08 会社乗っ取り
俺はヒショークを従え、資材置き場に降りていく。
「もうそのへんでいいだろう」と止めると、従業員オークたちは太の身体から離れる。
かつての社長だった太は、かつての俺がそうであったように、敷地内でボロボロになっていた。
しかしさすがオークなだけあってタフなようで、まだ抵抗するだけの意思は残っているようだった。
「ブヒッ! お……億斗……! これは、お前の差し金かっ……!?」
半身を起こし、鬼のような顔で俺を睨みつける太。
昔だったら震えあがっていたところだが、今はもうなんとも思わない。
養豚場のブタと最後の会話を交わすような気分で、俺は答える。
「ああ、そうだ。俺がオークどもを買収した」
ペッ! と血の混じった唾を吐き捨てる太。
「ブヒィィッ! バカどもめ! 端金なんかにあっさり転びやがって!
こんなことをしてタダで済むと思ってるのか!? 俺が警察に訴えれば、お前ら全員ブタ箱行きだっ!」
「そう思うんだったらやってみな」
太はポケットからスマホを取り出すと、緊急通報のボタンを押す。
従業員オークたちは阻止しようとしていたが、やらせとけ、と俺が止める。
「ブヒッ!? もしもし! 警察か!? 暴行事件だ! 従業員たちが、社長である俺をよってたかって……!
場所!? 場所は『オーク建設』の……!」
電話に出た担当者が何を言っているのかは聞こえてこないが、太が何を言われたのかはだいたいわかった。
「ブヒィッ!? いたずらの通報はよせ!? そんな! これはいたずらなんかじゃない!
本当に、本当に暴行されているんんだ! 早く助けてくれないと、俺は……!」
次の瞬間、太の手からスマホがぽろりとこぼれ落ちる。
太の絶望をかわりに表すかのように、ツー、ツーと音をたてながら。
「ブ……ブヒィィ……!? 警察が、動いてくれないなんて……!?」
「やっとわかったか」
俺はタマのネットワーク機能を使い、この所轄の警察署長に賄賂を贈っていた。
『オーク建設』への通報は、今日1日すべて無視するように、と……!
時代が時代なら、警察署長が見ず知らずのヤツから賄賂を受け取るなんてありえない話だった。
しかし魔王が支配してからというもの、時代は大きく変わった。
今や権力者の裏金用の口座なんてインターネットで調べればすぐにわかり、募金感覚で賄賂が贈れるんだからな……!
俺は一時期ワルに憧れ、コンビニで売ってたアウトロー系の雑誌を読みあさっていたことがある。
まさかそのときに得た、ウソみたいな知識が役に立つとは思わなかった。
しかしその程度のことなら、太も知っているようだった。
「ブヒッ! おおかた署長に賄賂でも贈ったんだろう!?
だがそれがなんだってんだ! この『オーク建設』の社長は俺だ!
たとえどんなに俺を痛めつけようとも、それだけは法律が守ってくれる!」
「そう思うか?」
俺がアゴで示すと、寄り添っていたタマが前に出る。
裁判の『無罪』のように、とある書類を開いて見せた。
「こちらは、『オーク建設』の変更登記申請書の写しです。
社長の名前が『大久太』から、『山田億斗』様に変更になっているのがご覧になれますか?
こちらはすでに受理されていますから、『オーク建設』は法律的にもご主人様のものです」
まさかそんなモノが出てくるとは思いもしなかったのか、太は鼻血をピュッと吹き出すほどに驚いていた。
「ブヒッ!? 会社の登記を変更しただと!?
代表取締役の変更には、俺の辞任届やら就任承諾書、印鑑証明が必要なはずだぞ!?」
「それらはぜんぶわたくしのほうで手配いたしました。辞任届はわたくしの代筆です」
「ブヒィッ!? まさか会社を乗っ取るために、文書偽造までしたっていうのか!?
ば……バカめ! 筆跡鑑定をすれば、そんなの一発で無効にできる!
それどころか、お前はブタ箱行きだっ!」
「いえ、そうはなりません。わたくしは他者の筆跡を完全に再現できますので、鑑定してもあなたが書いたという結果になるでしょう」
「ブヒィィッ!? そ、そんなっ……!?」
これにはさすがに、俺も舌を巻いていた。
だって俺がホテルでおかわりのコーヒーを飲んでいる間に、ポチはこの『オーク建設』を乗っ取っちまったんだからな。
もちろん通常の手続きだと、こんなに早くはいかない。
会社の登記変更というのは、どんなに早くても手続きに2日くらいかかるそうだ。
だから俺は実弾をフル活用させた。
たとえお役所であったとしても、金をチラ付かせたら人参をぶら下げられた馬みたいに張り切ってやってくれた。
おかげでこんなちっちゃな会社を乗っ取るのに、『億』の金を使っちまった。
なんでそんな無駄なことをしたかって?
いや、無駄なんかじゃないさ。
俺を現在進行形でイジメてたヤツの、いちばん大切なモノを奪ってやったんだからな……!
太は絶望のあまり、とうとう生きるのをあきらめたみたいにうなだれていた。
俺はヤツに近づいてしゃがみこむと、ガッと髪を掴んで上を向かせる。
ヤツの瞳にはまだ、憎悪の炎が残っていた。
「く……くそっ……! 億斗……! お前はなんだって、こんなことを……!」
「お前に復讐するために決まってるだろ。俺をイジメたヤツが、のうのうと生きていられると思うな」
俺は、ずっと思っていた。
イジメほど重い罪はないと。
学生時代に俺をイジメていたヤツは、俺の一生モノの深い傷跡を残した。
身体の傷は見えなくなっても、心の傷は何十年たっても癒えることはない。
古傷どころか、真新しく付けられた傷のように、今でも鮮明な記憶として蘇る。
そして思い出したら最後、頭をかきむしり、叫びだしたくなるほどの屈辱に打ちのめされる。
当時と同じ苦痛と屈辱を、時を超えて味わわされるんだ。
それも、何度も何度も、何度もっ……!
夜中に布団の中で思い出したりしたら、その夜はずっと眠れなくなるほどだ。
しかし俺が眠れない夜を過ごしているというのに、イジメたヤツはのうのうと生き、スヤスヤ眠っている。
……それって、おかしくないか?
なんで傷付けたヤツが罪の意識に苛まれることなく、傷付けられたヤツだけが苦しまなくちゃいけないんだ。
いっそのこと、俺をイジメたヤツらを巻き込んで死んでやろうかと思った。
でもいくらそう思っても、俺にはそんな力も、度胸もなかった。
しかし、今は違う。
今の俺にはあるんだ。
俺は手を汚すことなく、イジメたヤツの大切なものを奪い、メチャクチャにし……。
血反吐にまみれ、命すらも虫ケラのように踏み潰せるだけの『力』が……!
ブタムシは息も絶え絶えに言った。
「これで、満足か……? なら、殺せっ……! 殺せっ……!」
「殺せ? まさか、この俺がそんなチンケな結末を望んでいると思ってるのか?」
俺の心の深いところに、業火が灯った。
「これからが本番だ……! これから徹底的に追い込んでやる……!
地獄に行ったほうがマシだと思えるほどの苦痛を味わわせてやるから、覚悟しろっ……!」
その炎が俺の瞳に現れたのか、いままで強気だった太が「ブヒイッ!?」と震えあがる。
ガクガク痙攣するように震えたかと思うと、血だまりのような小便を漏らしはじめた。




