ええ、もちろん。美人さんは美人割りで安くしますから」
「はいはい、それなら私は無料って事で良いのかしら?」
「うちはただ安くするだけじゃないです、サービスで勝負です、サービス」
「なによそれ?」
「スマイルですよスマイル。やる気、元気、スズキですよ」
「意味分かんないんですけど・・もう、任せます。どうせ口で説明してもらっても、スズキ君の言ってる事全然分からないんだもん」
「はは、さすがミューラ、僕の事よく分かってる。とりあえずお昼ごろ店開けるんで、暇になったら寄って下さい。聖女は来ないように誘導お願いします、ワンオペで、僕忙しいんで」
「今日はアイリス様も来られます」
「ええ!?なんであの子が・・学院内では顔を合わせない契約じゃないんでしたっけ?」
「アイリス様がおっしゃるには、ここは学院の外らしいのです」
「西門くぐってますよ。ほら、すぐそこ、来る途中に土下座させられた温水プール見えましたよ。超学院内ですよ、超」
「それはアイリス様に言ってください」
「分かりましたよ、本当あの双子もミューラもアイリスの言う事ふんふん聞いてるだけなんですから。今日もガツンと言ってやりますよ。都合の良い解釈ばっかりして、何が聖女だって言ってやりますから。もうボロ泣きになりますから、ちゃんとフォローしてあげて下さい」
「そんなに厳しい事言ったら、本当にまた泣いちゃうでしょう!駄目、セクハラ、絶対」
「なに標語みたいな事言ってるんですか。とりあえずここの場所、まだバラさないで下さいよ。西門からのメインストリートから外れて、闘技場周りのちょうど色んなお店に紛れて見つからない、ほどよい立地なんですから。特に聖女と名の付く危険分子や、イナズマブラザーズみたいなキノコばっかり食べてる連中は、うちの店、出禁ですよ出禁」
「もう最初っから何言ってるか、全然意味分からないんですけど」
「ミューラも僕の話についてこれないんでしたら、スキルか何かで通訳とか取って下さいよ」
「はいはい、そんなスキルありません。もう準備で忙しいだろうから、私行くね、予選会もあるし」
「ええ!?ミューラも出るの?『トーナメント』・・」
「当たり前でしょ?報酬の中に『マドリード』王国から『レッドオパール』とか、めったにお目にかかれない鉱石ももらえるんだから。ガイア様にお願いすればステータスアップできるアクセサリーも作ってもらえるし、本当オルレアンにいれば色々なチャンスがどんどん来るし、この土地にいて大正解・・ね、スズキ君」
「なに僕の顔見てニヤついてるんですか。僕は最初にミューラにあって、毎日ハプニングと事件の連続ですよ。石化してたから15年経ってますけど、僕からしたら浜辺で最初に会ってからまだ2週間も経ってないんですからね?」
「あれ~そうだっけ~」
「そうですよ、ようやく自分の借金の残高とか把握できるくらい落ち着いてきたんですから。この『トロント』防衛戦が終わったら、借金完済してちゃんと腰を据えたいと思ってるんですから」
「え、なにスズキ君、また家でも買うの?」
「も~予選行くんじゃなかったんですか先生?ヒューマンの基本は衣・食・住の三点セットですよ。最低生活条件の2つしか未だに僕無いんですから、まず家を何とかするために今日はバリバリ働く気満々なんですからね」
「さすが、偉い!家が出来たら遊びに行くね」
「はいはい、なるべく王宮とミューラの自宅から離れた土地を探しますね。借金完済したらオルレアンで、信頼のおける不動産業者を紹介して下さい。間違ってこっちから1回電話したら、夜中に電話してきたりとか、土日の昼間に勝手に家に来たりする変な営業マンがいない業者でお願いします」
「も~全然意味分からない・・って、ああ!?話してたら集合時間来ちゃった!」
「早く消えて下さいよ先生、いつもみたいに、ほら、しゅん!って」
「も~後で絶対来るんだからね!(しゅん!)」
マシンガントークのエルフがようやく消えると、あたりは一瞬静寂に包まれる。次第に自分のブースの両隣では、何やら加工品の瓶を陳列させる男女の姿、ひっきりなしに商品を木箱から出している。
「まだ何にも準備が・・」
20キロの業務用の米俵を運ばせておいて、邪魔された10数分を根に持つ不謹慎な漁民。『兵式飯盒』と旗を置き、ところどころに配置されていたテントにある資材置き場へ材料を取りに向かう。




