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03 服を買いに行く服がない

 俺はもう、魔王の高笑いなど聞いていなかった。

 足枷を嵌めたとたん、鎖の先についた鉄球に、マークが浮かび上がっていたから。


 うっすらと光るそれは、左の鉄球は『¥』の形をしていて、右の鉄球は『頭蓋骨』の形をしている。


 すぐに俺はピンときた。

 『¥』のほうには金が入っていて、『頭蓋骨』のほうには罠が仕掛けられているんだろう。


 おそるおそる『¥』の鉄球に手を伸ばし、ちょんちょん突いてみる。

 触った感じは普通の鉄球っぽい。


 思い切って、鉄球を掴むようにして手をぐわっと広げてみた。

 すると、あれほど硬かった鉄球を幻のようにすり抜けてしまう。


 指先になにか当たったので、つまんで引っ張ってみると……。


 ずるりっ……!


 泥沼の中から引きずり出されるように、それは出た。


 札束が……!


「うおおっ!? 出たぁーーーーーーーーっ!?」


 思わず叫んでしまい、あわてて口を押える。

 俺のひとさし指と親指には、分厚い1万円札の束が。


 止めてあった紙を切って数えてみたら、万札はちょうど100枚あった。


 これが噂に聞く、100万円……!


 俺はこの歳になるまで、10万円以上の金を手にしたことがなかった。

 そう、『オーク建設』の給料である。


 今までは魔王の言葉を聞いても現実感がなかった。

 どこかウソだろうと思っている自分がいたのだが、実際に金を目の当たりにすると心臓が暴れ出した。


 ドクドク鳴る音が聞こえてきて、痛いほどに。


「ま、マジかっ!? これ……!」


 俺は、生まれて初めてAVを観たときのような興奮を思い出す。

 そしてその時のデジャヴのように、まわりの視線が急に気になった。


 俺はアパートの窓に飛びつくと、シャッとカーテンを閉じる。

 さらに玄関の安っぽい鍵を改めて締めなおし、万年床に戻って布団を被って震えた。


 枷を嵌める前までは腹をくくっていたつもりなのに、金を見たとたんすっかりビビっちまった。

 俺は大金持ちになったというよりも、まるで犯罪者にでもなったような気分に囚われていた。


 興奮と恐怖がないまぜとなって、同時に襲ってくる。

 俺は周らない頭を回して必死に考えた。


 46億円もの大金が手に入るチャンスなんて二度とやってこないから、なんとかしてこの金を遣いまくりたい。

 だが俺は同時に、世界中のヤツらから狙われる身になってしまった。


 しかし金を遣うには、外に出なくちゃならない。

 こんな鉄球を身に付けたヤツが外を歩いていたら、どうやったって目立ってしまう。


 だからといってこんな所に閉じこもっていたら、1週間後に居場所が公表されてしまい、大量の亡者が押し寄せてくるだろう。

 となるとこんなボロアパートじゃなくて、もっと安全な場所に隠れたほうがいいのか……?


 俺は、どうすればいい……!?


 俺は生まれてこのかた、体験したことのない極限状態にあった。

 全裸で女子更衣室に放り込まれたときでも、ここまでの危機を感じたことはなかった。


 するとオーバーヒート寸前だった頭が急にすっと冷えてきて、妙に冷静になった。


 ……よし、まずは身を守ることを考えよう。

 となると、武器を調達すべきか?


 魔王軍がこの世界を支配してからというもの、街には当たり前のように武器屋が立ち並ぶようになった。

 ファンタジーRPGに出てくるような剣や杖、鎧やローブなどが普通に買えるんだ。


 学生のときに剣術や魔術の授業はあったが、俺はいつも赤点だった。

 だから自力での護身には限界があるだろうな。


 となると、ボディガードを雇うというのはどうだろう。


 ボディガードというとまるで政府要人のようだが、この物騒な世の中においては小金持ちでもボディーガードを雇う時代。

 連れていても、それほど目立つことはないだろう。


 いや、ダメだ!

 強奪が許されているのだから、俺が勇者だとバレた瞬間にボディガードから襲われる……!


 なら、金持ちの道楽である、奴隷ならどうだろう?

 かわいい美少女奴隷なら別の楽しみ方もできて、一石二鳥……!


 いやいや、それでもやっぱり同じ人間じゃないか!

 やっぱり、人間は信用しちゃダメだ!


