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09 イジメっ子狩り

 大久太(おおくふとし)

 魔王による現代社会への侵攻、『獄門』により異世界から日本に移り住んだオーク一族の末裔。


 人間が営んでいた建設会社を乗っ取り、大儲けとはいかないまでも何不自由なく今まで暮らしてきた。

 しかしたった今それが、ちゃぶ台のようにひっくり返されてしまった。


 今まで虫ケラ同然に扱ってきた、かつてのクラスメイトである億斗の手によって。


 太の一族が人間の建設会社を奪ったときは暴力のみであったが、今回は違法と暴力、そして(カネ)が渦巻く超絶パワープレイ。


 (ふとし)は、億斗がどうやってそれだけの金と力を手に入れたのかわからなかった。

 『46億円ゲーム』のことはニュースで観て知っていたが、あまりに絵空事のような話だったので、結び付けることができなかったのだ。


「もし『勇者』が近くにいたら、従業員どもを引きつれて『勇者狩り』でもするか!」


 などと、茶飲み話程度にしか考えていなかった。


 しかし、狩られてしまった。

 勇者の手によって。


 彼はまだ、この事実を知らない。

 そして億斗のことを、いまだに見くびっていた。


 今度の勇者は、おそろしく残虐であるということを……。

 彼はまだ、知らなかったのだ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 太は『オーク建設』でしこたまやられたあと、財布やスマホ、それどころか身に着けているものは衣服までも全て奪われて外に放り出される。

 紛争地の難民のような、酷い扱いであった。


 太はよろよろと立ち上がり、助けを求めて街をさまよう。

 ただならぬ容体だというのに、道行く人は憐憫すら与えてくれなかった。


 投げかけられるのは嘲笑と、嫌悪のみ。


「わっ、見てあのオーク、めっちゃ怪我してる!」


「脚がブーメランみたいに曲がってて、超ウケるんですけど!」


「うわぁ、きたねぇ血! マジきめぇ!」


「こっち来るなよ、このブタ野郎っ!」


「養豚場のブタが逃げ出したなう、っと!」


 魔王が創り上げた新世界は、一度弱みを見せた生き物に、容赦はなかった。

 まるで、サバンナのように。


 太はさんざん笑われ蔑まれながらも、なんとか人通りの多い街を抜ける。

 しかし彼を苛むものは途絶えることはなかった。


「うわぁ、死にかけのオークじゃん!」


「きっと、勇者から逃げてきたんだよ!」


「これなら俺たちでも勝てそうだよ!」


「悪いオークをみんなでやっちまおうぜ!」


 住宅街で太は集団下校する小学生たち追い立てられ、剣術授業用の竹刀で突かれまくった。

 なんとか逃げようと横断歩道を渡ろうとしたが、見覚えのあるベンツに轢かれ、赤いペンキを塗りたくるローラーのように道路を転がった。


 もはや立つこともかなわない。

 しかし家に戻ればなんとかなるはずだと、彼は下肢を失ったゾンビのように這いずって帰途につく。


 太の自宅は、手抜き工事と従業員の搾取によって得た金で建てた豪邸である。

 ひとりではあるが人間の使用人もいる。


 その使用人は邸宅の大きな庭で、花壇に水やりをしていた。


「ぶっ、ブヒぃぃぃ……いま、帰ったぞ……!」


 太が息も絶え絶えにそう言うと、使用人は血相を変えるほどに心配してくれ、すぐに応急処置のうえ救急車を呼んでくれるだろうと思っていた。

 しかし使用人である中年女性は、まるで大きなドブネズミでも現れたかのように、「ギャー!」と絶叫すると、


「ホームレスめ! こんなところに入ってくるんじゃないよ! さっさと出ておいき! しっ! しっしっ!」


 水やりのホース向けてきて、汚物でも流すかのように蛇口を全開にした。


「ブヒィィッ!? や、やめろっ!? 俺だっ! この家の主人である太だっ! 俺のことを忘れたのかっ!?」


「なに言ってんだい! このお屋敷のご主人様はお前みたいなちんくしゃオークじゃなくて、もっと立派なオークだよ!

 それに太なんていう変な名前じゃない! さっさと出て行かないと、警察を呼ぶよっ!」


 太はまたしてもキツネにつままれたような感覚を味わっていた。

 偶然、庭の隅にある車庫に停まっていた車を目にし、ハッと思い出す。


 ここにたどり着く途中、横断歩道で轢かれたベンツのことを。


「ブヒッ!? あ、あの車は、俺が通勤に使っているベンツじゃないか……!?

 今は『オーク建設』にあるはずなのに、なぜここに……!?」


 その答えはすぐにわかった。

 邸宅の玄関から、この家の主人面をしたオークが出てきたからだ。


「ブヒイッ!? お……お前は、ヒショーク!?」


「ブヒッ、太か。さっきはなんで横断歩道で飛び出したりしたんだ。

 おかげで私のベンツが少しへこんでしまったうえに、汚い血が付いてしまったじゃないか。

 本来なら修理代を請求するところだが、今回だけは特別に……」


「ブヒイイイッ! お前はなにを言ってるんだ!

 ここは俺の家だぞ! 今すぐ出て行かないと、警察に……はっ!?」


 太の言葉は、呑んだ息とともに引っ込んだ。

 デジャブのように、『オーク建設』でのやりとりを思いだしたのだ。


「ブヒッ!? ま、まさか億斗のヤツ、『オーク建設』だけでなく、この家まで……!?」


「ブヒッ、そうだ。億斗様は私を、『オーク建設』の社長代理に任命してくださったんだ。

 社長なら立派な家が必要だろうと、この家も私にくださった。

 名義の書き換えは、億斗様の秘書であるタマさんがぜんぶやってくれた」


「ぶっ、ブヒィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーッ!?

 こんなメチャクチャなことが、許されるとでも思ってるのか!?」


「ブヒッ、お前がやっていたことに比べたら、ずっとマシだと思うがね。

 お前は手抜き工事をして顧客から金を騙し取り、従業員に不当な労働をさせて搾取し、多くの者たちを不幸してきた。

 億斗様はお前がしてきた悪事を償わせたに過ぎない。

 それに億斗様がなされたことで不幸になったのは、悪人であるお前だけだ」


「ふっ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 俺の妻はどうなるっ!? 俺の妻はどこへやった!?」


 「やだ、なにこの人」と、玄関から着飾った女性が出てくる。

 それはまぎれもなく、太の妻であった。


「ブヒッ!? お、お前っ!? た、助けてくれ! いますぐ警察を呼んでくれ!」


「はぁ? あなたみたいな変なオークに、お前呼ばわりされる覚えはないわよ」


「ブヒィッ!? お前までこの俺を裏切るのか!? 永遠の愛を誓った仲じゃないか!」


「やだ、永遠の愛だなんて気持ち悪い。そんなだから愛想を尽かされるのよ。

 あなたのことはぶよぶよのATMくらいにしか思ってなかったわ。

 お金が出なくなったATMが、どうなるかわかるでしょ?」


 太にとって、この歳の離れた若い妻は自慢のひとつであった。

 しかし今や、別の男に抱き寄せられても嫌がりもしていない。


 それどころか間男の股間をなで上げ、さきほどの情交を思いだしたかのように、ポッと頬を染める始末……!


「あっちのほうも、あなたよりずっと素敵なのよぉ。

 昔の旦那様が勝てることといったら、早さくらいのもんじゃないかしらぁ」


 そして熱い口づけを交わす、かつての秘書とかつての妻。

 太は脳が破壊されたかのように、真っ白になっていた。

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