12 ミリオン・フォーチュン
俺はスライムに賭けてしまった。
よりにもよって、強豪モンスター出揃う最終試合に。
しかも全財産である、10億を……!
これで俺の46億円は、すべて無くなってしまった。
まだ負けたとは限らないが、負けるに決まってる。
だって俺は、今まで何年にも渡ってスライムに賭けてきたというのに、いちども勝ったことなどなかった。
目の前の闘技場ではすでに第一試合が始まっている。
俺はいてもたってもいられなくなり、ソファから立ち上がると部屋の中を歩き回った。
頭に血が回らなくなって、視界がブラックアウトしそうになる。
何度も立ちくらみを覚えていると、タマが冷ややかな声で言った。
「落ち着いてください、ご主人様」
タマはそう言いながら、高級酒をガブ飲みしていた。
両脇に女たちをはべらせ肩を組んで、無遠慮に胸を揉みしだいている。
「なにやってんだお前」
「この部屋の利用料金の元を取ろうとしているのです。
ご主人様に損をさせないことこそが、わたくしの勤めですから。
食事と飲み物を合せて、ポチとわたくしで500万円分ほど回収しました。
あとは性的サービスを消費することにより補っているところです」
隣のソファにいるポチは、逆に女たちに弄ばれていた。
「この子、ワンちゃんみたいで超かわいい~」などと言われながら、胸を揉みしだかれている。
「はぁ……お前たちは、気楽でいいよな」
「はい。わたくしたちがこうしていられるのも、すべてはご主人様のおかげです」
「俺がお前らのご主人様でいられるのは、今夜かぎりかもしれんけどな」
「いえ、それはありません。ご主人様は一生、わたくしたちのご主人様です」
「俺が今夜スッテンテンになっても、そんなこと言えるのかよ」
「いえ、ご主人様はスッテンテンにはなりません。
賭けた10億円は、必ずそれ以上となって戻ってきます」
「俺が賭けたのを知ってるのか」
って、それもそうか。
タマには俺の『勇者銀行』の口座を自由にさせてるから、残高がゼロになっているのももう知ってるんだろう。
「だったらなんで、お前はそう冷静でいられるんだ?
オッズ10倍の勝負がどれだけ分が悪いか、お前ならわかるだろう」
「はい。ですがご主人様は全財産である10億円を賭けられました。
ですから、勝ち負けについてはわたくしは心配しておりません」
「どういうことだ?」
「余裕のない状況ならともかく、余裕のある状況においては結果のわからない勝負に全財産は賭けません。
それにギャンブルを楽しむのであれば、最初は手持ちの資産の数パーセントから始めるものです。
しかしご主人様はそれらを無視した。
このことから導き出される結論は、『絶対に勝利できる』という何らかの確信があったからです」
「大した洞察だな。でも判断したのはこの俺だぞ?」
「はい。ご主人様が判断されたからこそ、わたくしは大船に乗った気持ちでいられるのです。
なぜならばご主人様を信じているからです。
ご主人様の判断こそが絶対であると、信じているからです」
タマは本当の勇者に接するかのように、俺を見据えていた。
とても魂のないゴーレムとは思えないほどに、まっすぐな瞳で。
俺はタマの意外な一面を見た気がした。
感情が先走るポチと違い、彼女はデータを最優先していた。
いつも氷のような瞳で、データに裏打ちされた提案を俺にしていたというのに……。
今だけは、その氷すらも溶けるほどの情熱を感じさせる。
しかしいくらなんでも買いかぶりすぎだ、と俺は思う。
そうこうしているうちに、ついに最終試合となった。
最終試合は『ドラゴン頂上決戦』と銘打たれ、象くらいある5匹のドラゴンたちが闘技場に入ってくる。
そのドラゴンに踏み潰されそうになりながら、よちよちとスライムが入場。
まさに象の戦いにアリンコが紛れ込んだような光景だった。
試合開始のゴングが告げられ、俺はVIPルームの窓から落ちそうになるほどに前のめりになる。
いくら負けるとわかっている試合でも、すがらずにはいられなかった。
だって、負けたら無一文になってしまうんだから。
『オーク建設』の社長の権利は残っているが、もし俺が勇者だとバレたらヒショークは容赦なく会社を乗っ取るだろう。
そうなったら、俺は太のようにお払い箱。
よくて元の待遇で、月給10万の従業員が関の山。
すべてがリセットされるかのように、最悪の人生に逆戻りだ……!
