13 サイテーの告白
一月四日、予定通り颯と芹羽と近くの神社に初詣に行った。
今年は四日が土曜日だから、三が日を過ぎても神社は全然すいてなかった。結構並んでやっとお参りをすませた。
「あ、甘酒配ってるって。飲もうよ」
芹羽が貼られた案内の紙を見つけ、指さした。
毎年、この神社では年始に甘酒の無料配布をしてくれている。
四日なのに、まだやってるんだ。
芹羽はなんだかあのぼんやりした味の飲み物が子どもの頃から好きだ。俺は買ってまで飲もうとは思わないが、嫌いではないから無料なら別に飲んでもいい。とにかく寒いから温かいものが何か飲みたかった。
「俺はもう動くのも並ぶのもいやだ」
颯が自由なことを言う。子どもか。
でもそれなら充分罰ゲームになるか。
「じゃあ、じゃんけんだな」
俺が言えば、間髪入れずに芹羽が「じゃーんけーん!」とかけ声をかけた。
颯は馬鹿だから、そう聞こえると条件反射みたいに手を出してしまう。
「……ぽん!」
なのに、負けたのはなぜか俺だった。
「げー、俺かよ。三人分も持てっかな?」
二人が笑顔で手を振る。ちくしょう。
ぶつぶつ言いながら甘酒をもらいに行く。
社務所の脇で配られていたものを受け取り、参道を通ると人が多いから、いくつかある建物の裏の方から回って二人が待つ方へと向かった。
案の定、三人分の甘酒を持つと安定しなかった。ぷるぷるさせながら、そっと持って歩いていく。いっそ、ぶちまけたらどうなんだろうな、コレ。……いや、また取りに行かされるだけか。もったいないし。無駄なことはしないようにしよう。
参道の脇に立つ二人の背中が見えて、こぼさないように気をつけて歩きながら、後ろから声をかけようとしたら、声をかける前に二人が話しているのが耳に入った。
「颯、ずるいよ、ちゃんと答えて。……わかってるから。ちゃんと振ってよ」
芹羽がそう言うのが聞こえて、どきりとして足を止める。
慌てて参道脇にある木の陰に隠れた。
すぐ近くだったから、ざわめきの中からも芹羽の声は拾えた。
――まさか、芹羽、告白したのか? こんなとこで?
「……こんなことじゃ、生まれた時から一緒にいる私たちの関係は壊れないから」
それまでの話は聞いてなかったから、ちょっと意味がわからなかった。
『生まれた時から一緒にいる私たち』って、もしかして俺のことか?
ここで、なんで俺が出てくるんだろう?
颯は、大きく息を吐いたようだった。ただ、それだけで、何も答えない。
「私は、颯が、好きなんだよ」
……ああ、やっぱり。
告白したんだ、芹羽。
ずいぶん沈黙した後で、颯が不機嫌そうに言った。
「……お前が好きなのは俺じゃねえよ。俺の歌だろ」
「それも含めて、ぜんぶ」
おお、すげぇな、芹羽。
でも颯には一向に響かないようだ。
「ちげぇよ。歌だけだ。……俺は、俺の歌じゃなくて、俺自身を見てくれる人じゃないと嫌だ。歌がなくても、俺だけを見てくれる」
「歌がなきゃ何も残らないじゃん、颯」
「なんだと、失礼な」
「……出会えてないじゃん、そんな人」
「……これから出会うかもしれねーだろ」
それに、と続けて、颯は一度言葉を切った。そして、はあっ、と溜め息を吐く。
「……お前に女を感じない。ヤル気にならねえよ」
あ、ひでぇ、颯。同級生の女の告白に対して、それはない。
「サイテー」
案の定、低い声で芹羽が罵倒した。
堪えた風ではなくて、面倒そうに颯が続けた。
「一番重要だろ。ヤりたくねえヤツとつきあってどうする。ちゃんと振れっつったの、お前だろ。何言わせてんだよ」
言い方はひどいが、もしかしたらある意味、誠実かもしれない。付き合ったら触れたくなるものだ。触れる気にならない女と付き合う意味はない。
それから、颯はぼそりと呟いた。
「……友達とヤりたくなるなんて、最悪だろ。お前とだけは絶対にヤりたくない」
……ああ、颯。お前、真面目だよな。馬鹿で言い方は最低だが、間違ってない。
颯は簡単に寝れる女とはやらない。
自分が好きな人しか見てない。
颯はおそらく、俺みたいな馬鹿なことはしない。
こいつの、こういう考え方は好きだし、やっぱりいいな、と思う。
颯が、俺と芹羽と友達のままでいたいんだ、と思ってくれてるのが、わかった。同時に、芹羽がたとえ颯と付き合っても俺との『関係は壊れない』と宣言のように言ったことが胸をざわつかせた。
芹羽は、本当にそう思っているんだろうか。
壊れない、そう思っているのか。
わざわざ言わなくちゃいけないってことは、本当はわかってるんじゃないか、芹羽も。
「……サイテーの振り方」
「うるせえよ」
俺は、目を閉じて、ざわつきそうになる胸の中を抑えた。
芹羽に告白させたのは、颯の歌だ。
だから、こうさせたのは颯だとも言える。
