11 パワー・イズ・マネー
俺は給料が出るたびに真っ先にこの『カジノビル』に通った。
いろんなギャンブルをやったが、なかでもいちばんハマったのがこの『コロシアム』だ。
そりゃそうだ。金がかかっていれば馬が走るだけでも熱狂できるのに、殺し合いとくれば尚更だからな。
しかも弱いモンスターが勝ち残れば、元手が何十倍にもなって返ってくる。
俺はいつも、大穴のスライムにばかり賭けてスッテンテンになっていた。
今だからわかるのだが、きっと不遇な立場に俺自身を重ね合わせていたのかもしれないな。
スライムが勝ち残れば、スライムのようなこの俺にも大金が転がり込んでくるだなんて、なんとも夢のある話じゃないか。
俺は店員から渡されたタブレットを操作し、今夜の試合を確認した。
すべての試合には大穴役としてスライムが登録されている。
俺はいつになく緊張していた。
ある意味、魔王から46億円をもらったとき以上に。
タマは俺の変化に気付いていたようだったが、何も言わない。
新たに注文した北京ダックを、ポチといっしょに黙々と頬張っていた。
俺がなぜ、緊張してるかって?
なぜならば、いよいよやって来たからだ。
幼少の頃に与えられ、ずっと死蔵してきた『はずれスキル』の力を試す時が……!
俺は生まれてこのかた、スキルを一度も使ったことがなかった。
正確には、使いたくても使えなかった、と言ったほうがいいだろうか。
俺のスキルは『パワー・イズ・マネー』。
金を消費するかわりに、様々な能力を得ることができる力だ。
しかしそのハードルはとても高く、最低でも100万円を消費する必要がある。
しかも100万円を掛けても効果は微々たるもので、それ以上の金額を費やさなければ満足できる効果は得られない。
完全に、富豪用のスキルだったんだ……!
こんなスキルは俺以外、誰も持ってはいなかった。
だからこのスキルが実際にどれほどの効果を持つのかはわからない。
そして俺はいままで最大でも10万円しか手にしたことがなかったので、スキルの試し撃ちすらできなかった。
しかし今なら使い放題だ。
俺はソファに腰掛けたまま瞼を閉じ、スキルウインドウを開く。
スキルウインドウは瞼を閉じることにより、暗闇のなかに浮かび上がってくるんだ。
だから、スキル保有者しか見ることができない。
俺は『パワー・イズ・マネー』のスキルツリーを開き、とあるスキルの説明を確認する。
『ミリオン・フォーチュン』。
金を消費し、未来を予測をする。
予測の的中率はギャンブルに用いた場合だと、100万円につき0.1パーセント。
ということは、1千万円かけてもたったの1パーセントということになる。
的中率を100パーセントにするには、10億円っ!?
ただの予想に、そこまで金が必要だとは……!
果たして本当に効果があるのかわからないスキルに、総資産の半分を費やすのはさすがにはばかられる。
しかしスキルの効果を試すのであれば、これは100パーセントにしなければ意味がない。
なぜならば中途半端な金額を賭けた場合、当たったとしてもスキルの予想によるものなのか単なる偶然なのかわからないから。
100パーセントにして外れてはじめて、本当の『はずれスキル』だというのがわかるんだ。
そして同時に、チマチマ儲けることもできなくなった。
ひとつの試合に巨額を投入して、ドカンと儲けるつもりでやらなくてはならない。
なぜならば、『ミリオン・フォーチュン』で10億円を元手が掛かっている以上、その費用を上回るリターンを得なければ意味がないからだ。
10億を稼ぐギャンブルとなると、完全に一発勝負となるだろう。
まさに全財産を投入した、生きるか死ぬかの大勝負っ……!