 そこでふと、俺の頭に人間ではないモノの存在が閃いた。


 あっ、そうだ……!

 それなら、『奴隷人形(ゴーレム)』はどうだろう?


 『奴隷人形(ゴーレム)』。

 自律的に動く一種のロボットのようなものだが、科学技術だけで作られた機械的なものとは違う。


 異世界の魔法技術が加わったおかげで急速に発展し、今や人間さながらの言動が可能となっているんだ。

 1台が高級外車ばりの値段がするが、ゴーレムであれば人間に絶対服従なので、裏切られることはない。


「決めた! まずはゴーレムを買いに行こう!」


 俺は布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がり、はたと気付いた。

 唯一の着るものは、昨日ホームレスにくれてやったことに……!


 しまった……! 外に出る服がない……!

 いくらなんでも全裸で鉄球姿の男が歩いていたら、あまりにも目立ちすぎる……!


 っていうか金を使う前に、捕まっちまう……!


 さっそくの難題に、俺は頭を抱える。

 ふと薄い壁の向こうから、「うおー」と蛮声が聞こえてきた。


 カーテンをそっと開けて隣の部屋を覗いてみると、隣の住人がドスンバタンと大暴れしている。


「よぉーし、やってやるぞぉ! なんとかして『勇者』を探し出して、ブッ殺してやる!

 そうすればこのボロアパート生活ともおさらばだっ!

 46億円あったら大学やめて、バイト先のミキちゃんにプロポーズして!

 あ、いや、あんな安い女なんて目じゃねぇ! アイドルのほうのミキちゃんをモノにして、それでっ! それでっ!」


 お隣は、8浪しているという老けた浪人生。

 ハタから見て穏やかな人柄だと思ったのだが、今やすっかり人が変わっていた。


 血走った眼で金属バットを振り回しながら、腰をカクカク振っている。


 俺は殺人鬼の正体を目の当たりにしたかのように、背筋が寒くなるのを感じていた。

 見つかったらヤバいと思い、そっと引っ込もうと思ったのだが……。


 ふとあることを思いつき、おそるおそる声をかけてみた。


「あ、あのっ……! 服、売ってもらえないかな……?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺は、帽子にポロシャツとハーフパンツといういでたちで、外に出ていた。

 隣の浪人生に、昨晩追い剥ぎにあったと言ったら、服を恵んでくれたんだ。


 それはちょうど捨てるつもり服だったらしく、タダで貰うことができた。

 かなりくたびれているが、贅沢は言えない。


 服を着たカンジ、なんだか夏のプロボウラーのような出で立ちになったので、俺はプロボウラーだということにした。

 部屋にあった、『オーク建設』から盗んできた塗料で鉄球をボーリングの球っぽく塗って、両脇に抱える。


 あとは1千万円ほど入ったコンビニ袋を提げている。

 鉄球から金を取り出す瞬間を見られたらマズいから、とりあえず当面使いそうなぶんを詰めなおしたんだ。


 街はもう『46億円ゲーム』の話で持ちきりだった。

 街頭のテレビはずっと特番を組んでいるし、道行く人たちは勇者を探しに行こうと盛り上がっている。


 通りすがりの人は鉄球を抱えている俺を不審そうな目で見たが、


「うーん、あのときターキーが取れていたら、優勝は間違いなかったのに……」


 とブツブツつぶやいてみせたら、「なんだ、プロボウラーか」と納得していた。


 俺は駅前にある、とある有名なゴーレムメーカーのショールームへと向かう。

 入口には小綺麗で物腰の低そうなコンシェルジュがいたが、みすぼらしい俺が近づくと、急に横柄になった。


「シッシッ! ここはお前のような貧乏人が来る所じゃないざます!

 空気が貧乏臭くなるから、さっさと消えるざます!」


「そっかぁ、せっかくコンビニ帰りにゴーレムでも思ったんだが、しょうがないなぁ」


 コンビニ袋に入った1千万をチラ見せすると、態度が急変。


「しっ、失礼しましたざます! あなた様のような最高のセレブにお越し下さるとは、光栄の極みざます!

 空気が急にゴージャスになったざます! クンクン! フローラルぅ!

 さぁさぁ、こちらへどうぞざます! 立派なあなた様にピッタリのゴーレムをご用意させていただくざます!」


 俺は揉み手をされながら、最高級のVIPルームへと通された。

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