俺が何を言おうと、芹羽は動かないし、芹羽を動かせるのはやっぱり颯の歌だけなのだ。
ただ、芹羽が本当に颯に告白しようとは思わなかった。
こんな場所で、こんな風に。
俺がいない隙を狙ったように。
色気のかけらもないと思ってた芹羽が、おそらく人生初の告白をしている。
今、たまたま聞いてしまっているが、お互い知らないことはないって思ってる俺たちも、こうしてお互い知らない経験が増えていく。俺が、沙樹さんの音を聴いて、芹羽が知らない音が俺の中で増えていったように。
生まれた時から一緒に育った俺たちも、もう、努力なくしては一緒にはいられない。どうやったって、自然に別々になっていく。どんどん、芹羽が知らない俺が増えていく。俺が知らない芹羽が増えていく。
でも、もう、それを嫌だとは思わなかった。
当然なんだ、仕方ない。
二人の言葉はそれきり、途切れた。
……このあたりが限界だろう。いい加減、手の中の甘酒も冷めてしまう。
わざとらしく距離を少し取ってから、大きな声を出しながら、二人に近づいた。
「やべー、熱い。こぼした。早く取って!」
三つの紙コップを持った俺の手から、それぞれ甘酒が受け取られる。
しかしその甘酒には口をつけないまま、むすっとした顔で、颯が急に「帰る」と言った。
「えー? おみくじは?」
苦々しい顔がちょっと面白くて、気づかないふりで俺が言えば、芹羽も何もなかったみたいに調子を合わせて言ってくる。
「お守りはー?」
颯はにこりともしない苦い顔で「腹が痛え」と呟く。
「俺は、クソして帰る。じゃあな。お前らは恋愛のお守りでもおみくじでもなんでも買いやがれ。つーか、もうつきあっちゃえよ」
「はあ?」
捨て台詞を吐くと、そのまま颯は帰ってしまった。
二人でおみくじを引くと、末吉を引いた芹羽が心なしか目に涙を浮かべているように見えた。芹羽の手の中にあるおみくじには恋愛のところに「あきらめなさい」と書いてあった。おお、残酷。凶でもないのに容赦ないな。ちなみに俺は小吉で恋愛は「再出発せよ」だった。……おみくじ、馬鹿にできない。
おみくじを結ぶところには、結んでいたのが取れてしまったのか足元にいくつも落ちて踏まれていた。なんとなく、無残で悲しい。
俺は渡された紐のなるべく上の方におみくじを結び、芹羽のおみくじも簡単に取れないような上の方に結んでやる。それを見上げながら、芹羽がぼそりと低い声で呟く。
「……聞いてたでしょ、春海」
「何が」
反射的に「何が」と返したものの――ああ、ばれてたのか。立ち聞きしてたの。
「……タイミング、良すぎなんだよ。わかるっつーの」
ぶっきらぼうな口調で芹羽は吐き捨てるように言う。でもさあ、こんなとこで告白してるお前が悪いんだぜ?
「……ばれたか」
「ばれたか、じゃない。甘酒ちょっと冷めてたし。どっから、聞いてた?」
「……『ちゃんと振ってよ』あたりから?」
「……」
芹羽が黙り込むので、わざとにやりと笑って言う。
「絶妙なタイミングで出てきた俺を褒めろよ」
「……うるさい」
二人で、恋愛成就のお守りじゃなくてごく普通に学業成就のお守りを買った。ついでに颯の分も、二人で半分ずつ出して買う。これが今、一番必要なのはあいつだ。颯は失恋とバンドとバイトに明け暮れた結果、期末全滅で補習三昧、学年末が駄目だと真剣に進級が危うい。
「……春海から、渡しといて」
さすがに気まずいらしい。素直に受け取ってやった。
「おう。ついでにフォローもしといてやるよ」
「フォローってなんの。余計なこと言わないで」
「はいはい」
芹羽と家の前で別れる際、ぽつり、と芹羽が訊いてきた。
「……ねえ、私たち、今まで通りでいられると思う?」
俺と芹羽と颯の関係のことだろうか。
颯と芹羽が気まずくなると、三人で出かけることもなくなってしまう。俺はそうなったらそうなったで仕方ない、とは思う。芹羽も告白するくらいだから、そういうことも覚悟はしてただろう。まあ、あんなところで告白してたことを考えると、後先考えずにポロッと口から出ちゃって後悔してるのかもしれないが。
でも、相手は颯だ。
あいつが告白されたくらいで、態度を変えるとは思えない。
それが少しでも恋心がある相手なら、あるいは元々嫌いな相手なら変わる可能性もあるかもしれないが、颯が『友達』だと思ってる芹羽だ。意識しておかしなことになる相手なら、そもそも芹羽と友達付き合いなんてしてないだろう。
颯は、そういうヤツだ。
「大丈夫だろ? 颯だぜ? あいつ、あんまり頭良くないから、深いこと考えられないって」
まあ、簡単に言うと馬鹿とも言う。そこが颯のいいところでもある。――これは褒め言葉だ。
「……そうか」
芹羽は噛み締めるように小さく言って、頷いた。




