02 46億円ゲーム
『私は、魔王……。46億円を、あなたに差し上げましょう……』
アパートの室内に響き渡る声に、俺はあたりを見回す。
しかし、誰の姿もない。
あるのは謎の、足枷のついた鉄球のみ。
誰がいったい、こんなものを……?
声はさらに続く。
『この惑星が誕生して、46億年が経ちました。
それを記念して、この世界の支配者である私が、まずは国民のひとりに46億円をプレゼントすることにしました』
ようやく意識がハッキリしてきて、声の出所もわかった。
隣の部屋のテレビだ。
俺は部屋のサッシを開け、2階の窓の手すりから身体を乗り出す。
隣の部屋のヒビ割れた窓の向こうには、拾ったような古いテレビがある。
隣室のテレビはいつも聞き耳を立てるだけなのだが、いいシーンになるとこうやって身体を乗り出し、窓ごしにテレビを盗み見するんだ。
テレビには砂嵐が走っていて、その上には『魔王』のシルエットが浮かび上がっている。
魔王はたまにこうやって、人々に声明を発表するんだ。
魔王の正体は不明。噂はたくさんあるが、だれもその姿を見た者はいないという。
テレビに出るときもシルエット姿で、声も加工されている。
『すでにその幸運な人の抽選は終わり、すでに46億円も手元に届けております。
具体的な形状は申し上げませんが、「拘束具」が届いているはずです』
『拘束具』……!?
俺はハッと、部屋にある鎖鉄球を見やる。
まさか、コレのことか……!?
『拘束具はこの世界の最新鋭の科学技術と、私がかつていた世界の魔法技術を組み合わせて作られたものです。
その拘束具の中は無限の空間となっており、意識して手を突っ込むことにより、中の金を取り出せます』
俺はその声に導かれるように、鉄球に近づく。
ためしに手を伸ばそうとした瞬間、声は制した。
『待ってください。まだ、拘束具に触れないでください。
なぜならばそこには、罠が仕掛けられていますから』
罠、だって……!?
なんだって、そんなものが……!?
『なぜ罠が仕掛けられているのかと疑問に思ったことでしょう。
それはこれから私が説明する、「46億円ゲームのルール」を知れば納得できるでしょう』
魔王の言う『46億円ゲームのルール』。
それはこのような内容だった。
まず、46億円をプレゼントされた人物を『勇者』と呼ぶ。
勇者にはこれから、46億円の入った拘束具を身に付けて生活してもらう。
拘束具はいちど身に付けると自動的にロックがかかり、自分の意思では外すことはできない。
たとえ核兵器を用いたとしても、破壊は不可能。
46億円の使い道は自由。ただしゲームが終了するまで、46億円を含むすべての資産の所有権は勇者にはない。
勇者以外のすべての人間は、勇者の金や資産を自由に奪う、『強奪』ができる。
勇者の資産が強奪されたり、またその際に勇者が傷付けられたとしても、警察が動くことはない。
強奪に伴う器物破損なども同等の扱いとする。
たとえば勇者が46億円をすべて預金した場合や、土地を購入した場合でも同様。
勇者以外の人間は、通帳や権利書を強奪することができる。
逆に、勇者の行動についてはすべて現行法の制限を受ける。
襲ってきたものを返り討ちにしても、正当防衛は成立しない。
勇者がギャンブルや投資をして46億円以上の資産を手にしても、ゲーム中は所有権はなく、すべてが強奪対象となる。
勇者はどこにいても自由だが、半径1キロの範囲に48時間以上留まっていた場合、正確な居場所が公表される。
また適宜移動していたとしても、1週間ごとに勇者の資産と行動、また大まかな移動ルートが公表される。
拘束具は1億円につき1キログラムの重さとなる。
現在は46億円が入っているので、重さは4.6キログラム。
拘束具のなかにある金は自由に出し入れができ、内包する金額によって拘束具の重量が変化する。
また拘束具の中にある金は『勇者銀行』の預金扱いとなり、銀行やATMで引き出しや振込が可能。
拘束具の金は日本円以外の通貨としても取り出すことができる。
また『勇者銀行』の小切手としても取り出すことができる。
拘束具には罠が仕掛けられており、罠が仕掛けられているほうに手を突っ込むと、突っ込んだ者にダメージを与える。
罠は、その拘束具を身に付けたもの、すなわち勇者となった者だけが見分けることができる。
拘束具には通信機能があり、声明を発表することができる。
ゲームの期間は1年間、もしくは勇者が死亡するまで。
ゲーム終了後には、その時点で所持している資産のすべてが勇者のものとなる。
なおこれらすべてのルールは必要に応じ、勇者の許可なく変更することができる。
ただしルールの変更があった場合は、勇者はゲームを続行するかどうかを選ぶことができる。
勇者がルールの変更が受け入れなかった場合、ゲームはその時点で終了。
ただしこの方法によってゲームを終了した場合、勇者は資産のすべての所有権を失う。
拘束具を身に付けた時点で、勇者はこれらのすべての条項に同意したものとする。
魔王がルールを発表している間、世界は音を失ったように静けさに包まれていた。
どうやらみんな、この『ゲーム』に興味津々のようだ。
テレビの中の魔王は、最後にこう言った。
『さぁ、それではお手元に拘束具が届いたあなた、「勇者」になるか選んでください。
その拘束具を身に付けた時点で、ゲームスタートとなります。
身に付けずに24時間が経過した場合は、その拘束具は回収され、別の人間にプレゼントされます』
俺は声に導かれる間もなく、鎖鉄球の足枷を手にしていた。
俺は一度は自ら命を絶とうとしたが、助かった。
ということは、俺は二度もチャンスをモノにしたということになる。
生きるチャンスと、大金持ちになるチャンス……!
これは俺の真っ暗だった人生が、明るくひっくり返った瞬間に違いない。
やってやる……!
魔王にとってはただの余興で、人間たちを亡者に変えて楽しむつもりなんだろうが、かまやしねぇ……!
なってやる……!
『勇者』に……!
この金で、好き勝手に生きてやるんだ……!
……ガキィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
澄んだ金属音とともに鈍く走る光。
冷たい感触が俺の足首を覆う。
隣の魔王は鼻で笑った。
『フッ……!
たったいま「勇者」が、この世界に降り立ちました……!
それでは「46億円ゲーム」のスタートと行きましょう!』
そして、さらなる高笑いを響かせる。
『さぁ、逃げるがいい、勇者よ……!
この世界を支配する、金の亡者という魔物から……!
そして、みっともなく足掻くがいい……!
はたして、どこまで逃げのびることができるかな……!?
フッフッフッフッフッ……!』
所持金 46億円