すると、信じられないことが起こる。
いつもならドラゴンのブレスを浴びて真っ先に死んでしまうスライムが、今日はするりするりと攻撃をかいくぐっていた。
気が付くと、ドラゴンたちは残り2匹となっていて、スライムには目もくれずに戦っていた。
いいぞ!
このまま同士討ちか、少なくとも瀕死状態になってくれれば、スライムの勝ち目が出てくる!
しかし俺の期待は、隣にたったタマから無情なる台詞で打ち砕かれた。
「ご主人様、この最終試合は八百長が用意されているようですね」
「なに、どういうことだ?」
タマは俺の背後に回り込むと、指で輪っかをつくり、双眼鏡のようにして俺の目に当てた。
そんなのでよく見えるはずはないのだが、タマの指を通してみると、なぜか風景がズームして見える。
「わたくしの指はこうすると、魔力による光学ズームが可能となるのです。
それはさておき、こちらをご覧ください」
タマが促した先は、コロシアムの客席のとある箇所。
そこには、吹き矢を構えた男がいた。
「あの方は、スライムを狙っています。
おそらく、主人様がスライムに賭けたことで動員されたのでしょう。
あの吹き矢は毒入りで、スライムが勝ちそうになったら介入するものと思われます」
「なんだって!? 完全にインチキじゃないか!?」
「はい。このカジノのデータサーバーにアクセスし、過去のコロシアムの最終試合のデーターを創業当初からチェックしました。
最低オッズによりカジノ側が損するようなモンスターは、必ず敗れています」
俺は震えていた。
カジノのインチキもそうだったが、タマに対しても。
「お前、知ってたんだな……!?
知ってたなら、なんで教えてくれなかったんだ!?」
「その必要はないと判断したからです」
「なんだと!?」
「ご主人様がスライムにベッドする前、『勇者銀行』のご主人様の口座から、10億円が消滅していました。
引き落としやハッキングによる送金ではなく、『消滅』です。
このような事象を、わたくしは見たことがありませんでした。
そこで、わたくしは仮説を立てました。
その仮説はどうやら間違っていなかったようです。ご覧ください」
タマの望遠鏡ごしに見える吹き矢の男は、吹き矢を吹こうとして真っ赤になっていた。
吹いても矢は飛び出さないのか、なんども詰まっていないか確認している。
チェックしても大丈夫だとわかり、いざ吹こうとしても矢は飛び出さなかった。
最後は吹き矢の筒を振り回した拍子で矢が飛び出し、己の身体に刺さって泡を吹いて倒れていた。
俺はハッとなる。
もしかしてこれが、『ミリオン・フォーチュン』の力……!?
たとえ外部からの介入して結果をねじ曲げようとも、予想は絶対となるんだ……!
タマはもう行く末を追う必要はないだろうと、俺の後ろを離れ、隣に並んだ。
そして何度も観た映画を観るような、結末のわかりきった瞳でコロシアムに視線を落としている。
……ズッ……ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーンッ!!
最後のドラゴンたちは相討ちとなり、ふたつの地響きとともに倒れ伏した。
その遠間には、生き残った奇跡を喜ぶようにぴょんぴょん飛び跳ねるスライムが。
静まり返るコロシアム。
世紀の瞬間に誰もが口をあんぐりさせていたが、タマだけは違った。
「わたくしは、ご主人様に八百長の報告は必要ないと判断しました。
だってご主人様の判断は、絶対に間違いはありませんから……ねっ?」
しかしその言葉は最後まで聞き取れなかった。
火山が噴き上げるほどのすさまじい歓声がおこり、かき消されてしまったからだ。
ビル全体がビリビリと揺れるほどの大熱狂の嵐が吹き荒れる。
ポチはびっくりして、女たちに飛びついていた。
そして俺は歓喜のあまり、タマに飛びついてしまっていた。
所持金 100億円?