思わずゴクリと唾を飲み込む。
喉がヒリつくように痛み、カラカラになっていることに気付く。
俺はテーブルにあった高級酒の瓶に手を伸ばし、ラッパ飲みした。
さらに左隣に座っていたポチを抱き寄せ、追っかけで水割りにする。
ポチは山賊に襲われた村娘みたいに縮こまっていた。
「ど、どうされたんですか? ご主人様? お顔が、とっても怖いです……」
「なんでもない。ちょっと、考え事をしてたんだ」
「でしたら、わたしの膝に横になってください。『リラックス機能』がありますので」
ポチは膝の上に置いていた鉄球を「よいしょ」と横に置き、膝を開けてくれた。
俺は身体を傾け、ポチの膝の上に頭を預ける。
「ご主人様、脚はわたくしの上に置いてください」
タマもそう言ってくれたので、俺は身体を伸ばしてソファに横になった。
ポチは俺を慈しむように、やさしく抱きしめる。
柔らかな胸がむにゅりと変形するほどに俺の頭に押し当てられると、ささやくような音が聴こえた。
……とくん、とくん、とくん。
「わたしの心臓の音、聴こえますか?」
「ああ、ゴーレムにも心臓があるんだな」
「はい。わたくしたちゴーレムには擬似的ではありますが、内臓も存在しています。
ただし人間のものとは異なり、不随意ではありませんが」
とタマが教えてくれた。
ポチの心音は不思議で、やかましいコロシアムの中でもハッキリと聞き取れた。
そしてポチの言っていたとおり、心音を聴いていると不思議と気持ちが静かになっていく。
俺の表情がだいぶ穏やかになったのか、覗き込んでいたポチの顔もほころぶ。
「うふふ。ご主人様、どうぞこのままお休みになってください。
わたしとタマちゃんとで抱っこして、ホテルにお連れしますから」
それも悪くないかなと思い、ウトウトしてしまう。
薄れゆく意識のなかで、タマの声を聞いた。
「ご主人様は、このコロシアムでなにかをされるおつもりだったのではないのですか?」
「そ……そうだった! 賭けて増やすんだった!」
俺がガバッと飛び起きると、ポチも「きゃん!?」とソファから飛び上がる。
危うく1千万もの部屋代を払って、安らかに眠っちまうところだった。
しかしおかげで頭がスッキリして、腹もくくれた。
よぉし、やろう……!
俺は、俺のスキルにすべてを賭けるっ……!
そうでなきゃ、ダメなんだ……!
俺がイジメられるキッカケとなった、このスキル……!
本当に『はずれスキル』かどうか確かめてやらなきゃ、死んでも死にきれねぇ……!
俺は再び瞼を閉じると、迷うことなく『ミリオン・フォーチュン』を発動する。
予想対象は、コロシアムの最終試合。
カジノ側のご祝儀として『最低オッズ保証』のある、この試合しかないっ……!
『最低オッズ保証』というのは、これは誰がいくら賭けようともオッズはそれ以下には下がらないというもの。
最終試合は強豪モンスターが出揃うので、いちばん盛り上がる。
カジノ側も多く金を動かしたいがために、この制度を盛り込んでいるようだ。
通常、カジノというのは胴元が必ず損しないようにできているが、オッズが下がらない以上、この最終試合だけは例外ということになる。
たとえ俺が10億を突っ込もうとも『最低オッズ』より下がらないということは、胴元の損もありえる。
出血覚悟のこの最終ゲームこそが、俺の狙い目だったんだ……!
俺はカッと目を見開くと、タブレットの試合リストのいちばん最後をタッチする。
そこには、『ミリオン・フォーチュン』で予想された、勝利モンスターの名前がキラキラした星に包まれていた。
判断が鈍ると嫌だったので、モンスター名を見ないようにする。
薄目でタブレットを操作し、総資産である10億を、そのモンスターに全部突っ込んだ。
10億という巨額を投じたにもかかわらず、タブレット上では1万円を賭けたときと変わらない様子で処理される。
実にあっさりしたものだった。
しかし俺の心臓は爆発しそうなほどにバクバクだった。
深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、賭けたモンスターの名前を確認する。
『スライム オッズ20倍 最低オッズ保証10倍』
ま……マジでっ!?
所持金 0円




